救出作戦
風の魔法を駆使してバールクス王国に辿り着いた時、既に都は襲撃され城からは煙が上がっていた。
「フィリのイベントとほぼ同時進行だったか……」
攻略本では同じくらいの時期としか書かれていなかったが……数日くらいの誤差だったようだ。
俺の目的は王様と王女を救い出す事……設定上餓死したということなのでまだ王達の命には猶予がある。ならば今から救い出しても余裕で間に合うはずだ。
で、どうやって救い出すかだが……パターンとして二通り考えられる。例えば主人公であるエイナの場合は、他の騎士と共に城の中に存在する秘密の緊急脱出路から抜け出し城を後にする。脱出路の場所は把握しているので、そこを逆走して城の中に入り込むというやり方が一つ。もう一つは正面突破……といっても真正直に殴り込みをしていてはシナリオ通りいかなくなるのは間違いない。
さすがにちょっと魔物や魔族を倒したくらいでは変化はないだろうけど、もし誤って幹部でも倒そうものならシナリオが大幅に変わるだろう。それを避けるためにもできるだけ見つからないように行動した方がいい。よって、魔法を使う。
俺が使える魔法は透明になる魔法や、気配を周囲と同化させることで相手に認識されないようにする魔法がある。どっちもゲーム上実在していた魔法で、前者は物理攻撃無効だが魔法攻撃が弱点となってしまう。反面後者は攻撃は当たってしまうが、回避率の大幅上昇と、クリティカル率の上昇というメリットがある。一長一短な性能で、相手によって使い分ける必要がある。
で、これを利用して城内に潜入する場合……果たして通用するのだろうか。いくら俺自身のレベルが高くとも、こうした魔法の効果はレベルが上がろうが基本変わらない――いや、もしかすると何か変わるのかもしれないが、そこまで検証することはなかったので不安要素が満載だ。
「やっぱり、脱出路からだな」
俺は呟き、煙の上がる城に対し踵を返す。
ちなみに、そういう隠し通路が出口から入れるのかという問題は――心配いらない。エイナが主人公の場合、いずれこの城に住まう魔族と決戦を行うことになる。その潜入は脱出路を逆走して訪れることになるのだ。どうやって入るかなどはゲーム上でも解説されていたので、俺でも問題なく入ることができる。
俺は町を離れる……本来ならここで襲撃されている町を救うのが一番なのかもしれないが、俺一人では限界がある上、下手に目立てば大陸崩壊エンドに突入する危険性がある……あくまでシナリオ通りに進めるべきだ。ここはぐっと堪え、目的のためだけに行動する。
場所は城の裏手に存在する森。その中に何ヶ所か隠し通路がある。俺はエイナ達と鉢合わせしないよう慎重に動きつつ――ふと、声を耳にした。
「丁度、逃げてきたところか」
改めてゲームのシナリオ通りになっていると思いつつ、一行を観察。人数は合計四名。その内の二人は全身鎧で兜までかぶっているので人相はわからない。ただ残り二人……男性と女性は顔が見えた。
男性の方は金髪――ただ毛が立つくらいに髪は短く、その顔も野武士のそれを連想させるようないかついもの。名はグラゼン=ダダンル。この国の騎士団の中で隊長を務めている人物である。
で、もう一人……こちらは銀髪だがセミロング。ただグラゼンとは異なりずいぶんとくすんでいる。翡翠の色合いをした瞳と整った顔立ちは、現在着ている無骨な鉄鎧よりも装飾が施されたドレスの方がさぞ似合うだろうという美人……彼女がエイナである。
「王女……!」
エイナが両拳を握り締め、俯きながら悔しそうに呟く。本当ならば今すぐにでも戻って王女を救いたいだろう。しかし、
「駄目だ……俺はお前の事を託された。王女は無事だ。それに団長達が頑張ってくれる……」
励ますグラゼン。実際の所は団長達も魔物の猛攻に耐えきれず退却を余儀なくされるのだが……それは物語の中盤くらいに判明する。
ふむ、改めて考えると、王女なんかを救えばその辺りのシナリオも変わってしまうな。まあそのイベントはちょっとした会話程度なのでたぶん影響はないと思うけど……ただ王達の方は逃げていると知られればまずい。魔族を騙す策はもちろんあるが、きちんと助けた後はエイナ達にバレないよう身を潜めさせ死んだことにするのが効果的だろう。
考えているとエイナ達は悔しそうに森の中を移動し始める。この後彼女達は領土内の町へ向かい、そこで他に逃げ延びた騎士達と合流する。そこから彼女のフリーシナリオが始まるわけだが――
彼女達の姿が消えた。森の中は脱出路の入口など見当たらないわけだが、俺は何の迷いもなくエイナ達が立っていた場所に向かう。
そこには、ちょっと大きめの岩が一つ。もっとも大きさは周囲に生える木々の三分の一ほどであり、森の中で目印になるのも難しいくらいの、変哲もない物。それに対し俺は屈み、調べ始めた。
「えっと、確か地面近くにスイッチが……」
とりあえず岩の表面をなぞり始める。少しすると岩とは異なる感触の物が手に触れた。
「お、ビンゴだな」
俺はそれをぐっと押す。この岩は一部分が魔法か何かで作られた特殊な素材が含まれていて、そこに触れると仕掛けが作動するようになっている。
で、俺が触れた途端背後でギギギ、という軋む音。振り返ると地面がせり上がり地下への入口が。
「よし、行くか」
ここからが本番である。頭の中でゲーム上のマップを前世の記憶から引き出す。
――これまでの経験で、例えばフィリと出会った村なんかはゲーム上よりも規模が大きいし、なおかつダンジョンの中ももっと複雑になっていたりしていた。ただダンジョンについては初めて見る場所やゲーム上で見た記憶のある場所もあったため、ゲーム上のマップが決して間違っているというわけではない。
よって、見覚えのある箇所をゲーム通りに進めば目的地へ辿り着けるはず……目標は牢屋。そこに王達がいるはずだ。俺は明かりを生み出し地下へと足を踏み入れる。
石でできた通路は、空気をひんやりとさせており自然と体に力が入る……俺は念の為警戒しつつ、彼らを助けた後のことを考え始める。
フィリとは異なりシナリオに変化を与えようとしている。だから細心の注意を払わなければならない。これまで脳内でシミュレートしてきたわけだが、フィリとの初会話のようなこともあったし……俺は思い出しそうになったので首を振って記憶を追い出しつつ、通路を進む。
ともかく、敵と鉢合わせするのはまずい。牢屋周辺にはさすがに見張りもいるだろう。これについてはどうするか色々プランは立ててあるが、牢屋の状況を見なければ判断できない。
ともかく、重要なのは見つからないことだ。城内で見つかったのなら、最悪城にいる魔族の親玉と戦う可能性が出てくるし、王達が逃げたと知られてもシナリオが大幅に変わる……それは避けなければならない。
俺は村で遭遇した出来事以上に緊張しつつ、地下通路を進む。失敗は許されない……魔王にも立ち向かえる能力を持っているという以上やろうと思えばどんなことだってできる俺だが、こういう風に見つからないよう動くというのはあまり経験もなく、必要以上に神経を使う。体がずいぶんと緊張し重くなっている気がする。
落ち着け……心の中で自分に言い聞かせつつ、一人暗い道を進み続ける。やがていくつか分岐点が見えたのだが、それについては記憶があったので迷わず牢屋へと進む道へと入る。
さて、いよいよだ……心の中で呟いた時、とうとう上へと進む階段を発見。俺は深呼吸し、地下への出口へ少しずつ近づいていった。




