全身全霊
『それは……!』
フェウスは俺の使用する魔法を感じ取り、呻いた。相手が発動させた『エクスプロード』はいよいよ爆散しそうになる。そこへ、俺が氷属性最上級魔法――『スノウユグドラシル』を、発動させた。
この魔法は対象を巨大な氷の柱で包み、その内部でズタズタにする魔法なのだが――対象を目の前の爆発しそうな魔力に対し、その威力を封じるのを狙って使用した。
刹那、俺の魔法が『エクスプロード』の火炎を飲み込み、室内に巨大な氷の柱を生じさせた。柱を中心にしてまるで大樹のように根を生やし、枝のように複雑に氷が天井すらも覆い――直後、氷の内部で爆発が生じた。
氷がひび割れ、大きく軋む。だが俺とフェウスの魔法では俺の方が上回っていたようで――とうとう『エクスプロード』はその真価を発揮することなく氷の中で終わりを迎えた。
「……さて」
俺は魔法を解除する。氷がガラガラと砕ける音が聞こえ、やがてその全てが魔力になって消える。
「次はどうする? さっきのが切り札だったみたいだが――」
『最上級魔法による攻防は、あなたの勝利かもしれませんね』
フェウスは言う。ここまでやっても追い詰められた雰囲気を見せないのは、演技他に策があるのか――
『大なり小なり、衝撃は受けているだろう』
その時、頭の中にガルクの声が。
『だが、戦いは終わったわけではない……おそらく次は、奴の全身全霊が来るぞ』
「……わかった」
短く答えた直後、フェウスの体に魔力が溜まり始める。最上級魔法すら防いだ俺に対し、次はどう動くのか……俺としても予測しづらい。
だが、フェウスの本当の意味での全力を受け切ることができれば――そういう考えを抱いた時、フェウスが動いた。
『――これで』
決着をつける、とでも言いたげなフェウスは、突如俺へ突撃を仕掛けた。魔法ではなく、愚直な攻撃……それに対抗し、俺はまだ維持している『氷霊剣』で対抗する。
刀身に魔力を込め使用したのは『ホワイトダンス』――それがフェウスに直撃すればダメージを与えることができる、という目論見だったのだが……予想外のことが起きる。
氷がフェウスの体を飲み込む――だが、フェウスの体が突如、消えた。
なっ――心の中で驚愕すると同時、周囲の魔力がさらに高まる。
『そういうことか』
頭の中で、ガルクの声が聞こえる。
『自身の体をわざと炎に変化させ、物理攻撃を避けた――』
ガルクの解説と同時、俺は迫るフェウスの魔力を肌で感じ取り、呟いた。
「まさか、自爆か?」
『自爆、というのは語弊があるわね』
形を失ったフェウスだが、声は聞こえた――次の瞬間、炎が俺を囲むように形成される。一つの炎の塊となり、自分そのものをぶつけるという手法なのか。
刹那、俺の目の前で炎が炸裂した。俺を中心に火柱が生じ――けれどその寸前に俺は魔力障壁を最大にする。業火に飲み込まれ、その中心にいるわけだが……それでも、俺は無傷で耐え切る。
「しかし、無茶苦茶な攻撃だな……」
荒れ狂う魔力は、まさしくフェウスが内包していた魔力そのもの――魔法は体の中にある魔力を引き出し発動させるものである以上、体にある魔力そのものをぶつける行為は、魔法よりも遥かに強力な攻撃となるだろう。普通こんなことをすれば、魔力が枯渇し精霊や魔物といった魔力によって命を維持する存在は消滅する……が、神霊であるフェウスならば、話は別か。
けれど――俺には通用しない。
炎が途切れる。濃密な魔力を感じ取ることはできたが攻撃が終わり――やがて、俺の正面に炎が生じ、不死鳥の姿をしたフェウスが姿を現した。
『今のを、防ぐとは――』
驚愕の声が漏れる。今のはフェウスにとって最大の攻撃だったはず。高位の魔族であっても、間違いなく滅んだに違いない必殺の攻撃。
『――ルオン殿』
ここで、ガルクの声が。
『今の攻撃で相当な魔力を放出したようだ――次の攻撃で追い込むことは難しいが、先ほど以上の攻撃を出すことは難しくなるだろう。つまり、降参させる好機だ』
「……了解」
俺は応じると手に持っている『氷霊剣』に魔力を注ぐ。これから見せるのは、光属性の――
『くっ!』
フェウスは防御に入る。俺の攻撃が何であるのか――それがわからずとも、強力なものであるというのは理解したはずだ。
俺は駆ける。刀身からは光が溢れ、目前に迫るフェウスへ向け、斬撃を放つべく構える。
その全てを、フェウスは受け切る構え――直後、斬撃がフェウスに叩き込まれ、光が爆散した。
――光属性上級魔導技『神域聖剣』。斬撃を叩き込んだ相手を光が包み、その全てを滅するという技。光がフェウスを飲み込み、その中で相手は容易く消滅する。
光が消えた時、そこには何も存在していなかった。とはいえ今までと同じく復活するのは目に見えており、後退。やがて魔力が生じ炎が噴き、フェウスはまた同じ姿を見せる。
「……あんたの攻撃を防ぎ、さらにあんたの防御を打ち破った」
俺はフェウスに宣言する。
「どこまでも復活する……しかし、先ほど以上の攻撃手段がないとなれば、俺を倒すことは難しいと認識できたんじゃないか?」
――例えば長期戦に持ち込み、こちらを疲弊させるという手もある。しかしそれはフェウスとしてもやりたくないだろう。俺の全力を真正面から打ち砕く戦法じゃないから。
「あとは、フェウス……あんた自身が結論を出すことだ」
その言葉の直後、フェウスは突如炎を噴き上げた。激怒しているのかと一瞬思ったが、不死鳥は炎に飲み込まれ、一時その姿が消える。
炎はやがて小さく一つに収束し、なおかつ地面へと降り立った。やがて現れたのは、赤いローブに身を包んだ女性。年齢は二十歳を越えたくらいの、大人びた雰囲気を持った、赤い髪を持った美しい女性。
『我が人間と接する時化けるように、時折フェウスもこうして変化する』
ガルクが述べる。沈黙しているとフェウスがこちらへ近寄り、
「……こうまで封殺された以上、認める他ないでしょう」
フェウスは語る――それと同時に、俺に対し跪いた。
「戦いはあなたの勝利です。以後はあなたの意志と指示に従いましょう」
――ずいぶんとあっさりとした結末。けれど先ほどまで戦っていたことを考えると、寝首でもかかれないかちょっと心配になってくるけど。
『そう心配するな』
俺の右肩にガルクは出現し、こちらの心を読むように言った。
『ルオン殿の力を目の当たりにした結果だ。貴殿の技や魔法は、それほどの力があるという話だ』
ガルクの言葉に俺は「わかった」と応じ、フェウスへ言う。
「ありがとうフェウス。ただ俺は神霊達を従属させる気はないよ。ガルクはどう考えているかわからないけど、俺としては仲間といった感じで接したい」
「言葉のままに」
立ち上がるフェウス。次いで俺へ向けほのかに笑みを浮かべ、
「私の力を用いて、策を立てることとしましょう」
『うむ、それだが……少しばかり神霊達で話し合うべきだろう』
ガルクの言葉にフェウスは「そうね」と答える……ひとまず、これで神霊全てを仲間に加えることができた。とはいえまだ終わりじゃない。
「ガルク、今後の対策についてだけど……」
『それについてはゆるりと話せばよかろう。何もないここで話すより、ゆっくりとできる場所で』
まあそうだな……と思いつつ、はたと気付く。戦いに夢中になっていてソフィア達がどうなったのか。
そちらへ首を向ける。フェウスが最後まで結界を行使していたためか全員無事。
ただ、全員がひたすらぽかーんとしていた。
「……どうした?」
問い掛けつつ、そんな表情になるのも仕方がないかと思ったりしたのだが……言葉を待っていると、クウザが口を開いた。
「……何でこんなことができるんだ?」
「いや、話したと思うけど……死なないために色々やった結果、ここまで強くなったんだよ」
「にしても、おかしいだろ? 話に聞いていたとはいえ、まさかここまで圧倒するとは……」
戦いを振り返っているのか、俺から目線を外し何やらブツブツ言い始める。ちなみにシルヴィは眉根を寄せ何事か考え、ソフィアは俺をじっと見据え無言……ただ、その視線がどこか熱っぽいような感じがするのは気のせいだろうか。
「……改めて拝見すると、露見すれば確実に魔王に警戒されるでしょうね」
その中で声を発したのはレーフィン。
「能力がバレると魔王がどういう動きをするのかわからない……というルオン様の考えはごもっともだと思います」
「そうだな……で、ガルクも言っていることだし、ここを出ないか?」
「はい。ちなみにですが、フェウス様はガルク様のようにルオン様に分身などをお渡しするのですか?」
「話自体はガルクから聞けばいいのなら、必要性はないはずね。私は私のやりたいようにやらせてもらうわ」
まあ、別にいいけど……というわけで協力を取り付けることとなり、俺達はフェウスの住処を後にすることとなった。




