同一にして――
目の前の『エイナ』から発せられる力は星神由来のものであると肌で理解し、だからこそ明確な敵だと頭ではわかっているが……やりにくいと思ってしまう。それは戦う相手が仲間の顔を同じ存在……とはいえ、それで剣を鈍らせていては意味がない。相手はそれをわかった上で仕掛けているのだ。
「では、始めようか」
考えている間に『エイナ』が告げ剣を抜き放ち、掲げた――直後、後方にいた天使や魔族達が、一斉に押し寄せてくる。
「これまでの戦歴を考えれば、数で攻めても耐えるだろう?」
そう語った直後、目の前にいる『エイナ』の表情はこの世界にいる彼女が見せることない、含みのある笑みを示した。
それはまるで、戦いを楽しむかのような……。
「――どういう経緯で騎士になったのかは知らないが」
俺は素早く剣を抜き放ち、迎え撃つ構えをとる。
「少なくとも、この世界にいるエイナとは違いすぎる性格だな」
「騎士であることくらいしか共通点はないかもしれないな。だが、別世界とはいえ私とこの世界にいる彼女とは同一した存在だ。斬れるか?」
いくら敵だとしても、見知った顔だと剣だって鈍ってしまう。だが、
「ああ、斬れるさ」
「なら、証明してみろ!」
敵が迫る。だが次の瞬間、後方にいた仲間達が俺の横を通り過ぎて天使や魔族と交戦を開始した。
現状『エイナ』以外に知った顔はいない。デヴァルスくらいはいてもおかしくないと思ったが、影も形もないところを見ると拠点にいるか、あるいは人員を招き寄せた世界において、天界の長は別にいるのかもしれない――
「周囲を見回し、ずいぶんと余裕だな!」
ここでとうとう『エイナ』が俺へと仕掛けた。真正面から突き進むその様は、この世界にいるエイナのように勇猛果敢ではあったが……俺は口の端に笑みを浮かべているのを見て取った。
「……星神の支配で、ここまで変わるのか」
間違いなく戦いを楽しんでいる……そう思った直後、剣が激突した。鍔迫り合いとなって火花さえ散るような勢いが生まれるが、俺は問題なく対応する。
「星神に挑むというだけあって、その力は相当なものみたいだな」
エイナは俺が問題なく受け続けるのを見て、一度後退を選択した。実力をどこまで把握しているのかわからないが、表情からすれば戦意にどう料理してやろうかという自信が見え隠れしていた。
「本音を言えば、自分自身と戦ってみたかったが……」
「――同じ人間同士で戦えば、何かしら仕掛けがあるんだろ?」
答えが返ってくるとは思えなかったが、俺は言及した。それに対し『エイナ』は一時沈黙し、
「……なぜ、そう思う?」
雰囲気からしてやはり何かありそうだな。
「わざわざ同一人物を呼び寄せたというのには、何かしら理由があるって話だろ。とはいえオルディアの時は、仕掛けが発動する前に倒せたみたいだが」
「星神に挑む存在として、私達には勝てないと侮っていたことが理由だろう。油断はない以上、今度はこちらが勝利する番だ」
ずいぶんな自信だ……ただ、そう宣言するだけの力はある。
俺は剣を握り直し、次の一手を読もうとする。周囲では俺の仲間達も交戦を開始し、リーゼがハルバードで魔族を打ち倒した。
さらに他の仲間も……ただ一人、ロミルダだけはまだ動いていない。これはおそらくリーゼの指示によるものだ。戦況が不利になったら援護に回るかもしれないが、彼女の力はかなりのもの。あえて隠しておき、切り札として用いるつもりだろう。
後は、俺の能力についても……再び『エイナ』が迫る。俺は足を前に出して迎え撃ち、幾度となく剣が激突する。金属音が鳴り響き、戦場は喧噪に包まれる。
「やるな……!」
彼女は俺が平然と受け流しているのを見て、驚嘆しつつも攻勢の手は緩めない。そして俺はここまで打ち合ったことで、彼女の実力についておおよそ推し量ることができた。
今度は俺が押し返す。相手は勢いを利用して退くと、俺は一つ疑問を口にした。
「ここに呼び寄せられた人間は賢者の血筋を持っているなど、元々素養のある人間ばかりみたいだが……俺はいないのか?」
「興味があるのか?」
「ああ」
頷いた俺に対し『エイナ』は口の端を大きく歪ませる。こちらの世界の彼女が絶対に見せない、含みのある顔だ。
「あいにく、見たこともないな。どういう経緯で冒険者になったのか知らないが……いや、そもそも冒険者ですらないのかもしれん」
――ルオン=マディンの人生は没落と共に始まった。もしかすると魔王の影響がない星神の支配する世界では、そもそも冒険者にすらなっていないのかもしれない。
「今回帯同した人間の中にはいない。なおかつ、私達の世界においても見たことがない……それはすなわち、大した功績や実力がないということだ」
「……そうか」
「失望したか?」
「そういうわけじゃない……というより、安心した」
「何?」
「それはつまり、俺自身がここに来ないことを意味しているからな」
同一人物がいないのでは、仕掛けが発動することすらないだろう……目の前の存在を呼び寄せた魔族は、俺のことだってある程度知っているはずだ。それでなお俺と同一人物を呼び寄せていないということは、少なくとも星神が支配した世界において『エイナ』達と肩を並べるに足る力を持っていないと判断した。なおかつ、転生者としてのルオンがいないことを意味しているに違いない。
無限に存在する平行世界において、転生者としての俺というのはこの世界だけ、なのかもしれない……あるいは、転生した俺は賢者由来であるため、賢者が星神を討つために仕込みをした……その事実がなければあり得ないということか。
「まあ、そうだよな……俺みたいなヤツがゴロゴロいるのもさすがにまずいし、荒唐無稽か」
「何を言っている……?」
「独り言だよ。それに、説明したからって意味がわかるとは思えないな」
答えながら静かに魔力を高める。それは『エイナ』も気付いたか、呼応するように魔力を高めていく。
「力勝負か?」
「どう受け取っても構わないさ」
「よほど自信があるようだが……それが間違いであると教えてやろう」
どこまでも自信を持つ彼女に対し、俺は黙って剣を構え直し――再び、剣を激突させた。




