二人の魔法使い
クウザの実力を把握するためにアレーテが動く……というのはなんとなく予想できていたので、俺は別段驚きはしなかった。それよりも、俺としては興味がある。アレーテとクウザの実力――差などがあるのかどうか。
クウザ自身、仲間に加わって以後確実に成長はしている。彼の特性である無詠唱に近い魔法発動もあるが、上級魔法を使える能力も保有しているため、魔法使いの中では相当な実力者だと考えてもいいだろう。
対するアレーテだが……アカデミアの主席だったことを踏まえると、彼女も相当な実力者であることは想像に難くない。
戦う場所と選ばれたのは、ソフィアとヘッダが訓練している場所だった。俺達の唐突な出現によりソフィア達は面食らった様子だが、事情を説明するとシルヴィが興味を示した。
「ほう、それは面白そうだな……」
いの一番に反応を示した彼女は、クウザに目を向ける。
「おいクウザ。負けたら承知しないぞ」
「あのなあ……簡単に言ってくれるが」
「さあ、始めましょう」
鍛錬している途中だったソフィア達を脇に追いやりつつ、アレーテが言う。一方のソフィア達は俺達に近づき、事の成り行きを見守るようだ。
「アレーテが直接戦うって珍しいから、興味があるわね」
ヘッダもそんな風に言う。ま、どこかで実力を示さないと討伐隊に参加はできないだろうとなんとなく認識していたので、俺も見守ることにする。
二人が構える。双方杖を所持しているのだが、アレーテのそれは鉄の杖で、なんだかそれを用いて肉弾戦すらやりそうな雰囲気。
「一応、体を動かすことも結構優秀だったはずよ」
ヘッダが横から俺達に言う。もしかすると、杖の技を使うってことか?
ゲーム上に、一応杖術系統の技も存在はしていた。ただ他の武器と異なり下級とか上級とか技の区別はなく、主に補助的な役割を担っていた。
まあ中には他の武器の技と比べてそん色のない威力を持った技もあったのだが、いかんせん杖自体の攻撃力が低かったのでどうしても火力は低かった。
クウザ達は対峙し、双方が様子を窺うような状況……クウザには即座に魔法を使える能力があるため、アレーテの動きに即応することはできるだろう。
対するアレーテの方はどうか。同じように魔法を使えるのか、それとも持っている杖を利用し詠唱を必要とする魔法の時間稼ぎをするのか――
「……来なければ、こちらからいくけれど?」
確認を行うアレーテ。その態度からは少なからず余裕も感じられる。
クウザは小さく頷いた。直後、アレーテが動き出した。
杖を構えながら接近する。遠距離系の魔法戦になるかと思ったが……いや、相手がクウザという魔法使いだからこそ、接近戦に持ち込むのか。
普通なら、接近されればどうしようもなくなる。詠唱を必要とする以上どうしても時間は必要だから――もちろん対策を立てるケースは多いが、主席をとった実力のアレーテ相手では小手先の対応では通用しないと思う。
だが、クウザは違う。瞬間的に『ホーリーショット』を生み出し、まずはアレーテを牽制。
「っ!」
短く声を上げた直後、アレーテは体を傾けて避ける。とはいえ接近する速度を大きくゆるめたため、隙が生じる。
そこへ畳み掛けるように、クウザは再び『ホーリーショット』を放つ。
それを杖で防ぐアレーテ。なおも接近しようとするが、クウザはさらに『フレイムニードル』を放つことで、接近を許さなかった。
結果、アレーテは後退を余儀なくされる。まずはクウザの勝ち、といったところか。
「……何よ、それ」
引き下がったアレーテは発言。その様子から、彼の能力は知らなかったようだ。
「下級魔法とはいえ、詠唱もせずに使用するなんて」
「実際ちょっとは詠唱しているよ。ほんの一瞬だけど」
クウザは肩をすくめ答える。
「そっちの戦法は相変わらずみたいだな。自慢の杖術で攻撃しつつ魔法でとどめ……相手が戦士とかだったらどうするんだ?」
「もちろん、相手に応じた攻撃をするだけよ」
構えるアレーテ。接近戦は難しいからか、静かに魔力を溜め始め、遠距離から攻撃を仕掛けようとする気配。
「……その詠唱速度、下級魔法ならば非常に有効だけれど、中級以上の魔法となれば短縮できても隙ができる……といったところかしら?」
「その通りだ」
「あっさりと答えるのね……まあいいわ。なら――」
彼女が握る杖の先端が発光する。そこから魔法を放つのかと思った矢先、
「――光よ!」
魔法発動。彼女の詠唱速度も中々のもので――クウザへ向け『ホーリーランス』が放たれた。
中級魔法とはいえ、詠唱を削りでもしたか魔力は少ない。クウザも避けながら杖で弾き攻撃を防ぐ。
だが次の瞬間、アレーテが杖に込められた魔力を解放した。
「食らいなさい!」
言葉と共に放たれたのは、咄嗟に数えきれないほどの光弾。これは『ホーリーショット』とは異なる、杖が持つ独自の魔法といったところか。
その数はアレーテの正面を埋め尽くすほどのものであり、クウザとしても逃げ場がないのは間違いなかった。
「さすがだな」
クウザは答えると共に、魔法を発動する――刹那、無数の光弾がクウザに激突した。
光で周囲が満たされ、視界が染まる。気配から感じ取れるものとしては、どうやらクウザは『ホーリーシールド』を用いて光の魔法を防いだ、ということだ。
やがて光が消える。後に残るのは光弾を放ち杖を構え直すアレーテと、魔法の盾により攻撃を防いだクウザの姿。
「……簡単に防いでくれるわね」
「見てくれほど、簡単じゃないんだけどな」
クウザは油断なくアレーテを見据え、返答する――今の攻撃が全力なのかはわからないが、さすがにこの場所で上級魔法を放つなんて真似はできないだろうから、やるとしてもあのくらいが限界か。
アレーテの方も、どうやら単純に魔法を詠唱して撃つだけではない様子だが、現時点ではまだどちらが上なのかはわからない。
「……以前から、ずっと思っていたわ」
やがてアレーテが話し出す。
「学生の時から、どこか変わった雰囲気を持っていた……そればかりじゃない。魔法における能力も、人とは違うものを持っていたと感じていた」
「今回戦って、その考えがより強くなったのか?」
シルヴィが横槍を入れる。返答がこなくてもおかしくないと思ったが、アレーテは律儀に応じた。
「ええ、そうね。詠唱もほとんどせず魔法を行使することのできる能力……けど、それだけではないでしょう?」
問い掛けに、クウザは何も答えない。
「……あまり時間もないから、次で決めるわ。覚悟はいい?」
「ああ」
クウザは詠唱に入る――けど発する魔力はひどく静かで、どういう魔法を使ってくるのかを予測することが難しい。
アレーテはそれに応じるべく杖を構える。同時にその先端に魔力を集め――おそらくだが、双方とも魔力を一点に凝縮させた攻撃を放つ。
そしてこれは、二人の実力がどれほどのものなのかを推察するには十分だろう……と考えた時、両者はまったく同時に足を踏み出し――
「――こんなところで訓練とは、ずいぶんと面白いことをしているな」
突如、声がした。次の瞬間アレーテは攻撃を中断し、そちらへ向く。
「……マリオン?」
「用事が終わったから来たんだよ。何事かと思ったぞ」
アレーテと同じ白いローブを身にまとう男性。ちょっとばかりボサボサの黒髪と誰とも視線を合わさない虚ろな瞳が、第一印象を悪くしている。
着ているローブから、アレーテの同僚か……すると彼女は彼に向き直り、
「わかった。すぐ行くわ……クウザ、悪いけれど――」
「もう時間がないんだな? もし私の力が必要だったら、文でも寄越してくれ」
新たな魔法使いの出現により、結局話はうやむやに……その時、
「……ルオン様」
ソフィアから声がした。
「先ほどの人物……何か嫌な印象を受けたのですが」
嫌な――それが何を意味するのか。俺はアレーテ達が去った方向を見据え、ソフィアの言葉を頭の中で反芻した。




