彼女への要求
「訊きたいことがあるんだけど」
そう後ろから問い掛けるカティの声はずいぶんと硬質だった。まずい、これは間違いなく村長との会話が聞かれていたパターンだ。
その辺り、もう少し気を付けるべきだったか……ともかく今後悔しても遅い。誤魔化さなければ。そう思い振り返ると、腕を組み難しい表情を見せる彼女がいた。
「……ああ、何?」
視線を逸らしつつ聞き返す……おい、これではいくらなんでも怪しい……のだが、体は対応してくれない。
まずい、この場合は彼女に対し何かすべきなのか……とはいえ極力仲間となるキャラには手を出したくない。フィリや他の面々がパーティーに加える可能性もあるし――
「……はあ」
そこで、カティは大袈裟にため息をついた。
「……もういいわ。訊きたいことが山ほどあるけど、なんというかあなたはこの村のために色々とやってくれたのはわかるし」
お? こちらが見返すと、カティはもう一度ため息をついた。
「とりあえず思うんだけど……いくら混乱していたとはいえ、村の中で悪魔を一撃で倒すなんて所業やったら、怪しまれるわよ?」
うげ、そこからかよ……まずいという感じの表情を出したつもりはなかったが、こちらが無言でいることでそういう心情なのだと彼女は察したらしく、困ったような表情を見せた。
「何だか、尋問しているみたいじゃない……だからもういいわ。けど、一つだけ教えて。こういったことについて、いずれ話を聞かせてもらえるの?」
「えっと、だな……」
どうだろう。魔王を倒したらネタばらししてもよさそうだけど……いや、この場合はまず確実に別の騒動が起きるだろう。即ち、その強さから国として何か重要な役回りを任せるとか――
「それはごめん、確約できない」
なので俺はそう答えるしかなかった。するとカティは「そう」とそっけなく呟き、
「できれば、話してもらえることを期待しているわ」
「あ、ああ……」
「それと、私としては何かしらお礼をするべきだと思ったの」
話が変わる。そこで俺は目を白黒させた。
「お礼?」
「村のために……あなたの言葉としては知り合いから受け取ったらしいけど……まあその辺りはいいとして」
俺の物だとなんとなく察しがついているらしい。悪魔を一撃で倒したりとか、そういう情報を統合しての推測だろう。
「ともかく、この村のために身を削ってくれたのは間違いない。だから、何かお礼をしないと」
お礼、と言われても……アイテムは腐るほどあるし、仲間にするというのも問題がある。俺はこれからもう一つ重要なイベントが控えている。それに彼女を連れて行くのはいくらなんでも駄目だ。
もう一つ付け加えるなら、俺はゲーム上既に死んでいる人間なので問題ないと思うのだが、プレイヤーキャラを俺の独断で色々動かすと、シナリオが変わる可能性もある。
このゲームはフリーシナリオであることに加え、仲間キャラに個別イベントなんかも用意されている。そうしたイベントの中には主人公達の行動を大きく変えてしまうものも存在する。カティの場合は単独のイベントというものが存在しないのだが、他のキャラと共に行動することによって特別なイベントが発生する。一緒に行動していて迂闊にそういったものと遭遇した場合……そこに主人公キャラがいた場合――と考えると、できれば干渉しない方がいいと思った。
正直神経質かもと思ったのは事実。けれど彼女はまがりなりにもパーティーキャラ。他の主人公キャラと戦うかもしれないし、俺が干渉するべきではない。
「……それなら」
俺は頭の中で考え、口を開いた。
「この村には世話になったのは事実……だから、復興して欲しいと思っている」
「ええ」
「で、カティ。加えてこの場所は冒険者の拠点となっていた。そういう面々から今後魔王と戦う人が出てくるかもしれない……というわけで、村の復興を手伝って欲しい」
「……なるほど、ね」
「もちろん、誰かに請われたらそれに従って魔物や魔族と戦ってほしい……やって欲しいことは、その辺りかな」
――彼女はこの村の出身者ということで、確かに襲撃後のこの場所で仲間にできたはず。例えばフィリ以外の主人公ならばこの村は既に崩壊しているのだが……その時においてもカティは残っていた。なのでこういうお願いをしておけば、ストーリー上影響はないはずだ。
「わかったわ……私もこの村でできる限りのことをする」
「ああ、頼むよ」
「何だか丸め込まれた気がしないでもないけど……まあいいわ」
最後までぶすっとした表情のカティであったが、とりあえずこれ以上の追及はなさそうだった……よかった。一時はどうなることかと思った。
「さて……俺はそろそろ出発するよ」
「今度はどこに行くの?」
「さあ。魔族とか魔王とかと戦う人の噂なんかを聞いて……俺自身死なないように頑張るだけさ」
カティはそれに苦笑した。「悪魔を一撃で倒せるあなたがどの口で言うか」と、告げたいに違いない。だが彼女は踏みとどまった。
「……そう。なら次この村に来た時きちんともてなせるようにしておくわ」
「ああ。頼んだよ」
復興するタイミングについては俺がアイテムを出したので早まるかもしれないが……中盤以降この場所でイベントはないので、たぶん問題ないはず。もし何かあったら、その都度対処すればいいだろう。
というわけで、俺はカティと別れ村を出た……本当に一時はどうなることかと思ったが、最後は丸く収まったので一安心だ。
俺は村を出て少ししてから、今後どうするか頭の中で思い浮かべ……次のイベントが、序盤の正念場だ。
イベント内容だが……これはフィリとは違う主人公の一人である女性騎士エイナ=フォークドに関わること。彼女のシナリオは最初のイベントで城が襲撃される。で、王様と王女は捕らえられ、エイナは他の騎士に連れられて脱出する……大筋はこうだ。
ちなみにその国の名はバールクス王国と言い、賢者の血筋が代々国を治めてきた。で、エイナは王女と従妹同士であり、賢者の血を持っている――彼女を主人公とした場合、最後はバールクス王国の女王となる結末が待っている。
彼女が魔王を倒すかもしれない以上、旅立つための理由づけとなる王国の崩壊を止めるわけにはいかない。俺が止めたいのは別の場所……王様と王女の救出である。
二人は牢獄に捕らわれて餓死するという悲惨な結末を迎える。エイナはそうした結果を物語後半、城に入り魔族を討つ時知り怒るというイベントがあるのだが……後味が悪すぎるので、これを変えたい。
というわけで、俺は次の目的をバールクス王国に定め……その時、鳥が俺の近くに来た。大陸に飛ばしている使い魔だ。
それを確認すると、バールクス王国へ飛ばしていた使い魔だと判明――直後、
「……あれ」
俺は小さく呻くこととなった。




