王女の決意
「どうした?」
王は王女の声に首を向ける。すると彼女は、
「私は……オーダ様の所に行きたいと思います」
唐突な発言に、王とフオレは目を丸くする。
俺も内心驚いた……え、ちょっと待て。
「ソフィーリア? どうした?」
「反撃のために……力をつけたいのは私も同じです。仮にも魔王を封じた賢者の末裔。ここで立ち上がらなければ、民に申し訳が立ちません」
決然とした言葉。彼女なりに考え、またフオレと同行することでは魔族と戦えないと判断したのか……しかし、これはまずい展開となった。
オーダ、という名前については聞き覚えがない……いや、あったかな? とにかく今の俺には思い出せないレベルなのだが、口上からきっと何かしら教えを受けていた人ってところだろう。
「このまま……一緒に行くことがお父様の望みだとは思います。けれど、私は魔物や悪魔と戦うために剣を学び、魔法を学んだ。ただ隠れて時を待つことは、自分自身が許せません」
王とフオレは互いに目を合わせる――この場にいるのは俺を含めて四人。さすがに王女を単独で行かせるわけにもいかないので、必然的に誰かが共にオーダとかいう人の所に行く必要があると思うんだが……フオレには無理だ。
となると――いろいろ考えている王は娘と視線を合わせ、
「ソフィーリア、だが――」
「お父様、お願いします」
決意の瞳だった。彼女なりに色々と考えた末の結論なのだろう。
ただ、王としても王女を単独行動させるわけにもいかない……さすがにここは王も拒否するだろうと思った。
だが、
「……昔から、ソフィアはどこまでも強情だったな」
王は愛称らしき名で彼女を呼び始める……おいおい、なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ。
「魔族の襲撃に遭う前、エイナを連れ狩りに出かけたのも無断だったな」
「そ、それは……」
「わかっている。そもそもあれは魔物の出現を察知し、二人で色々と行動していたのだろう?」
その言葉に王女は肩を震わせる。図星らしい。
そういえばエイナが主人公の場合、最初は王女と行動を共にするのだが……魔物が現れたため、王女はエイナを引きつれ外に出ていた。正義感が強く、一度決めたらてこでも動かない――王女はそういった性格だ。
でも、だからといって――俺は王女に対し言及しようとしたが、体が動かなかった。なんというか、口を挟めるような雰囲気じゃない。
「……ソフィア」
「はい」
「どうしても、行くというのか?」
「はい。無論、王女であることを隠すようにします。私はまだ民衆と接するようなこともありませんでしたし、面は割れていない……大丈夫かと」
「フオレ、どう思う?」
「エイナなどと鉢合わせしなければ、おそらく問題ないでしょう……王女様も、私達と同行してもらうのが何よりだとは思います。しかし、王女様が一度言ったら聞かないのは陛下もご認識されていることかと。この場で説得しても、いずれ行動してしまうでしょうね」
そこで、王は苦笑した。
「……騎士団にもそう認知されているとは、少しお転婆にしすぎたかもしれんな」
「お父様――」
「とはいえ、もうお前も王女としての自覚がある。国のために、ということを理解できないわけでもない。王族である以上軽はずみな行動をしないで欲しいとは思うが……ソフィアを止める力は、儂にはない」
おい、ちょっと待てよ。止めてくれよと思い……その時、王は俺へと首を向けた。
「ただし、ソフィア。一人では駄目だ……ルオン殿」
「は、はい」
「牢獄から助けてもらい、さらにこのような依頼をするのは心苦しく思う……だが、頼みを聞いてくれ。我が娘ソフィーリアを、ナグレイトという町にいるオーダという人物の屋敷まで護衛してもらえないだろうか」
ここで俺に話を向けるのか。フオレしか王の護衛がいない以上、そういう流れになってもおかしくなかったけど……例えば一緒に町へ向かい、騎士と合流して王女をオーダという人の所へ行くとか――いや、合流できる保証もないし、そうなったら彼女が単独で行動し始めてしまうとか、王はそういう懸念を抱いているのかもしれない。
ただ、助けたとはいえ俺と王達は牢屋の時点で初対面だ。王女を任せるということは信頼していなければできないはずで、正直唐突過ぎて困る。
「……その、私で、いいのですか?」
確認を行う。すると王は首肯し、
「貴殿があの騎士のことを口にした以上、信用における……ましてや儂達を救ってくれた。これ以上、信用におけることはない」
う、確かにそうかもしれないけど……そこでふと、俺はあることを感じた。王が俺を見るその目は、信頼とは異なる「何か」が宿っているようにも見える。
もしや、王は何も語らないが俺の能力に気付いているのか? いや、仮にそうだとしてもそれを根拠に信頼するというのも変だ……とはいえ真意を聞くことはできないため、結局推測しかできない。
また、ナグレイトという町……俺はゲームの記憶を引っ張り出す。そうした町名は心当たりがない。大陸にはゲームで出てこなかった町や都市も存在しているが、ナグレイトという町もその一つだろう。
で、オーダという人物も……うーん、出てこない。どこかで名前を見た憶えはあるんだけど……ともかく、王女の存在は不確定要素であるのは間違いなく、放置しておくとシナリオ崩壊の危険性が高まる。
困ったと思いつつも、これは俺が招いた結果だと認識。最後まで責任を持たなければならないだろう。そして、ここで断っても王女が納得するとは思えない。
なら、選択肢は一つしかなかった。
「……信用してもらえて、大変光栄です。ご依頼の件、果たさせて頂きます」
まあ、そのオーダという人物に王女のことは外部に漏らさないよう釘を刺せばいいだろう……王は「頼む」といい、さらにフオレは俺を見て多少不安に思った様子だったが……王の決断には従うのか、何も語らなかった。
そして、王は俺に依頼内容や報酬などの説明し――さすがにこれは後で支払うという形となり――その後、フオレと共に目的地を目指すべく移動を開始した……ので、当然俺と王女は二人きりになる。
沈黙していると、まず王女は俺に頭を下げた。
「申し訳ありません。ご迷惑をおかけします」
そして顔を上げこちらと目を合わせる……途端、俺は硬直した。
表情が引きつるレベルにならなかったのは、奇跡と言うべきだろう。先ほどまで王様と会話をしていた時はシナリオ通りに進めるために必死で、緊張を通り越しどこか冷静になれていた。けど、王女と二人きりとなり、さすがに緊張がぶり返してきた。
で、この気品である。決して俺は女性に慣れていないわけじゃない……と、思う。けど、王族という凄まじい称号を持っている彼女は異質な存在であり、顔を背ける余裕すら、目の前で王女が発するオーラは与えてくれなかった。
「……ルオン様?」
あまつさえ様付けである。俺はどうにか呼吸をして、軽く咳払いをした後話し出す。
「す、すみません。えっと、ですね。とりあえずリラックスしてもらえれば」
「はい」
会話が止まる。俺は必死に頭を使い……王達の脱出計画を練る時と比べ百倍くらい必死に考え、どうにか言葉を絞り出す。
「王女の事は、命に代えても守ります……それで、目的地なのですが」
「場所は、把握されていませんか?」
「旅をしていて通ったことはあるかもしれませんが、名前を憶えていないので」
「ならば、私が案内します。道中、よろしくお願いします」
王女にはあまりに似つかわしくない低姿勢な言動。ゲームとかだと王女様は高飛車な感じが……いや、これだってゲームによって違うか。彼女のような性格のキャラクターだっているか。
「それ、では……移動しましょう。まずは近くの町まで。できれば、そこで旅の準備も行いましょう」
「わかりました」
承諾した彼女は、俺と共に歩き出す。
「私のことはソフィアとお呼び下さい。それと、呼び捨てで構いません」
「あ、はい……わかりました」
「敬語もさすがに変でしょう。私はルオン様の従者という形が見た目的にも違和感がないと思います。どうかそのような形で」
一人でドンドン決めていく。俺はただ生返事するしかなかった。
――今後は、王女様を愛称ではあるが呼び捨てかつタメ口で喋らないといけないらしい。個人的にものすごいストレスなんだけど……この辺りは慣れるしかないと思いつつ、俺は王女――ソフィアと共に、町へと向かった。




