国を守る戦い
敵が近づく中で、王国側の兵士達も布陣を終える。魔物達は横隊――相当厚みのある隊列を組み、こちらを押し潰すような勢いで近づいてくる。
対する王国側も、兵達を横に並べる。その兵の厚みは――上空から観察する使い魔によると、五分、もしくは味方側がやや多いくらいか。
東側も似た状況。しかし北部は異なり、その厚みは東西と比べ太い。
その中で、俺は向かってくる魔物の姿を遠目ではあったが捉えた。コボルト――ゲームでは『コボルトソルジャー』と呼ばれていた魔物だ。能力は低く、ソフィアやシルヴィならば、倒すのは苦にならない。
彼女達の魔力障壁ならば、魔物の攻撃を受けても問題はない。それにシルヴィはクウザとの連携。ソフィアは将軍の近くにいるし、窮地に陥ることもないはず。問題となるのは、やはり指揮官か。
緊急措置として結界を発動する腕輪も装備させているため、いざという場合も大丈夫……戦況にもよるが、ゲームではアラスティン王国側が壊滅的な状況に陥ることは基本なかった。放っておいても門を守っていれば勝てるくらいだったが……前方から迫る魔物を見ると、ゲーム通りいかないような気がしてくる。
徐々に敵が近づく。迫ってくる魔物の群れは理路整然としており、まさしく軍そのもの。それを自覚した瞬間、俺の体に緊張が走る。
魔族の存在もあるため、本気を出すことはできない――とはいえ俺はその気になれば上級クラスの魔法で魔物達を一掃できる。けれど魔物の軍が国を蹂躙しようとする様を見て、雰囲気に飲まれそうになる。
「……っと、まずいな」
肩の力を意識的に抜く。周囲で武器を構え近づきつつある魔物達に警戒する兵士に合わせ、俺もまた剣を抜き放つ。
「――ルオン殿」
その中で、近くにいたアティレが俺の名を呼ぶ。彼は下馬しており、前線で戦う心積もりらしい。
「確認ですが、馬には乗れますか?」
「大丈夫です」
「わかりました……騎兵は敵の本隊である北部に対抗するため、北門に多くが配備されています。よって、東西については歩兵が中心になる」
彼の言う通り、騎兵の数は多くない。しかもそうした戦力は後方――門付近に配置されている。
「騎兵は、戦況に応じ仕掛けるよう指示しています。敵をある程度抑え込むか押し返した状況で、指揮官を発見し騎兵で突撃し一気に仕留める――というのが理想です」
「それに、俺も参加すると」
頷くアティレ――その直後、最前線にいる兵士達が槍を構えた。
それを見た瞬間、アティレが呟く。
「報告よりも数が少ない……後続が控えているということか」
後続――ゲーム上は魔物側も増援は存在していなかったが、指揮官部隊の初期配置は主戦場からやや後方にあった。今俺達と対峙しようとしている魔物は、前衛という位置づけで、戦っている間にやってくる感じだろうか。
兵士達が魔物を見据え、動きを止める。そして魔物も一定の距離まで近づいた時、動きを止めた。
「……弓の範囲、ギリギリだな」
さらなるアティレの呟きが聞こえる。槍兵と共に弓兵もまた構え、いつでも矢を放てる態勢を整えているはずだが……まだ、届かないらしい。
沈黙が、一時周囲を支配する。コボルト達も動かなければ、味方側も動かない。だが、この均衡が破られるのはそう長くないと思った時――ピィィィ、と鳥の鳴き声のようなものが聞こえた。
それが合図だと察した瞬間、コボルト達が一斉に動き出す。
装備を見れば、ほとんどが剣。弓や槍など、ゲーム上では武器がランダムになっていたのだが、ある程度統一されているのは、軍として大量に魔物を生み出したためだろうか。
迫る魔物に対し味方側は――アティレが声を上げると同時に、一斉に矢が魔物へ向け放たれる。それによって少なくとも最前線にいる魔物は攻撃を受け立ち止まったり、あるいは転んで周囲の魔物を巻き込んだりと多少の損害を与えることができたようだが――止まらない。
人間であれば、弓を避けるべく兵達が移動するような動きを見せるかもしれない。けれど魔物は、目前に迫る人間を屠るべく、矢など一切気にする様子を見せず……損害をものともせず、突撃してくる。
「――恐れるな、兵よ!」
すると、アティレが槍を掲げながら叫んだ。
「この戦こそ、アラスティンの存亡が決まるものと知れ! 民を守るべく、自身を奮い立たせ一体でも多くの魔物を屠れ!」
その言葉と同時に、兵を率いる騎士達が吠えた。それと同時に兵達からも声が上がり――魔物と兵士が、激突した。
一番乗りした魔物は、兵の槍によってあっさりと消滅する。だが後続から容赦なく襲い掛かってくる魔物。兵の槍はそれをさせまいとどうにか耐えていたが、やがて槍を縫うように避け、兵士達へ斬り込んでいく。
兵士達もまた、反撃に転じる。そして俺の近くにいるアティレも、槍を振るいコボルトを殲滅し始めた。
間近に迫るコボルトを、俺は剣を差し向けられる前に撃破する。目の前の一体を倒せば、さらに別の個体が襲い掛かってくる。それを処理すれば、また前方から――敵味方入り乱れた乱戦であり、中にいる俺の視界では戦況がどうなっているかまったくわからない。
直後、旋風が僅かに生じた。視線を転じると、コボルト数体を風を加えた槍の一撃で吹き飛ばすアティレの姿。
彼が利用する属性は、風――もっとも風はあくまで補助的な役割に違いなく、その真価は鍛錬を重ねた槍術だ。
見れば、コボルト達はアティレを視界に入れると問答無用で襲い掛かっているように見える――彼のことを魔族側が把握しているためなのか、それとも他の兵士とは異なる装備をしているためなのか。どちらにせよ、俺の取る選択は一つ。
アティレに迫ろうとしたコボルトを俺は一体撃破する。さらに襲い掛かってくる敵を撃滅し……アティレを援護する。
「助かりました」
槍を握り直しアティレは言う。俺は彼の言葉に応じようとしたのだが――それよりも先に、彼は槍を振り始める。俺もまた彼に従うように剣を魔物へ向け――同時、上空にいる使い魔から情報収集を開始する。
最初の激突の後、徐々に味方側が押し返している。このままの戦況を維持すれば勝てそうな雰囲気。
けれどそれは、後続から敵が来なければの話――考えながら、他の場所を観察する使い魔から報告を受ける。
東側も似たような戦況。シルヴィやクウザはシェルクと共に魔物をどんどん撃破しているような状況で、心配する必要がないくらいだった。
そして北部は、ボスロ将軍自身がまだ動いていないためかソフィアも戦いには出ていない。確かボスロは東西の戦いが終わるまではできるだけ動かないと言っていたが、騎兵を利用し分厚い魔物の軍にダメージを与えている。こちらも今のところ戦況は有利に進んでいる。
最初の激突は、アラスティン王国側が優勢といったところか。だが、これで終わるわけではない――アティレに視線を向けると、槍を振るいながら前方を見据える彼の姿があった。
「……来たか」
その言葉と共に、俺も視線を前に。魔物達に阻まれ非常に見えにくいが、遠くに新たな敵軍が見えていた。
直後、アティレが魔物を屠る速度を上げる。さらに他の兵士達も奮起し、魔物を確実に押し返している。
俺もまた彼らの動きに呼応するように剣を薙ぐ。次々と斬り伏せる中、何度も後方にいる敵軍に視線を送る。
あそこに指揮官がいるのかいないのか……距離があるため確認できないが、もしいた場合、アティレが動き出す可能性が高い。
彼の援護をしながら俺は次々とコボルトを倒していき……その時、後方から一人の騎士が近づいてきた。




