命を削る
指揮官のコボルトによって新たに生み出された魔物は、周囲で戦っている『コボルトソルジャー』とまったくの同一。つまり、ボスロにとっては一振りで片付けられる敵だが――真正面に強敵がいるとなれば、話は間違いなく別だろう。
数は三体。ボスロに対し左右と背後――そこで俺は『ホーリーランス』を放った。
光の槍が、将軍の背後にいる魔物を消し飛ばす。それと同時ボスロが攻撃を中断し、後退を行った。当然指揮官も他の魔物も追いすがる。だがそこへ、
「――雷よ!」
ソフィアの魔法だった。彼女の手先から雷光――雷属性中級魔法『ライトニング』が迸る。彼女は馬でボスロの左右にいた魔物を直線的に捉える場所に移動しており、雷光は魔物を貫通し、二体同時に消し飛ばす――!
指揮官としては、策が潰された結果となるだろう。これで終わりか、などと思いつつ、コボルトがボスロへ仕掛ける様を見て取った。
先ほどと比べ魔力は明らかに減っている。三体瞬間的に魔物を生み出すという行為は相当な負担だったらしい。推測だが魔族はあくまで魔物を生み出せる能力を付与しただけで、魔力を浪費してしまうことから使わせていたわけではなかったはず。魔物が魔物を生み出すというのは、そうした特殊能力を最初から持っていない限りは魔力消費も大きくなる。よって、先ほどより力が減った指揮官のコボルトに、ボスロが負ける理由はないと思ったのだが――
刹那、俺の予想に反しコボルトの魔力が、突如膨れ上がった。
「な――」
ソフィアが呻く。そして周囲の騎士達も驚愕の表情を見せる者が。
今まで見せていた魔力は、まるで加減でもしていたような……先ほどまでの魔力がたき火のようなものであるとしたら、今は天に届こうかというくらいに噴き上がった業火。俺も最初は絶句したが、すぐさまその魔力の原因を理解する。
「自らの命を削って……!?」
魔物にとって、魔力とは命そのもの。人間が肉体を維持するために呼吸や食物を摂取しなければならないのと同様に、魔物は魔力を得て体を維持する必要がある。
だが、目の前のコボルトは魔力を噴出し、将軍を倒すことだけを考えている――魔族にそう命令されているのだろう。命を賭して……というより、このコボルトはただ魔族の指示を受けて戦う人形。ただ、命令を従っているにすぎない。
俺は対抗すべく詠唱を開始する。これだけの魔力である以上、放つ斬撃はボスロに対しても決定打になりうる。即座に『ホーリーランス』の詠唱を行い、援護できる態勢へ――
その直後だった。ボスロへ追いすがろうとしていたコボルトは、突如地面を薙いだ。その行動は、騎士達から見れば不可解なものだったかもしれない。だが俺は理解できた。
「まさか――」
次の瞬間、地面を薙いだ先から青い衝撃波が波のように発生する。これは大剣下級技の『地昇波』。地面を薙いで魔力を地面に送り、大地に存在する魔力と結びつくことによって小規模な衝撃波を発生させるという技だ。
範囲系攻撃で、威力は低い。ゲームでは中盤に入れば利用価値も低くなる小技で、俺も数えるほどしか使ったことがない。けれど――
「ぬう!」
ボスロが呻く。衝撃波は彼の体を飲み込み――怪我はないようだったが、衝撃波によって将軍の体は弾き飛ばされる。
「将軍――!」
ソフィアが叫ぶ。同時、コボルトの顔が――突如、俺達へ向けられた。
攻撃をして策を阻止した事で反応したのか。ボスロは大きく吹き飛びそれを追撃することなく、まずは俺達を目標に定めた形か。
命を削りながらの戦い、こちらに構うだけの余裕があるのか……コボルトは迷わず俺達へ向かってくる。一方、ボスロはまだ立て直せない。
俺はソフィアに対し一度退けと指示しようとした――次の瞬間、コボルトが剣を素早く振り上げ、地面にまたも叩きつけた。
再度生じる『地昇波』。俺が食らってもダメージはなしだが、どういう意図なのかを理解し、また同時に回避ができないことを悟る。
コボルトの狙いは間違いなく俺が乗る馬。手綱を操作しどうにか回避を試みようとしたが、駄目だった。衝撃波に飲まれ、大きく体勢を崩す。
「っ――!」
小さく声を零しつつ、俺は半ば投げ出されるような形で下馬した。馬の方は多少ダメージは受けたらしく多少ながら傷が。とはいえコボルトの放った衝撃波は馬を倒すというよりは吹き飛ばすという雰囲気の方が強かった。まずは騎乗する俺達を引きずり降ろして料理する、といったところか。
だが、この時点で既にボスロが動き出している。俺は真正面に指揮官のコボルトを見据えた瞬間、魔物に横から迫ろうとする将軍が視界に入った。
「貴様の相手は、私だ!」
矛を薙ぐ。その剣戟は今まで以上のもので、間違いなくこの時点における最高の一撃だっただろう。
しかし、命を削りながら魔力を放出するコボルトもまた全力であり――両者の武具が激突した瞬間、ボスロはさらに弾き飛ばされた。
いや、それは弾き飛ばされたという言葉では済まされない。将軍自身の身長を越えるくらいの高さまで、吹き飛んだ。
その光景に、俺は将軍に呼び掛けようとする。だがコボルトがこちらを捉えたため口を動かすのを中断し――そこで、今度は槍を持った騎乗した騎士が、コボルトの背後から迫った。
完全に虚を衝いた形。これまでのコボルトであるならば、一撃受けて多少なりともダメージは与えられたかもしれない。しかし、
「駄目だ! 退け!」
俺は思わず反射的に叫んでいた。しかし騎士は止まれず、コボルトは対抗するべく大剣を振る。両者の武器が交錯し、
今度は馬ごと騎士の体が吹き飛んだ。
「な――」
後方からソフィアの声。その馬鹿力は驚嘆に値するものであり、さらにどれほどまでにコボルトが力を放出しているのかが明確になる。
とはいえ、その力はあくまで命を削ることによって発生させている……時間制限があるのは確定的だが、どれだけもつのか。
ただ間違いなく一つ言えることがある――残り時間が短くとも、俺へ牙を突き立てるだけの時間があるのは間違いない。
コボルトが再度俺へと向く。吹き飛んだボスロは体勢を整えているような調子であり、援護に来るとしても、俺がコボルトと打ち合ってからになるだろう。そして、背後にはソフィアがいる。どうするべきか、答えは一つだった。
両腕に魔力を集める。コボルトが大剣を振り上げ、俺の体を両断するべく一閃――刹那、俺はボスロと打ち合った時のことを思い出す。
将軍が仕掛けた際、俺は咄嗟のことで力の調節もできなかったが――今回は違った。コボルトから発する魔力。その出力を感じ取り、魔物に対し戦い続けた経験が、体に命令を行う。
コボルトは咆哮を発しながら、対する俺は無言のままで――剣同士が激突する。ボスロでさえ吹き飛ばした斬撃。周囲の騎士からすれば、終わったと考えてもおかしくない。
だが、俺は剣を受け切った。魔力は外部に放出していない。よって、俺の能力が露見するわけではないが――もし魔族がこの光景を見ていたとしたら、剣を受け切った人間ということで俺に興味を抱くかもしれない。
その時、コボルトは止まった大剣に力を加える。俺はそれに合わせさらに力を込め……結果、均衡は保たれたまま。
コボルトとしては、焦るべき状況だろう。俺をなおも潰すべく動くか、それとも一度後退するか――しかし、魔物に考える余裕はなかった。
体勢を立て直した、ボスロがコボルトの背後に到達する。豪快に矛を振りかぶるその姿を見て、とうとう決着がつくと内心悟った。




