最後の会話
――そして、俺は白い空間に立っていた。
「まあ予想できたことではあるけどな」
頭をかきつつ俺は周囲を見回す。ひたすらに広い何もない空間。これは間違いなく、星神の――
「さすがに、推測はできるか」
そして俺の目の前には鏡映しのような自分の姿……星神である。
「というわけで、楽しんでもらえたかな?」
「前哨戦はこれで終わり、というわけか?」
「そうだね。こちらの思惑通りに……というわけにはいかなかったけれど」
……この台詞だって、本当なのかどうかわからない。何もかもブラフである可能性も否定できないな。
「そこまで警戒しなくてもいいじゃないか」
「その言葉は、自分が何者であるのかちゃんと理解しろとツッコミを入れたくなるな」
「ははは、確かに星神……普通の人なら本当に存在しているのか? と怪しむレベルだね」
「俺から言わせたらお前は化け物の類いだ。よって、どれだけ言われようとも警戒を解くことはないぞ」
「ま、仕方がないか……とはいえ、正真正銘これで終わりだよ。これは事実だ。さすがに、君達が旅を重ねて得た力に対抗できる存在は少なくてね。あれでも、やっとこさ用意できたんだよ」
苦労話でもするかのように星神は語る……俺達は無事勝利できたわけだが、場合によっては相当な被害が生じていた。それを踏まえれば、あれ呼ばわりするのも違和感がある
「圧勝したというのに、ずいぶんと険しい顔をするんだね」
「当然だろ。そちらの目論見通りにはいかなかったにしろ……そちらに利するものは多少なりとも示したわけだから」
――星神は笑みを浮かべる。自分自身が見せる酷薄な笑みは、正直言って目を背けたくなるほどに不快だった。
「……ま、気の緩みがないことがわかっただけでもここを訪れた意味はあったかな。さて、こうして干渉することもこれで最後にしようじゃないか。明日か明後日か……世界の終わりが始まるのか、それとも新たな世界が始まるのか……それを決めるとしよう」
「俺達が、勝たせてもらう」
「なら全力で阻止しよう」
俺は自分の姿をした星神と目を合わせる。瞳の色だって同じなのだが、視線を重ねていると何か得体の知れない感覚に陥る……飲まれるな、と俺は心の中で呟く。
「最後の最後だ。何か質問はあるかい?」
「……わざわざ敵に情報を渡すのか?」
「星神という存在がそういうものだと、わかっているはずだろう?」
……星神に、論理的なものを求めるのが間違いという話か。
「まあいいさ、そうだな……なら、一つだけ気になっていたことがある」
「へえ、それは?」
「俺達がここに来た以上、この質問には意味がない……が、それでもあえて尋ねようか。俺達はお前が出現することを阻み続けてきた。リズファナ大陸の戦い……それを放置すれば、間違いなくお前は地上に降臨していた」
「だろうね」
あっさりと肯定する星神。
「あの戦いは、紛れもなく全てを終わらせる道筋へと至る戦いだった」
「だが、それを俺達は止めた……幻獣が棲まう領域の使徒などを含め、俺達はお前が出現するのを防ぎ続けた……その上で尋ねるが、お前はこうして止め続けても、いずれ出てきていたのか?」
「……まあ、溢れる水を無理矢理せき止めていただけだからね」
と、相手は肩をすくめて答えた。
「一時しのぎにはなるけれど、結局のところ根本的な解決をしていない以上、魔力という怨念はたまり続けいずれ暴発する……ただ、君達が止めに入ったことで、猶予はできた。けれど、この世界で今噴き上がる力の大きさはもはや限界に近い。そう遠くない内に……数年必要ないだろうね。下手すれば一年くらいで、どこからか地上に出るきっかけは生まれる」
「なるほど、な。だからこそ魔王はお前を滅するために動き、俺達の行動は間違っていなかった、と」
その言葉に星神は笑う……けれどすぐに表情を戻し、
「星神という存在から言うのも変だけれど、今がまさに討ち果たす絶好の機会かもしれないね。これ以上遅くなればさらに力が膨れ上がる何が起きるかわからない。かといって、様々な騒動を抑えていなければ、もっと早い段階で終わりが来ていた」
俺はその言葉に沈黙する。星神が本当のことを言っているのかわからない。だが、少なくとも……俺達がこの場所で決戦を挑むこと自体は、決して間違いではないのだろうと確信できた。
「さて、質問は以上かな? では、こちらも準備に戻るとしよう……次に会う時は夢ではなく現実だ。あいにく、こうして会話はできないだろうが……どういう形であれ、対峙すれば世界の結末が決まる。世界の崩壊を救うために君はここまで来た以上、もはや言う必要はないかもしれないが……相応の覚悟を抱きながら、星神という存在の下へ来るといい」
自分自身の姿が消える。そして世界が白く染まり始め――俺は天幕の中で目覚めたのだった。