最後の攻撃
「終わりだ」
近くにいた俺だけが聞こえる程度の声。同時、コボルトが最後の抵抗とばかりに魔力を発し――その瞬間、予感を抱いた。
まさか、こいつ――そう頭をよぎった直後、俺は咄嗟に詠唱を始めていた。
ボスロの矛が、コボルトの頭頂部に触れる。刃先はまるで紙でも切るように入り――コボルトの胸部部分まで一気に両断した。
「やった――!」
ソフィアの声が後方から聞こえる。周囲にいた騎士の中にも歓声を上げる者がいた。しかし、
「将軍! 逃げろ!」
叫ぶ俺。刹那、コボルトの体が突然――発光した。
「これは――!」
ボスロは理解し、矛の動きを止めたばかりか手から離し身一つで後退する。
「ソフィア!」
俺は叫ぶと同時、光るコボルトに対し前進する。するとボスロは何事かとコボルト越しに俺を見据え、
「君も、逃げなければ――」
それ以上言葉は続かなかった――ボスロに対抗できる怪力と技術。さらに魔物を生み出す術と命を削る行為。そして最後に残された策は……自爆。
まさしくボスロを殺すために生み出された魔物。次の瞬間、目の前で魔物の体が爆発した。
――そして視界が開けた時、俺は口元を押さえつつ小さく零す。
「やれやれ、埃まみれになったな」
声を零した後、俺は小さく息をついた。
しかし、最後の最後で気付けたから良かったものの……これはかなり危なかった。将軍と共に行動していたことが幸いした。
魔族としても、将軍打倒は何よりも優先すべきだったということだろう。結果として将軍は生き残ったわけだが、今回の戦いで魔族がマークしている人物であるのは確定。戦いが終わった後、気を付けるべきだと忠告しておいた方がいいだろう。
「……ルオン殿」
ボスロの声が聞こえた。俺は「はい」と返事をして、粉塵をかき分け彼を視界に入れる。
「最後に気が付けてよかったです」
「無事ならばよかった」
安堵するボスロ。次いで一度かがみ、矛を拾った。爆発に巻き込まれた彼の武器だが、特殊な素材であるのか損傷はしていないようだ。
「――ルオン様!」
背後からソフィア。振り向くと、胸に手を当てどこまでも心配そうに見つめる彼女が。
「お、お怪我は……」
「大丈夫だよ。埃まみれになってしまったけど」
「それだけで済んだのは、何か理由があるのか?」
ボスロの問いに、俺は「もちろん」と応じる。
「防御魔法――『クリスタルシールド』ですよ」
防御力を上昇させる魔法の一つで、魔法使用者自身が対象。ゲーム上における効力としては防御力が大幅アップすることに引き換え、攻撃力が大幅ダウンというもの。ゲームは基本力押しの方が有利になるバランスであったため、防御を優先するようなケースは少なく使用頻度は低かった。とはいえ、いざという時に役に立つ系統の魔法で、俺もゴーレム系などの攻撃力が高い敵には念の為魔法使いに唱えさせていたことがある。
現実世界の見た目としては、使用者を中心として縦に長い直方体の結界を形成する。上下左右全てを強固な結界により構築するため、確かに防御力は上がるのだが、その代わり攻撃がほとんどできなくなる。
そして、今回使用したのはちょっとした応用。俺の周囲に『クリスタルシールド』を構築したのではなく、爆発する寸前のコボルトを対象とした。魔法を使用する相手が目の前にいれば、こういう応用が可能となる。
つまりコボルトは『クリスタルシールド』により密閉された空間内で爆発したということになり、ボスロも後退することができた。
とはいえ魔法発動まで持っていけたのが限界で、完全に防ぐことはできず、最終的には結界が破壊された。とはいえ衝撃は少なく、俺が爆煙に巻き込まれた程度で済んだ。
「ほ、本当に大丈夫ですか……?」
ソフィアがたまらず問い掛ける。なんだか涙目になっているけど……俺はゆっくりと頷いた。
「大丈夫だって……ボスロ将軍。これで指揮官は撃破したようですが」
「うむ、どうやら魔物達も統率を失っているようだな」
周囲を見回す。将軍の言葉通り、魔物達の動きが明らかに鈍くなっている。そこに騎士達が容赦なく攻撃を仕掛ける。数だけは多いが、瓦解するのは時間の問題だろう。
「ルオン殿、感謝する」
そしてボスロは俺へと告げる。
「最後の攻撃を防ぐことは、単独では不可能だっただろう。ルオン殿がいなければ、間違いなく戦死していたに違いない」
……俺としても、これだけ策を講じているとは思わなかった。ともあれ最大の山場は抜けた。あと残るのは、カナンの覚醒イベントだけ。
「……む、東西からも騎士が来たか」
ボスロが言う。耳を澄ませると鬨の声が遠くから聞こえる。将軍の言う通りだろう。
使い魔で探ってみると、東にいたシルヴィとクウザもこちらへ向かっているようだ。東西の魔物はほぼ片付け終わり、残すは指揮官を失った北側だけ。これもアラスティン王国の兵士達なら、問題なく対処できるだろう。
さて、ここからの動きだが……指揮官を全て倒した後、この軍を生み出した魔族が出現する。その存在は単独で城を強襲し、カナンのいる玉座へと向かう。
主人公達は戦いの功績から、王の所へ行ってほしいと騎士から頼まれ、城へと急行する。けれどカナン自身が覚醒し、その魔族は宝剣によって撃破される。
ここからは実質イベント戦のような形なのだが……使い魔で城の周囲を確認しているが、魔族が出現する気配がない。確かゲームでは、伝令役が主人公達の近くにいたアティレかシェルクのどちらかに来ていたので、使い魔で観察していれば気付けるはずだが――
「ルオン殿」
そこで、ボスロが声を上げた。
「戦いはほぼ終わり……しかし、肝心の魔族がいない。この戦いを主導したのは先ほどの指揮官ではなく、魔族のはずだ」
「おそらく、そうでしょうね」
同意をすると、ボスロは短く唸った。
「そいつを倒さなければ戦いは終わらない……とはいえ、戦局がこうでは退却するか」
何も答えられない――その時、俺達に駆け寄る騎士の姿が。
「将軍、ご報告が」
「どうした?」
「陛下が、一度北門へ向かうと」
――ちょっと待て。何だそれは?
ゲームでは間違いなく存在していなかったイベント……ボスロやアティレ達が生きていたことによって、新たに生じた流れということなのか。
ともかくこれは予定外であり、魔族がどう動くのかも読めなくなった。俺はすぐさま仲間達を観察していた使い魔を用いて、町の状況などを確認し始める。
「……まだ戦いの途中だが、陛下はおそらく動き出しているところだろうな」
ボスロの言う通りだった。城の周辺で何やら動きがある。とはいえそれは緊急性を要するようなことではなさそうな雰囲気。
「ルオン殿、一度北門まで戻るとしよう」
「わかりました……それで、ですが」
ソフィアを見る。ボスロはそれで理解したのか小さく頷き、俺へ言う。
「王女については、ひとまず伏せる形で」
「はい。ソフィア、カナン王が来たのなら、少し離れていた方がいいかもしれない」
「そうですね」
ソフィアも同意しつつ、俺達は一度戻ることに。
その途中、東西から駆け付けたアティレ達と出会い、シルヴィ達とも合流する。彼女らは俺達と共に行動するつもりのようで、一緒に後方へ。
「戦いは、もう終わりに差し掛かっているという解釈でいいんだな?」
シルヴィが確認を行う。こちらが頷くと、クウザが肩をすくめた。
「戦争にしては短いのだろう……しかし、ずいぶん長く感じたよ」
「私もです」
ソフィアも同意。俺は彼女達の会話を聞きながら、これからどうするか考える。
使い魔は城を出るカナンと親衛隊の姿を捉えた。将軍が生きていたために起こった出来事であり、どういう展開になるか読めなくなった。
とはいえこれまでの経験から、イベント発生場所にいなくてもゲーム通りに話が進む可能性がある。だとすれば、カナン王が外に出た瞬間を狙い、魔族が強襲……という可能性もあったのだが――
ここから、事態はさらに予想していなかった方向に。
「――せめて将軍は、と思っていたんだがな」
刹那、俺の耳に聞き慣れない声が聞こえてきた。




