王達との接触
魔物や魔族と鉢合わせはまずいので、ひとまず牢屋へと出る前に聞き耳を立ててみる。エイナが脱出した以降王達の動向に関するイベントはまったくないため、ここからは逐次状況を把握しつつ物事を進めないといけない。
すると、ガシャンという鉄格子の閉まる音がした。それから何か会話のようなものが聞こえ……やがて、大きい靴音のようなものが聞こえた。
どうやら、今まさに投獄されたらしい……俺はそう考えもうしばらく待つことにした。それと同時にここからの算段を考える。隠し通路の出口は地下牢の中でも入口から死角となる部分に配置されており、見張りが接近しない限りは露見することはない。とはいえ見つかった場合その場にいた魔族や魔物は倒さなければならない。俺の技量なら一撃だが、そいつらを倒したという事実は消えない以上、誰かがここに侵入したと魔族達は理解するだろう。それはシナリオを変える危険性がある以上……見つからないようにしたい。
結構神経質だろうかと考えつつも……細心の注意を払うべきだと思い、もう一度聞き耳を立て問題なさそうかを確認し、ゆっくりと牢獄への扉を開ける。
ほんの少しだけ音がした――のだが、見張りがこちらへ来るような様子はない。
安堵しつつ、隠し扉から牢屋に入る。足元には掃除にでも使われるような雑巾などが散乱している。それらを踏まないよう、さらに足音を立てないよう慎重に歩き――角に到達。T字路に差し掛かり、俺は懐から手鏡を取り出す。
顔を出すよりは見つかる確率が低いかなと思い、手鏡を使って角の奥を見る。結果、通路に見えたのは、黒く人間のような体躯を持つ悪魔……レッサーデーモンであった。
レッサーデーモンはそのレベルによって体の色が変わっており、下から青、黒、緑、赤、銅という順番で五種類存在している。で、黒は下から二番目……とはいえ序盤に出てくる魔物と比べずっと能力は高い。
無論俺なら一撃なのは間違いないが……見える範囲で見張りはそのデーモン一体。気配を入念に探っても、同じような結果。これはいけると俺は思いつつも、念入りに他に何かないかを探す。ゲーム上存在していないが、例えば監視カメラのような役割を持つような道具か何か……とはいえ、それらしいものは手鏡で覗く分には把握できない。
「……仕方ない」
どちらにせよ、絶対に大丈夫という保証はどこにもないわけで……俺は静かに深呼吸をすると、魔法の準備をする。
魔法を使うにはまずしかるべき詠唱などの手順がいる。特定のアクセサリなどを付ければその限りではないが、これは絶対だ。
とはいえ、この辺りは何度も練習していれば短縮することができる。俺もいくつかの魔法については修行の時散々使ったためほとんど詠唱なく使うことができる……もっともそこまでにするには相当な時間を要し、子供の頃から戦い続けた俺でも数個が限界だった。魔法を極めるには、さらなる精進が必要というわけだ。
やがて魔法が完成。使うのは魔物を眠らせる魔法。レッサーデーモンは全種類状態異常魔法が効いたはずなので、魔法を使用すれば眠るはずだった。
果たして――魔法を発動させ、手鏡で覗いていると……レッサーデーモンの体が突如傾いた。そして膝から崩れ落ちる。もし監視している道具などがあれば、異変に気付いた魔族や魔物がさらに登場してもおかしくないが……変化はない。
それから待つこと約三分程――ちなみに事前に睡眠系の魔法がどれだけ続くかの検証はしており、攻撃しなければ半日くらいは眠ったままであることを確認している。五分経っても変化がないので俺はよしと小さく呟き、牢屋へと歩き出す。
他に見張りの類はいない。なおかつ、他の牢に囚人はいない……足音をできるだけ立てずに俺は悪魔が倒れている隣へとやってきて、
「……そなたは?」
老齢の男性の声が。牢屋に目を向けると、そこには――
「どうも……ルオン=マディンと申します」
俺はちょっとばかり緊張し自己紹介を行う……牢の中にいたのは二人。片方は白髪と相応の皺を持った男性。ひげもまた白く、赤を基調とする法衣を着込んでいるその様は、牢屋の中でもあっても一定の威厳を持っている。
そしてもう一人は、女性。腰まで届こうかという銀色の髪と、黒に近い濃い青の瞳。白い肌と線の細さは限りないくらいの儚さを生み出しており、いつ何時消えてなくなってもおかしくない雰囲気を持った……『絶世の』という言葉が頭につくことが極めて当然なほどの、美人。
年齢は、俺と同じくらいだっただろうか。ただ格好はドレスなどではなく、外出でもしていたのか白い外套姿。その下は外用のやや厚めの布の服だったはず。確か城が襲撃された時、彼女はエイナと共に狩りに出かけていたはず。その格好のまま投獄されたのだろう。
で、男性――彼こそがこの国の王であるクローディウス。そしてもう一人が娘であり王女であるソフィーリア。彼らこそ、俺が目的としていた二人である。
「悪魔を眠らせたのは、そなたか?」
王が問う。俺は小さく頷き……予め用意していた文言を、彼へ伝える。
「とある方の依頼により、あなた方をお助けに参りました」
どうにか言えた……緊迫した状況で俺の体も相当緊張しているが、それによって逆に冷静になっている、とでも言おうか。背中から汗が出ているような状況だが、頭の中は結構冴えている。これは好都合。
俺の発言に対し、王は首を傾げた。
「儂らを……? 誰からの依頼だ?」
「この国の騎士だった人物からの、依頼です」
――完全に嘘なわけだが、こうやって言った方が王も納得するというのは確信が持てていた。
この国には過去、こうなることを危惧した老いた騎士隊長がいた。ゲーム上では名前しか言及されていない脇役にも劣る人物なのだが――その人物は王へ魔族に対する脅威が迫っているため準備をした方がいいと進言した。だが王を含めその必要性はないと却下され、その騎士は退役。病死したという設定だった。
結果論だが、その言葉に従っていれば――というイベントが、エイナのストーリー上で存在する。なら俺はそれを利用しようと考えた。もし理由を尋ねられたら、病死する寸前、国が危機に陥ったら王を助けてくれ――そう依頼されたと言えばいいと思ったわけだ。
で、その目論見は成功した。王は俺の言葉によってその騎士を想像したらしく、目を見開いた。
「そうか……今にして思えば、彼の言葉は正解だったというわけか」
「……準備をしても、結果は変わらなかったかもしれません。どちらにせよ、今は脱出し態勢を立て直すことが一番かと」
「……だが」
王は二の足を踏む。確か設定では、王を捕らえておくことでこれ以上民を攻撃しない、という約束を魔族としているはずだった。
ただそれは嘘であり、実際魔族達は王を捕らえて以後も攻撃をしている。なおかつ王達は餓死……悲惨すぎる。
ただまあ、俺としてもここでただ逃がすだけではまずいと思っている。そこで、提案を一つ行った。
「魔法により、あなた方のダミーを生み出します」
「……何?」
「ダミーは非常に精巧であり、魔族の目も欺くでしょう。そのダミーが自殺したことにして、あなた方は脱出するのです」
――その魔法にも心当たりがあった。別の主人公のとあるイベントで、仲間の魔術師が一人魔族の幹部に殺される。だが彼はダミーの魔法を使って生きていた……そういうイベントがシナリオ中に存在する。
魔法の名称についても言及していたので、俺はそれを調べ使えるようになっていた。幹部すらも欺いた魔法である以上、ここで露見されることもないだろう。
「あなた方はまだこの国に必要な存在です……どうか」
「……そうか」
王は一度俯き、
「わかった……貴殿の言葉に従おう」
王は承諾。次いで王女に目を向けると、彼女もまた同意するような素振りを見せた。
おそらく、二人はここで死を覚悟していたのだろう。あまりに悲しい決断だが、民を救うためにはこれしかないと考えた結果だろう。
ともあれ、ひとまず王達と接触し逃がす算段は整えた……だがまだ作戦は終わっていない。俺は心の中で気合を入れ直し、王達の牢を開けるべく開錠の魔法を唱え始めた。




