ウンディーネの住まう場所
俺達三人は進路を南へと向け旅を続ける。
現状、五大魔族との戦いもなく、当面大丈夫そうな雰囲気。一応シルヴィも高速移動手段を持っている……しかも遠い場所へ急行するため使っていたとのことで、もし発生しても三人で赴けそうであり、ひとまず直近で問題はない。
「ところで、一つ訊きたい」
道中、シルヴィが質問をしてくる。
「バールクス王国の情勢はボクも耳にしているのだが……反撃の機会が訪れた場合は、戦いに行くのか?」
「……そうしたいところですが、その時の状況などを考えないといけないでしょう」
冷静なソフィアの発言。本当ならば「行きます」と即答したいところだろう。
「反撃できるくらいになれば、私の存在を公にしてもいいと思います。しかし私の能力で対応できるのかという懸念はあります」
――おそらく、魔族に襲撃されたことを思い出し、不安に思っているのだろう。
バールクス王国を襲撃した魔王の軍勢は、賢者の末裔が王族ということもあってか相当な実力者も混じっていた。さらに周辺に侵攻し、今では都周辺で出現する魔物のレベルも上がっているだろう。もし攻撃を仕掛けるとなると、かなり激しい戦いになるのは間違いない。
ソフィアを観察すると、まだまだ実力が足りないと思っているのか、厳しい表情をしていた。すると彼女はこちらを見た。俺は不安を少しでも和らげるべく、口を開く。
「戦局は徐々にではあるけど、傾いてきている。それにソフィアの実力も上がっている。十分対抗できるようになるさ」
「そうだといいのですが……それに、エイナのことも気になります」
「エイナ?」
聞き返したシルヴィに、ソフィアは彼女に顔を向ける。
「あ、えっと。話していませんでしたね。従妹で騎士をしているのですが……城が陥落した時逃げ出していて……無事だといいのですが」
――現状、エイナ達は確かに活躍し色々な場所で戦い町などを解放しているのだが、そういう遊撃の騎士団がいるという噂はあれど、その中心人物にエイナがいるという情報は、まだまだ広まっていない。実際俺達も騎士団の噂は耳にしているが、どういう人物がいるのかは聞いたことがないくらいだ。名前が広まるのはもう少し先の話だろう。
現在エイナ達は、レベルを上げつつ戦力を集めているような状況。本来加わるはずのなかったリリシャが加わったことで、俺の予想以上に戦力が集まっている。
バールクス王国首都に蔓延る魔族を倒す時期は、五大魔族三体目撃破後くらいだ。よってソフィアが赴き戦うとなると、もう少しレベル上げを必要とする。ただ五大魔族との戦いがどのくらいのタイミングで行われるかによってその辺りは変わってくる。エイナ達の戦力が集まっていることを考えると、五大魔族との戦いも積極的に行った結果、三体目の戦いが早まるという可能性も否定はできない。
残る三体のうち二体は前提となるイベントが必要で、なおかつ時間も要するので対応もそう難しくない。問題は賢者の力をその身に宿すことができるかどうか。魔王が強化されるルートは確定的であるためその辺りのことを悩んでも仕方がないかもしれないが……これについては、レーフィンとまた相談することにしよう。
残る一体は五大魔族を二体倒した後戦えるようになるのだが、場所が北部かつ幹部クラスの魔族がいる拠点からそれほど遠くない場所。よって現状そこへ行くような面々は見受けられないため、そう心配しなくてもいいだろう。
また他の主人公達はサブイベントをこなしているような状況……この間にやっておきたいことをしっかりとやろう――そう思いつつ、俺達は目的地へと歩み続けた。
南部に区分される土地に入ると、明らかに魔物のレベルが下がった。それにより、町などに流れる空気も、どこか穏やかなものになる。
魔王や高位魔族の根城は基本大陸の北部に存在するため、南部は魔王の影響が少なく、牧歌的な様相の村なども散見される。
そうした中で――俺達はウンディーネの住処である、エルティラの森に辿り着いた。一応整備された道も存在し、俺達はそこから入ることにする。
「ウンディーネはこの森の中にある泉にいるんだ」
「泉、ですか」
俺の解説に、ソフィアは言葉を漏らす。
「泉というのは一つだけですか?」
「いや、森中に大小様々な泉が存在していて、ウンディーネはそこで暮らしている」
「よくご存知ですね」
レーフィンが現れる。ノームと契約した時と同様、彼女の出番か。
「ここでもレーフィンが話を通すのか?」
「一応そのつもりです。魔物などはいないので、心配はいりませんよ」
微笑みながら彼女は俺達の前を進む。
「ひとまず、そうですね……族長に挨拶をしましょうか」
「……族長?」
ソフィアが聞き返すと、レーフィンは小さく頷く。
「我らシルフやノームは王と名乗っているのですが、ウンディーネは基本個々に活動することが多く、王や女王といった同族を統括する中心的な存在がいないのです。しかしそれでは有事の際まとまりませんので、外部との折衝役として族長というものを決めているのです」
「……なんだか、名ばかり族長って感じだな」
俺が感想を漏らすと、レーフィンは苦笑した。
「実際その通りだと思いますよ。精霊の住処に人間が深く干渉するようなことはほとんどありませんから、そういう役目もあまりないでしょう。しかし、族長ということで森に住むウンディーネ達のことを一番知る存在であるのは間違いありません。挨拶に合わせ、ソフィア様と契約していただける精霊を見つけるのに助言をもらうのもいいかと」
「お、それはよさそうだな」
俺も納得する……しかし族長か。精霊の事情なんてゲームでは一切語られなかったので、さすがにそれは知らなかったぞ。
さて――ウンディーネと言うと、これまたシルフやノームと同様ゲーム等によって異なるのだが、このゲームの場合は、どこか陽気な印象を与えることが特徴的だった。
俺のイメージは口調は丁寧で、なおかつ礼儀正しいというイメージなのだが、このゲームは違う。例えばシルフがレーフィンのように礼儀正しい存在であるように、製作者側は若干捻って性格設定をしていたような節がある。それがいいのかどうかはわからないけど。
そして、問題が一つ――レーフィンはウンディーネの特徴を知っていないはずはないが、そのことに言及しなかったのはおそらく楽観視しているからだろう。俺としては語らなかったこの世界のウンディーネの特徴について、少しばかり気にしていたのだが――
森の中にある道を進んでいると、周囲から気配を感じ取ることができた。魔物はいないはずなので、おそらくウンディーネ達だろう。
「見られているな」
シルヴィが周囲に目をやりながら呟く。するとレーフィンは笑い、
「ウンディーネは、好戦的な存在も多いのですが……私もいますし、突っかかってくるようなことは――」
と、彼女が全て言い終えぬ前に、魔力を感じ取った。それは俺達にもはっきりわかるような……いや、こちらに理解させるような、明確な攻撃的気配。
「……あ、これは……」
「俺達に興味を示したらしいな」
ソフィアやシルヴィもベルーナとの戦いや訓練を経て強くなったのは間違いない。だからこそ、ウンディーネも興味を示してしまったか。
「……強引に突破するか?」
俺はレーフィンに訪ねる。彼女は少し思案し、
「説得は、こうなってはおそらく無理でしょうね……私が族長を急いで呼んできます。彼女がくれば、この気配も収まると思いますし」
「それまで待ってくれるとは思えないけどな……」
「いいじゃないか。修行の成果を確認する絶好の機会だ」
シルヴィが剣の柄に手を掛ける。それに呼応し、周囲の気配がさらに刺々しくなる。
おいおいと思ったが、周囲の空気からすると彼女が動いていなくても行動していただろう。どうやら戦うしかないらしい……とはいえ族長を呼んだ方がいいのは間違いない。俺はレーフィンに「頼む」と告げると、彼女は急いで森の奥へ飛び去った。
さて、どうしようか――思案しようとした矢先、森から足音が聞こえてきた。




