未知の世界
――目前に現れた景色は、先ほどと同じようにジイルダイン王国の首都。ただ、煙が上がっているわけでもなければ、破壊されているわけでもない。どうやらこの道筋は、魔族の強襲をはね除けた……あるいは、それよりも前とかだろうか?
「リーゼ、この世界がどういう道筋なのかはわかるのか?」
その問い掛けに当のリーゼは首を左右に振った。
「そこは確認しないとわからないわね」
「なら……調べて回るか? あ、でもこれはリーゼの選択だろ? 俺が見ても問題ないのか――」
「大丈夫よ。もし危なそうだったら止めるから」
止める、と言っても一緒に行動してたら間に合わないのでは……と思ったが、彼女自身が良いと考えているみたいだから、何も言わないでおく。
俺達は王都へ足を向け、住民達の会話を聞くことに。半透明で世界に干渉はできないため、俺達は会話を盗み聞きするしかないのだが……言い方が微妙だな。まあ仕方がないけど。
で、話を聞いたところによると……この世界は魔王との戦いが続いている時期。まだ五大魔族が複数健在みたいだが、どうやらある程度戦いは進んでいるみたいだ。
ただ、その中でリーゼについて気になる話が。
「井戸端会議をしている人達の会話からすると、リーゼが怪我で療養中って話だな」
「魔族との戦いで、のようね……」
リーゼが口元に手を当てつつ、城を見据える。
「ただ、これだけでは他の世界みたいに見れなかった理由にはならないわよ? 今まで見てきた世界の中で、既に私が故人になっているパターンもあったくらいだし」
「またずいぶんな選択だな……それを目の当たりにして大丈夫だったのか?」
「私は避けたからね」
……まあ、そう割り切れるのであれば問題はないか。
「現状では、他の世界と違いはないか……城内を調べてこの世界のリーゼがどうなっているのか調べるか」
「そうね」
というわけで、俺達は城の中へ。そこからリーゼは自室や城内を歩き回ったのだが――
「いないわね」
部屋の中はもぬけの殻だったらしい。
「家出でもしたのかしら?」
「それを誤魔化すために療養中だと公表を? でも、それだったらもっと城内が混乱していてもおかしくないぞ」
「家臣の多くは知らされていないってことかもしれないわ。けど、お父様もお母様もずいぶんと冷静で、私が死んでいるとは考えにくいわね」
リーゼは何やら思考をし始める……というか、この世界においてどういう行動をしているのか読もうとしているのか。
「何か候補があるのか?」
「いえ、何も。けれど、存命ならどういう理由で城にいないのか……」
「他の場所で療養しているとか?」
「その可能性も考えたけれど、魔王が侵攻している現状で、安全な場所と考えたら城の中でしょう?」
うん、確かに。隠れるようなことでなければ、わざわざ安全な場所から離れる道理はないな。
「とすると、やっぱり家出かしら」
「仮にそうだとしたら、王様達が動揺していないのは変だぞ?」
「そうね。ふむ……少し、調べてみようかしら」
といっても、ヒントとなるような情報が何もない……まさかリーゼ自身を探す必要があるとは思わなかった。
そこから城内を散策したのだが……ここで、ある情報を得た。何やら騒動があって、この国の宮廷魔術師長……その人物が魔族と結託したことが公にとなったらしい。
「ふむ、既に処分されているなら……リーゼ、この辺りのことは――」
「私達の世界でも同様だったわよ。魔族を追い返した際、内部から情報が漏れていると判断して秘密裏に身体検査をした。その結果、宮廷魔術師長が情報を流しているとわかって、成敗した」
――きっと、様々な出来事があったのだろう。リーゼの言葉はずいぶんと重い。
「加え、他国にも影響があったからね……ま、魔族との戦いの最中にあった政争劇といったところかしら」
「他国にも?」
「……ソフィアは話していなかったかしら。ナテリーア王国のゼクエス王子……私やソフィアも親交の深かった人物なのだけれど、宮廷魔術師長は彼に情報を流していた」
「つまり、王子もまた……」
「ええ、そうね。とはいえ、彼が本格的に行動を起こす前に、対処はできたのだけれど」
だから、魔王と戦っていた俺達に情報が回ってこなかったか……いや、ソフィアは周辺諸国の情勢などは調べていたし、知っていたのかもしれない。
とはいえ、目前に迫る戦いを優先しなければならなかった以上……といったところかな。王子についてはもし魔族の軍門に降って本格的に活動していたら、俺達と戦っていたかもしれない。
「なるほどな……で、この世界でも同様のことが起きている」
「ただ、聞き取った情報からするとだいぶ状況が違うわね」
「その違いの結果、リーゼは負傷した?」
「公にはそうなっているけれど、実際は違うのかしら」
俺は頭をかきつつ、どうすべきか思案する。現段階の情報で、他の世界との違いは見受けられない。とはいえ、まだリーゼ自身を見ていない段階なので、なんとも言えないか。
「……とりあえず、他の世界と違いを見つけない限りは、ここを離れられないかな」
「そうね」
……アンヴェレートなんかがどのタイミングで俺達のことを引っ張り出すかはわからないけど、その時間までは調べようか。
「とりあえず、城内をもう少し調べるか? それとも、町の方で情報を集めてみるか?」
「町にしましょう」
リーゼの言葉を受けて俺達は一度町へ戻る。そこから人々の話に耳を傾けるが、城内で得た以上の話は出てこない。
「宮廷魔術師長のスキャンダルについては、周知の事実になっているな」
ただ、そこについては間違いない……リーゼは首肯し、
「なおさら私が城にいなかった理由がわからないけれど……どうしようかしら。周辺を調べても意味はなさそうよね」
「確かにそうだな……ふむ、ここはいっそ別の世界を調べてみるか? 何も映らなかった世界はここだけじゃないし――」
そこまで言った時、俺は口が止まった。リーゼは眉をひそめ、問い掛けようとしたのだが……それよりも先に、俺は走り出した。




