闇属性魔法
水属性の魔法については最上級魔法は習得していないにしろ、威力だけを見れば上級魔法でも十分なものが存在する。まずはこの辺りから試す。
いきなり最上級魔法を放ってオーバーフローを起こし、アズア自身が相当なダメージを受ける……さすがにその流れで滅ぶようなことはないと思うが、念の為段階を踏んで攻撃しよう。
詠唱を開始した直後、アズアは俺から放たれる魔力を感じ取ったか――声を上げる。
『ふむ、どのような魔法を使用するかはわかるぞ』
これと共に魔力を右手に収束させる。すると蛇のように水流が腕に巻きつき、俺へ向けかざす。
こちらが魔法を使用した直後、迎え撃つ構えだろう――先ほどは下級魔法ということもあって負けたが、今度は――
そして発動したのは水属性上級魔法『アクエリアス』――威力は水属性の中では最上級に次ぐ。複雑に練り上げた水流を大砲のように飛ばし、相手を粉砕するという魔法。
俺の真正面に魔法陣が出現し、そこからアズアを飲み込む大きな水流が放たれる。対するアズアも右手から魔力を迸らせ――蛇のような水流を大きく肥大化させ、俺が放った魔法に対抗すべく放った。
水流同士が激突する。どうやら今回は互角のようで、俺とアズアの中間地点で魔法がぶつかり動きが止まる。
しかし、やがてアズアの水流が勢いを増してくる。このまま堪えていてもジリ貧になるのは確定的。もっとも、俺はアズアの攻撃を受けても平気なのは間違いないが――俺はここで、負けたくないと思った。
魔力をさらに注ぐ。結果、アズアの水流を俺の魔法が一気に飲み込む。
『ほう――』
興味深そうな声を上げるアズア。直後、俺の魔法がアズアへと届き、爆散した。それと同時に、俺は再び詠唱を開始する。
先ほど魔法を吸収した以上、今の魔法もおそらく同じように対処するだろう……考えていると、突然ガルクが声を上げた。
『今、水流の中で面白い動きを見せたぞ』
「面白い?」
『うむ。吸収した魔力の一部を放出した』
「放出?」
『吸収しきれなかったのかどうかはわからんが、魔力を取り込んでそれをどうするかは選択できるというわけだな』
とすると、単純に強力な魔法をぶつけても受け流されるだけということか……? 疑問に思っている間に魔法の効果が切れ、アズアが姿を現した。
『今の攻撃に勝つとは思わなかったぞ』
そのコメントに対し――俺は、左手をかざす。
『次の魔法か』
「ああ」
俺の左手から、漆黒が僅かに零れる。それでアズアは闇属性の魔法だと理解できたはずだ。
『なるほど、私の得意分野で打ち勝つことによって、認めさせるという魂胆か』
――さすがにここまで水や闇というアズアの持つ属性で攻撃していれば、気付くか。
『加え、さらにもう一つ……お前は吸収する魔力には限界があるはずだと考えた。よって、強力な魔法を行使することでその限界を突破しようとした』
アズアは次にガルクへ視線を流す。
『ガルクがいる以上、私がどういう性質を持つかは理解したはずだ……吸収も放出もできなくなるほどの圧倒的な威力。それがあれば可能性がゼロというわけではない』
『だろうな。いくらアズアの特性でも、無効化しない以上はやりようもある』
ガルクが言う……確かに、ガルクのように魔法そのもののダメージを完全にゼロにするわけじゃないから、オーバーフローを起こすことは可能。
アズアとしては俺がガルクを打ち倒すほどの力を所持しているのは理解している。だが、吸収限界を超える圧倒的な威力を生み出すことは難しいと考えている……つまり、ガルクを圧倒した時以上の力が必要ということだろう。なら――
「……アズア」
『何だ?』
「後悔するなよ」
声と同時に魔法が発動。『アビスワールド』という闇属性上級魔法。俺の周囲が、闇に染まる。
次の瞬間、その闇が一斉にアズアへと襲い掛かった。津波のように闇を放ち、あらゆる痛みが襲い掛かるという魔法だが――アズアはそれをまともに受けた。
闇がアズアを中心に轟く。その間に俺は再度詠唱を開始し――
『人間は通常、闇属性の魔法をあまり使うことがないと聞く』
闇を受けながら、アズアは平然と語る。
『元来人間が闇を嫌悪するという本能的な理由もあるが、何より魔族が扱う属性であるため、使う機会がほとんどないというのも理由のはず……よって闇属性の上級魔法を習得する人間は、少ないはずだ』
――ゲームではキャラを育てれば習得する可能性はあったが、確かに他の属性と比べて覚えにくくはあった。しかもシナリオ後半になれば闇属性に耐性を持つ敵も多くなるため、頑張って習得してもメリットが少ない。よって、最上級魔法まで覚えるのは趣味の範囲と解釈するプレイヤーだっていた。
『今の『アビスワールド』は、『アクエリアス』よりも威力があっただろう。つまり、お前は水よりも闇の方が得意というわけだ。そのこと自体驚くべきことだが……見ろ』
アズアは両手を左右に広げ、続ける。
『結果として私は無傷だ。お前の考えているような作戦が通用しないということは、理解できたはずだ。その強さは私もわかったが、目論見通りにはいかないというのは、認識しただろう?』
「つまり、俺の目論見を達成するには、今以上の威力がなければならないということか」
俺の言葉にアズアは『そうだ』と応じる。
「そうか……なら」
俺は、再度左手をアズアへ突き出す。
「試してみようじゃないか」
『……何?』
魔法解放。刹那、周囲が一瞬で漆黒に包まれた。
突如、宇宙空間にでも放り出されたような限りない黒。だがその中で闇がとどろいているのは、アズアならば理解したはずだ。
『この魔法は――』
「水属性最上級魔法は、使用すると甚大な被害が出そうな気もするから習得していない」
俺は、闇が渦巻く中で声を発する。
「だが闇属性最上級魔法は……使えそうな気がしたから習得したんだよ。もっとも、あんたにこうやって使うことになるとは夢にも思わなかったけどな」
――闇属性最上級魔法は『エンド・オブ・クリーチャー』。ゲーム上では戦闘フィールド全てを闇が包み、あらゆる力を持った闇が魔物を包み死を与える魔法だった。
その光景は、現実となった今でも確かに存在する。無数の闇が、まるで怨念を持った亡霊のようにアズアへと収束する。その一つ一つが殺意の塊であり、並の魔物ならば一撃受けただけで消滅するような威力。
やがて闇がアズアの体を飲み込み、姿すら見えなくなる。さらに彼から発する威圧的な魔力も、暴風雨のような闇によって押し潰される。
まるで、最初からアズアがいなかったかのような錯覚すら抱き――しかし俺はさらに詠唱を行う――この魔力の奔流の中で、俺は予感していた。
そして、魔法が終わりを迎える。闇がはがれアズアの存在も視認。また魔力も感じられ――
『……確かに、強力な魔法だ』
アズアが言う。無傷なのは間違いないが、俺は一つ理解できた。
あれだけの量の闇を吸収し、また受け流したためなのか、僅かながら魔力が乱れている。
『だが、防ぎ切れぬとでも――』
「それなら、勝負といこうじゃないか」
俺が宣言する。アズアは言葉を止め、俺の発言を待つ構え。
「魔法を放ってあんたの体に闇がまとわりついた瞬間、この出力じゃ倒せないと直感した」
『ならば、どうする』
「簡単な話だ」
魔法解放。再び岩肌の洞窟は、闇へと染まった。
「この魔法にどこまで耐えられるか……勝負だ」
宣言と共に、再び闇がアズアへと襲い掛かった――




