最良の布陣
星神の力、その放出……それを、アナスタシアが完璧に制御し、いなしてみせた。俺は平原内に目を凝らし、彼女がやっていることを認識する。
純白の平原内に存在する魔力は、先ほど星神が発したことで一気に膨れ上がったはず。だが、その魔力の流れを治水工事でもするかのように束ね、この空間外へと流している。攻撃を受けとめるのではなく、流れを制御する……星神の意思が消え、暴走した場合に備えて用意していた術式。それが現在の状況において通用している。
そんな状況下で、アナスタシアは星神へ語る。
「まあそちらが理性を消し飛ばすほどの力を出せば、どうなるかはわからん。わしとて、星神に宿る全ての魔力を受けきれるかと問われたら、疑問に感じるところじゃ。しかし、貴様はそれをすることはない」
断言に星神は相変わらず怒りの表情を見せながら、
『なぜそう言い切れる?』
「理性が消えることに対し反抗する……と、先ほど貴様は言ったな? 破壊衝動と相反するような自我。つまり貴様は、何よりも意識を失いたくないと言ったわけじゃ」
アナスタシアは、一度小さく笑った。そして、
「それが何か解説してやろう……恐怖じゃよ。貴様は人間が死にたくないと願うのと同様に、死の恐怖を抱え星神としてこの場にいるというわけじゃ。貴様にとって理性を消し飛ばすほどの力の放出は自我の喪失……つまり死と同義であり、力を出すことはできない」
その指摘の直後だった。まるで何かを払いのけるかのように右手の剣を素振りすると、星神の後方からさらなる魔力が生じた。けれど先ほどのように鳴動するものとは違う。直後、その魔力は一挙に形を成して多数の魔物が生み出された。
「ふむ、その方法しかないじゃろうな」
と、アナスタシアは先読みしていたかのように告げる。
「人間にとって無限と呼べるほど膨大な魔力を抱える星神……しかし理性をもって制御するには一度に放出できる量は限界がある。ならばどうするか? 少なくとも魔力は無尽蔵に存在する。ならば理性を維持した状態で、自身にさらなる強化を施す……そして魔物を生みだし、蹂躙する」
『そこまで予測できているのであれば、対処法はあるのだろうな?』
挑発的に問い掛ける星神に対しアナスタシアは、
「無論。ただそれを実行するのはわしではない」
「というわけで、ようやく出番か!」
そう叫びながら前に出たのは――エーメルだった。
「相手が動くのを待ってから、という指示に最初は困惑したが、この状況を想定していたのなら納得がいく」
「言っておくが、わし自身ここまで展開を予想していたわけではないぞ? とはいえ、ある程度良い筋書ではあるな」
「そうだな……というわけで、魔物は任せろ!」
大量の魔物を前にして、エーメルは大剣に魔力を集めた。そして剣を地面に突き立て――その魔力が迸り、地面を伝い突撃しようとする魔物の足下に到達した。
刹那、エーメルの魔力が弾け、白銀の土砂を巻き上げながら魔物を飲み込んでいく。それは一瞬の出来事であり、一気に生み出したはずの魔物が、これまた一気に滅した。
『貴様……!』
「ただ単純に魔物を生み出すだけじゃあ無理だ。であれば次は――」
星神が腕を振る。直後、俺達を中心として前後左右から魔物が出現する。
「ふむ、さすがに四方八方に生み出されては一度に倒しきれないな」
「ということで、再び戦えばいいわけだ」
アルトが応じると彼も大剣を構えた……仲間達はまだ余裕があった。それに加え、ロミルダがソフィアへ向け、
「魔物達は任せて」
「……頼みます」
頷いたソフィアにロミルダは笑い――彼女は、俺達の背後に出現した魔物達と向かい合う。
さらに星神は魔物を生み出し、突撃を開始する……ここで俺はアナスタシアやエーメルの意図を理解した。平原内を満たすほどの魔力を発してもアナスタシアに制御される。だが地中から魔力を練り上げた魔物であれば問題はない。つまり星神の攻撃手段は漆黒の存在による直接攻撃と魔物による攻撃に絞られた。
そして魔物は出現させたら命令や状況を把握するためにそちらに意識を向ける必要がある。ただ単純に突撃させて物量で押しつぶせる相手ではない。だからこそ、魔物にも命令が必要なはず。
つまりそれだけ、思考のリソースを消費させることに繋がる……理性や自我を持っているのであれば、いかに強大な存在でも思考能力には限界があるはずで、そこを突いて星神の動きをコントロールしようという魂胆だった。
結果、目論見通りに推移している……交戦が始まる。星神の背後から押し寄せる敵は、エーメルが大地へ剣を突き刺し魔力を流すことでその多くを消し飛ばした。残っている個体についてはどうやら遠距離攻撃ができるクウザやカティなどが補う……二人は他の場所の援護役も担っているようで、状況に応じて動き方を変える必要がありそうだった。
そして俺達の背後はロミルダと、左右は他の仲間達。ユスカやカトラは地面に手を当て魔法を使用し続けるアナスタシアを護衛し、神霊達は状況に応じて援護に回る……今できる最良の布陣を、完成させた。