特別な夜
夢の中で星神と遭遇し、最後の会話をした……という旨を仲間達へ報告した後、俺は一日天幕の中で休むことにした。時刻は朝なので、明日に備えて準備をするのは昼くらいからでいい。
念のためガルク達が索敵を続けているのだが……夢の中で会話をした星神の言葉は真実だろう。なぜ俺に干渉してくるのかという疑問はあるが、基本的に嘘を告げて心理戦をやろうって雰囲気ではなかったし。
そして時折仲間が天幕を訪れて会話をする。その様子としては全員が烈気をみなぎらせており、準備は万端といった感じであった。
そうした中で俺は昼から行動を開始して、準備を始めた。魔王城周辺にも天使は存在し、周囲に注意を払っているのが確認できる。俺は仲間と状況を確認しつつ、黙々と作業を進める。
そして頃合いを見計らって剣の訓練を開始……といっても、時間としては精々一時間くらいのもので、星神と戦う前に改めて技法に関する感触を確かめる意味合いが強かった。
加えソフィアとの連携も確認し、
「問題はなさそうだな」
「はい」
ソフィアは力強く頷く。そちらは休めているかという問い掛けに対し彼女は問題ないと答えた。
「最後の決戦である以上、体調面には気を遣っています」
「そうか……何かあったら言ってくれ」
「はい」
返事をした後、彼女はキビキビと動き始める……俺も何かやった方がいいのだろうかと思いつつも、ガルクから『休め』と言われたので、おとなしくすることに。
明日、間違いなく全力で戦うことになる。全てを出し尽くすために……今日のところは、体を休めておく。
――そして、夕食の時間となって、仲間と共に火を囲んで食事をした。決戦前日ということもあってさすがに酒なんかはない……というかさすがに持ち込まれていない。
仲間達の表情は昨日までと異なり、敵を問題なく倒したことで明るい雰囲気だ。時折アルトなんかから冗談が飛び出したりもしており……和やかな空気の中、食事は進んだ。
スープを飲みつつ、俺はふと空を見上げる。綺麗な星空であり……そういえば、ここを訪れてから雨は降らなかったな。もし降ってきていたら……魔力障壁なんかで雨粒は防げただろうけど、多少面倒なことになっていたかもしれない。ここについては幸いだったか。
それと共に、特別な夜だと俺は感じた。決戦前……魔王との戦いなど、強大な敵と戦う前は特別な気持ちがあったけれど……今回はいつもと違う。この戦いがどういう結末であれ、俺がやってきたことが区切りを迎える――旅が終わるのだという事実から、複雑な感情が芽生える。旅が終わることに対し寂しいという気持ちが……多少なりともあった。
魔王を倒しても旅は続けた。それは役目があったから……星神を打倒すれば、俺の役目は一度終わる。この世界に転生した大きな理由が――達成される。
だから、少しばかり感傷的なのかもしれない……などと思っていたら、こちらの表情に気付いたらしいリーゼが声を上げた。
「どうしたの?」
「ん? いや、何でもないけど」
首を振る。まあ多少センチメンタルになったとしても、それは一瞬のことだ。明日に響くわけではない。
ただ、リーゼの方は少し違っていたらしい。彼女は俺へなおも視線を向け、
「ルオン、一ついいかしら?」
「どうぞ」
「――この戦いをもって、ルオンが旅をしてきた目的が終わる」
俺は素直に頷く。それは紛れもない事実だ。
「それに対し思うところはあるのかしら?」
「そうだな……賢者が俺をこの世界に呼び寄せたことからも、俺の役目は星神の打倒だ。幼少の頃より修行を行ってきたけれど、その到達点は魔王などではなく、明日戦う存在を倒し、この世界を救うことだ……つまり、人生において費やしてきたことが、報われる時がきた」
「それと同時に、将来のことを考えなければいけない」
「その後どうするのかは、ここまで散々話し合ったし未来は見えているよ。でもさ、さすがに人生を賭してきた戦いの果てだ。多少なりとも思うことがあっても不思議じゃないだろ」
「……そうね」
リーゼが返答した直後、沈黙が生じた。誰もが俺へ視線を向けてくる。
何か言おうとする態度を見せる人もいたけれど、結局口に出すことはなかった……俺としては何か喋った方がいいだろうと思いつつも、考え込んでしまう。
他ならぬリーゼも、余計なことを言ってしまったかなと思ったのかなんか微妙な表情をしている……ふむ、ここは気にするなと一言添えた方がいいか。視線が集まる中なので多少なりとも緊張しつつ、口を開こうとして――
「……あの」
俺よりも先に、隣にいたソフィアが声を発した。途端、彼女へ視線が集まるのがわかる。
そうした空気の中、彼女は何を喋るのか……言葉を待っていると、俺ではなくソフィアはリーゼへ向け、口を開いた。