将軍の相手
俺は高速移動の魔法を用い、一気に北門付近へ到達する。上空に飛ばしている使い魔からの情報によると、アラスティン王国側が優勢といった感じだが――
直後、遠吠えのような魔物の咆哮が聞こえた。周囲にいた予備軍の面々が何事かと戦場を見据える姿が視界に入る。
俺は彼らに視線を送りながら使い魔からソフィアや将軍の居所について報告を受けつ……そちらへ近づいていくと、騎乗し戦闘準備を整えた将軍の姿があった。
その姿は、鬼神とでも言うべきだろうか……剣ではなく矛に持ち替えた将軍の姿は、見る者を圧倒させる。
「……来たか、ルオン殿」
俺に気付いたボスロが声を上げる。するとソフィアがこちらに近づいてきた。
「ルオン様、お怪我は?」
「大丈夫だ。まだそっちは戦っていないようだな」
「はい……ですが……」
険しい表情と共に、彼女はギュッと拳を握りしめる。
「重苦しい、空気です……」
俺は彼女の言葉を聞いて、騎乗するボスロに視線を移す。彼は小さく頷き、率いるということがどういうことなのかを理解させたのだろうと把握する。
「ルオン殿、彼女の護衛は任せてもいいか?」
その時、ボスロから質問が。任せていいか、という文言が出るということは――
「お一人で行くと?」
「無論部隊を率いて動く。現在、戦況は五分のようだが、東西の戦いに決着がついたことから考えても、魔物側だって動き出すだろう」
ボスロは周囲を見回す。ここまでまだ指示を待っている騎兵達が、将軍の表情を見て頷いていた。
「敵の戦力は北門に残るだけとなった……北門から迫る指揮官は指揮能力も中々だ。状況を把握すれば、時間がないことを悟るだろう」
――東西からさらに戦力が押し寄せれば最早勝ち目はない、と判断し一気に勝負に出るというわけか。
ただ、敵の指揮官の強さが最大の問題。ボスロを相打ちにするほどの相手である以上は、例え戦況が絶対的なものであっても、油断はできない。
「……将軍」
「ルオン殿も行く、ということか?」
問い掛けに俺は即座に頷いた。
「はい、俺も援護に」
視線を重ねる。こちらの主張に対し、ボスロは一時沈黙していたが――
「……どうやら、断ってもついてきそうな状況だな」
「そうですね」
「わかった。いいだろう」
「ルオン様」
ソフィアが発言する。まあ当然、そうなるよな。
「このまま待機していろとは……いいませんよね?」
「……将軍」
「わかった。ただし、自分の身を守ることを優先すること」
ボスロは告げると、俺達に馬に乗るよう指示。次いで矛を肩で担ぎ、騎士達に呼び掛けた。
「我らの手で、この戦を終わらせるぞ!」
騎士達の声が上がる。士気の高さは、将軍がいることもあるがやはり終局が迫っているからだろう。
そしてボスロの号令の下、突撃を開始した。同時、他の騎馬隊も動き出し、指揮官がいると思しき北側の軍へ、一斉に仕掛ける。
兵達が戦い乱戦になっている状況だったが、それにも構わずボスロは突撃した。騎馬は味方の兵士達を縫うように進み――魔物と交戦を開始する。
その突撃により、魔物が吹き飛ぶ光景さえ見られる――さすがは将軍の部隊。人数が多いことも関係しているとは思うのだが、その凄まじさはアティレのそれと比べてもずっと苛烈。これは間違いなく将軍がいるからこその動きだ。
俺は将軍とソフィアに注意を払いつつ『デュランダル』を用いて魔物を撃破していく。一方のソフィアは剣を用いてコボルトの攻撃を上手く防ぎながら魔法で応戦。周囲に味方がいるためあまり強力な魔法は使えないようだが、それでもコボルトを的確に倒していく様は見事だ。
この様子なら、指揮官以外の敵に対しては問題ないだろう。やはりこの戦いにおける最大の脅威は、ボスロが対峙する指揮官だ。
どれほどの敵なのか……もし将軍が危機に陥ったらどう動くべきかを考える間に、いよいよその目標が近づいてくる。
さすがに本隊ということで戦力にも厚みがあるが、これまで騎馬隊で波状攻撃を仕掛けてきたためか、魔物達の数も多少なりとも減っているため思ったよりも楽に突破することができた。そうして見えた指揮官は――
「何……?」
俺は、誰にも聞き咎められない程度の声量で呟いた。
この戦争における戦力はその全てがコボルト系。東西の指揮官についても同様であり、北門を攻撃する本隊の指揮官もまたコボルト系なのだろうと推測することは容易であり……その予想は当たっていた。
だが、身にまとう装備などは見たことがない。ゲームの中で登場していた種とはまったく別の魔物。将軍と相打ちに持ち込むだけあってただの魔物ではないと思っていたが――
「……クラーケンのように、ゲーム未登場の敵か」
俺は改めて気を引き締める。何が起こるかわからない状況。将軍を見ると、指揮官を見て強い警戒を露わにしているのがわかる。一目で強いと判断したのだろう。
「あの魔物は……脅威ですね」
ソフィアもまた不穏なものを感じ取ったか、言葉を零す。それと同時、ボスロは叫んだ。
「指揮官と思しき相手は、私がやる! 騎士達は周囲の魔物に対応しろ!」
それはつまり、アティレと共に突撃した騎士が指揮官との戦いの時露払いをしたのと同じ……騎士達はその指示に従ったか、先行する騎士達は指揮官を避けるような動きを見せる。
対する指揮官――コボルトは、こちらの動きを見て吠えた。どうやら周囲のコボルト達へ指示を送っているようだが――
「ルオン殿」
そこへ、ボスロが俺を呼び掛ける声。
「私はこのまま突撃を仕掛ける。ルオン殿達は――」
「見届けますよ。将軍の戦いを」
それだけ応じた。さすがに援護に入るべく用意をしているとは言わなかったが――俺の実力を多少なりとも理解しているボスロは、言わんとしていることを理解した様子だった。
「どこまでも、心配性だな」
「決して、将軍の力を低く見積もっているわけではありません。しかし」
俺は近づく指揮官を一瞥。
「……どうも、あの魔物だけは特別なように思えます」
「そうだな。私もそれには同意する」
ボスロはそう応じた後、矛を握り直した。
「いいだろう。私の戦い……しかと焼き付けてもらおう」
将軍は告げると、さらに速度を上げる――その間に、俺は魔物の姿を明確に捕捉した。
黒い鎧で全身を固め、また大剣を片手で握っている。さらに背には似たような大剣を二本背負い、体格もアティレと共に交戦した『コボルトジェネラル』よりも大きい……威圧感は相当なもので、これは兵士では相手にならないだろうと悟る。
見たことがない魔物である以上、強さについても確定的なことは言えないが、発する魔力から考えてアティレでも相手になるのかどうか――そういう推測を行った直後、ボスロが矛を振り上げ、また指揮官の魔物も呼応するように動き出した。
矛と大剣を激突する。勢いについては騎乗したボスロの方が上だが――魔物は平然と受け、吹き飛ぶようなこともなく、矛を受け流した。
ボスロは矛を引き戻しながら魔物の横を通過。即座に馬を反転させようとして――そこに、周囲にいたコボルトが将軍を狙い動き出す。
「将軍を援護しろ!」
騎士の誰かが叫ぶと同時、隊を成していた騎士達が魔物達へ仕掛ける。ボスロの指示通りの動きだが――いや、その勢いは士気の高さもあって押し返そうという雰囲気さえ見て取れた。
「さあて、いよいよ決戦だな」
ボスロは発言すると矛を構え直す。一方の指揮官――漆黒の鎧から『コボルトダークナイト』とでも言えばいいだろうか。魔物もまた大剣を構え、ボスロを迎え撃つ体勢を整える。
一騎打ちのような状況……俺はその中で魔物を見据える。間違いなく、こいつが将軍を相打ちながら倒した魔物。その一挙手一投足を観察し、将軍を死なせないように動く……決意を胸に、俺は体の内に眠る魔力を、静かに収束させ始めた。




