魔族の出現
俺を含め、この場にいた全員が即応する。男性の声であったのだが、滲み出る敵意は隠すつもりがないらしく――
「魔族か」
ボスロが口を開く。それに魔族は肩をすくめた。
周囲には騎士がいる中で、そいつは現れた。黒髪かつ黒衣に身を包んだ姿と、気味悪いくらいに白い肌。それはむしろ病人のような青白さで、なおかつ細身とくればこの戦場に立っているのが不思議なくらいの見た目であった。
名は――ゲーム上ではカナンのやられ役であったため、明かされることはなかった。つまりゲーム上イベントに必要な存在であったことは確かだが、扱いはその程度だった、と解釈することができる。
「最後の自爆……そこまで用意していたが、それを防がれてしまうとは」
そこで、俺へと視線を向ける。
「何やら、面白い御仁もいるようだな。ここに来たのは偶然なのか?」
「まあな。期待通りにいかなくて残念だったな」
剣を構える。すると相手は小さく笑みを浮かべる。
「あれだけの猛攻をしのいだ人間だ。少しばかり、警戒に値するな」
「逃げる気はないようだな」
ボスロが言う。対する魔族は将軍を見返した。
「それなりに成果を出さないと、こちらも色々とまずいからな」
「なら、奇襲でも仕掛けたらどうだ? こうして名乗り出るなどと、愚かな行為をするとは――」
「もちろん、ここにこうして出てきたのには理由がある」
その言葉の直後だった。使い魔が、王の近くで魔族の姿を捉える。しかもそいつは――目の前にいる魔族と見た目が同じ。
まさか、分身の能力!?
「それじゃあ、始めようか」
告げると同時、魔族が動き出す。俺達は戦闘態勢に入り――刹那、魔族の体が突如二つに分身する。
「何……!?」
ボスロもこの事態には驚き――その間に、二体の魔族が同時に俺達へ迫る。
いち早く動いたのは、俺。一体に近づくと、剣を薙いだ。
「おっと」
それを魔族は腕で受け止める。細腕だが相当な硬度があるようで、両断するには至らなかった。
本気を出せば撃破は容易いが……人目もある上、能力を引き出せば当然魔族に俺の能力を悟られてしまう以上、できない。
現段階では「少々手強い傭兵」くらいの評価みたいなので、それを維持したい……考えていると、魔族が俺の剣を受け感想を漏らす。
「なかなか強いな」
同時、押し返す。俺はその勢いに従い後退。
その時、もう片方の魔族がボスロに到達した。
「――見くびられたものだな」
ボスロが言う。刹那、豪快な矛の一撃が魔族へ差し向けられる。
「無論、侮っているわけではない」
魔族が俺の剣戟と同様、矛を腕で受ける。
「そもそも、あの自信作をもってしても倒せなかった相手だ。簡単にいくとは考えていない」
――間違いなく、ここにいる魔族は陽動なのだろう。カナンは親衛隊に守られているため、それを突破するにしても時間がかかる。その状況下でボスロや俺達がカナンの所に来れば、彼を倒すことができない。だからこそ、ここでまず俺達の足止めを行った。
「ならば、どうする気だ?」
ボスロが問い返した直後――町の中から突如爆音が生まれた。
それは魔族の魔法ではなく、城壁の中に敵がいることを知らせるため、味方である親衛隊が魔法を放った音。
「――陽動か!」
声を上げ、シルヴィは後方に視線を転じる。それと同時、俺はどうするべきか考える。
現在魔族の攻撃に対し、親衛隊が迎撃を開始している。そして王の近くにいる魔族は一体だけで、分身する様子はない。親衛隊を突破するには、その方がいいと考えたか。
ふと、俺はゲームの時の光景を思い出す。この魔族は分身能力というものを使用してはいなかったが、玉座に辿り着いた。その間には間違いなく親衛隊の存在があったはずで……つまり、力を分散させず単独で攻めれば、親衛隊を易々と突破できる力を持っているというわけだ。
しかし、今回は違う。ボスロ達が生存した事で、陽動を行う必要が出てきた。その結果、親衛隊と交戦してはいるが、突破には時間が掛かっている。陽動のため分身を配置したことによって力が分散したためだろう。
となれば、親衛隊が抑えている間にこちらの二体を片付けるべきか……? また、カナンにはイベントが残されている。城内ではなく外に出ての戦闘だが、魔族と戦っているという状況は変わらない。ならば、覚醒イベントだって発生するのではないか。
「ふんっ!」
ボスロの矛が魔族を吹き飛ばす。相手はその勢いに体を任せ後退すると、声を出した。
「ああ、そういえば自己紹介もまだだったな」
悠然と、魔族は語り出す。
「私の名はバレン。この戦争の総司令を任されている……いや、軍が崩壊した以上任されていたと言った方がいいのか」
魔族が語る間にボスロがさらに矛を薙ぐ。怒りを滲ませた一撃に近いもので、まともに食らえば大半の魔物は粉砕されるであろう。
魔族もそれは腕で受けることがなかった。代わりに後退し、距離を置く。すると今度は、俺と対峙している方の分身が動こうとし――
「食らえ!」
それに反応したのは、クウザ。下級魔法である『ホーリーショット』が放たれ、俺と向かい合うバレンに着弾する。
とはいえ、ダメージはあまりない様子だが――俺の後方にいるクウザ達を警戒したのか、バレンの分身は立ち止まり、どう料理してやろうかと舌なめずりをする。
「――ルオン」
そこでシルヴィが突如、俺の横へ。
「ボクに任せろ。ルオンは王の所へ行け」
指示に、俺はバレンを見据えながら聞き返す。
「任せろ、って……」
「陽動ならば王が危ない。ここにいるのは分身で、本体は当然王の所だろう? なら、そちらに急行するべきだ」
「それは正解だ」
あっさりと同意するバレン。それに対し、シルヴィはなおも俺へと語る。
「心配するな。この分身の強さがどれほどのものなのか、ある程度推察もつく。無茶はしない」
「私も援護するからな」
クウザもまたシルヴィの横に――この戦争で共に戦い、それなりに連携がとれるようになったのだろうか。
さらに、アティレやシェルクが騎士を引き連れ近づいてくる様子――とはいえどう動こうともリスクのある行為。この場を離れたら、魔族はボスロ達を倒してしまう可能性もゼロではない。
けれど、カナンを放置するわけにもいかない。異なった形になったが魔族が襲撃した以上シナリオ通りに話が運ぶ可能性だって考えられる。しかし、もしそうでないのならば――
「ルオン殿、任せろ」
そこで、ボスロが声を発した。
「我らも死ぬつもりはない……ここで君に頼むのは心苦しいが」
俺の能力を考慮し、頼んでいるのだろう。
ここで使い魔から報告。王を守る親衛隊が押され始める。放置していればいずれ魔族の牙がカナンに到達するだろう――
『ルオン殿』
次に聞こえてきたのは、ガルクの声だった。
『目の前にいる魔族の分身について、ある程度魔力を捕捉した。確かに強いが、ルオン殿の仲間やボスロという人物ならば、対応できるだろう』
「……本当だな?」
小さな声で問い掛ける。ガルクは『ああ』と返事をして、続ける。
『それに、魔族は徐々にだが魔力が減っている。確かに能力は高いが、その強さの維持には相当な魔力を消費するらしい。このまま持久戦に持ち込めば、勝つのは難しくない。陽動なわけだが、そう長い時間食い止めることは魔族側も考えていないということだろう』
「わかった」
俺は答え、ボスロへ口を開いた。
「将軍、ここは頼みます……王は、必ずお守りしますので――」
「わかっている。戦いも終わりに差し掛かっている。こんなところで深追いして、死ぬようなことは避けるべきだな」
俺の主張したいことがわかっている、とでも言わんばかりにボスロは応じる。
「――ルオン様」
そして今度はソフィアの声。
「私も、連れて行ってください」
彼女なりに考えた結論だろう……カナンのこともあるが、俺は黙って頷き魔法詠唱を始める。その瞬間魔族の分身が動こうとしたが、シルヴィやボスロが対応。俺達へ攻撃させないよう動く。
ソフィアもまた詠唱を始め――それが完成する寸前、ボスロが声を上げた。
「陛下を、頼む」
その言葉の直後――俺とソフィアは移動魔法を使用し、町へと入った。




