村への配慮
「絶対に……奴らを許さない」
崩壊した村を見て、フィリは俺へと呟いた。彼の仲間は現在村の中を歩き回っており、周辺に姿はない。
飛来した悪魔達はあれからゲーム通り飛び立ち、その姿は遥か彼方へ消えた。そして翌朝、呆然とする村人達と、連絡を聞き駆けつけた国の兵士や騎士が事態の収拾を行っているところだった。
村の様子は一変しており、以前の光景は見る影もなかった。朽ちずに残っている建物は数軒。しかしそれらも雨風をしのげるものとは言い難く、全員が村を後にするしかないような状況。
幸い、怪我人はいるが犠牲者がいないのは救いだった……話によると俺が応急処置を行ったことで助かった命もあるらしい。この点は不幸中に幸い……だが、フィリはその結果を聞いても先ほどのセリフ。全員生きている時点でフィリは胸をなでおろし魔族と戦うような決心がつかないかもしれないとちょっと危惧していたが、大丈夫そうだった。
既に傭兵達の姿はほとんどない。残っているのはフィリや俺を含め少数……念の為、俺はフィリの様子を見るべくこの村に残っていた。
「許せない、か」
俺は頭をかきつつ、さらに村を見据えながら彼に告げる。
「悪魔の群れ……敵は間違いなく魔王軍だろう」
「望むところです」
「……憎むのはわかる。だが、奴らと戦うのなら冷静さを失わないようにしないと」
そうアドバイスを言ったはいいが、やはり事件直後ともなると怒りが先立っている様子。そんな様子を見つつ、俺は懐からある物を取り出す。
「フィリ。ここから旅立つというのなら、一つ餞別がある」
「……え?」
ゲーム上、この時点でルオンは死んでいるのでこういうイベントは存在していない。だから少し緊張しつつ、俺は彼に取り出した物を渡す。
「……鍵?」
「この村から少し南に行ったところに森がある。その中に小さな猟師小屋が一軒……そこに、俺が溜めていた資金といくらか道具がある。お前にやるよ」
「え、いいんですか?」
きょとんとした表情を見せるフィリ。俺は「ああ」と返事をした後、話し出す。
「本当は、別に目的があって溜めていたんだが……ま、魔王との戦いに使われるのなら本望さ」
「い、いいんですか? そんな大切な物を」
「いいって。俺には魔王と戦うような勇気もないからさ……フィリに託す」
この時点で心臓はバクバクである。俺結構かっこいいセリフを言っているよな、とか馬鹿なことを考え必死に動揺を抑えつつ……言葉を待つ。
フィリは俺と鍵を交互に見る。そして、
「……ありがとうございます」
「いいって。それじゃあ、頑張ってくれ」
俺は手を挙げつつフィリの下を去る。歩き出してすぐつまづきそうになったのは内緒である。
で、彼の姿が見えなくなったところで、俺は物陰に隠れる。延焼した家の陰で周囲を見回した後、召喚魔法で拠点にある収納箱の一つを召喚。で、事前に準備していた麻袋を手に取って、収納箱を送還。歩き出す。
袋をひっさげ、俺は村の中を歩く。目指す先にいたのは、この村の――
「村長」
「……む、旅の方か」
燃え尽き最早住むことのできなくなった家の前で、年老いた村長が俺に声を上げた。
背筋が伸びているが、白髪に疲れた顔……心労ここに極まるといった感じであり、村の惨状を考えれば当然だと思った。
「確か、悪魔の襲撃で立ち回っていた方ですね」
「憶えていたんですか?」
「無論じゃ……本当にありがとう。おかげで、犠牲者もなかった」
とはいえ、村が崩壊した以上良い結末とは言えない……ここで俺は、村長に告げる。
「実は、私もあなたにお礼がしたいと思い、ここを訪れました」
「礼……儂は何かをした記憶はないのじゃが」
「ここで色々と冒険者としてお世話になりましたから。それで――」
袋を差し出した。村長は一瞬戸惑ったが、強く差し出す俺を見て受け取った。そして中身を見て――
「……これは」
「魔力を含んだ、希少金属です。あ、それと多少ながら金貨も入っています」
――オリハルコンという名称が存在しているのだが、村長に言って通用するのかという疑問があったので、そう表現した。
このゲームにはミスリルとか賢者の石とか……転生前に名称だけ存在していたような伝説的な金属が実際にある。まあ名称は同じだけど意味合いはまったく違うかもしれないので、前世と性質的に同じかと言われると、疑問が残るけど。
ともかく、その中でオリハルコンというのは希少な素材で、それに見合う価格と能力を保有している。防具などに合成すると魔法防御が大幅に上がる。また物理防御力も相当な物で、合成する素材の中ではトップクラスの能力を持っている。
ただ、俺は散々レベル上げした時腐るほど手に入れ、最早必要ないくらいまで保有していた……なので、ここで有効活用することにする。
この麻袋に入っているオリハルコンだけでも、村を崩壊前まで立て直せるだけの資金となるはずだ。
「これは……」
「どうぞお使いください……換金すれば、この村を立て直すことのできるくらいの費用になるかと思います」
そう告げると、村長は目を丸くした。
反応は至極当然と言えるだろう。礼がしたいといって提示した物が、村を復興できるレベルの物だったわけだから。
「……あなたは」
「もちろん、こうやって提供するには……他にも、理由があります」
村長が声を発するのを遮り、俺は続ける。
「実はこのお礼、金貨は私のものですけど、希少金属の方は別の人の物です」
「その方は……?」
「この村で多大にお世話になった方、とだけ」
そんな人いないんだけどな、実際。けどまあ、こういう架空の人をでっち上げた方が話が早く進むと思ったのでそうした。
「最初、俺としてもその人が差し出した物を見てびっくりしたわけですよ。何があったのか俺としても訊きたかったのですが……話してくれる様子ではなかったので、結局質問はしませんでした」
「その人物は、今どこに?」
「魔王との戦いで色んな場所を巡っています……所在はわかりません」
「そう、ですか」
村長は袋の中身を見つつ、しばし黙考し、
「……わかりました。正直今も信じられないくらいの気持ちですが、私としてもこの村を復興させたいと願っているのは事実。ありがたく、使わせて頂きます」
「はい」
――俺の能力なら問答無用で悪魔達を迎撃できたはずなのに、それをせずフィリを旅出させるため悪魔に襲撃させたわけで……シナリオ上仕方がないとはいえ、負い目も少なからずあったのだ。
これで負い目が全て消えるかと言えばそうではないが……ともかく、金銭面ではあるができる限りのフォローはした。あとはこの村の人々次第だ。
「それでは、これで失礼させて頂きます」
「うむ……復興した時は、是非とも立ち寄ってください」
「もちろんです」
俺は笑みで応じこの場を離れた。
よし、これで大体のことは終わった……次のイベントに行くとしよう。
このゲームでは、シナリオ序盤に鬱なイベントが控えている。それをクリアすれば、少しは楽できるだろうか……いや、主人公達の動きを注視してどうするか決めた方がいいだろう。魔王と戦うその時まで、気は抜けない。
とにかく、重要なのはシナリオ通り進むのかどうか……そしてどの主人公が五大魔族を倒すのかだ……そう思い移動魔法を使うべく歩き出した時、
「――ちょっと、いい?」
背後からカティの声が聞こえて、心臓が止まりそうになった。




