過去の選択肢
「機能、しなかった?」
俺が疑問を寄せると、リーゼは解説を始める。
「賢者の予言能力を完全に再現できたわけではないということ。今さっきのは過去の情景……つまり、過去の選択であり得たみたいだけれど、未来……それについては、私達が辿らなかった道筋の未来しか見えない」
「現実は観測できないと」
「そうね。後は、なんというか……道具の効力を使っても、見ることができない選択もある」
「見ることが……できない?」
「もやが掛かったように、覗くことができない世界があるのよ。星神によって既に滅ぼされたのか、それとも他に要因があるのかわからないけれど」
その言葉に俺は首を傾げつつ、
「その道筋って示すことできるか?」
「いいわよ」
リーゼがいくらか操作をする。どうやらそのもやが掛かった選択については興味があって調べたのだろう……俺の真正面に、何も映らない画面が現れた。
「手を伸ばして触れればその世界へ行ける。でも、この世界だけは無理だった」
リーゼが触れる。しかし手は画面を透過するだけで何も起きない。
「ただ、なんというか……この見えない選択からはネガティブな要素が見えないのよね」
「どういうことだ?」
「触れると冷たい感触があるのだけれど、この見えないものだけは、暖かい……なんだろう、他にはない選択というのかしら」
なんだか興味深いな……とはいえ、それを覗くというのはおそらく無理だろう。
ただ、俺は引っかかりを覚える。というのも、この道具を作成した人物は、無限の可能性を検証したはずだ。もし未来が見えないという道筋があるとしたら……星神が降臨しない未来、と断定することは難しくとも、何か別の未来があるかもしれないと考えていてもおかしくないし、そうであれば資料とかに情報を残している可能性が――
「リーゼ、この道具についてどこまで知っている?」
「詳細についても資料があったからわかるわよ。もっとも、別の道具との同時発動によって問題が発動してしまったようだけど」
「そうか……資料があるということは、平行世界をのぞき見た結果も記されていたか?」
「ええ。結論から言えば、星神が降臨しない未来は存在しなかったと」
「やはり、か……で、資料の中に目の前のように、何も映らない世界というのが観測していたかどうかは、わかるか?」
問い掛けにリーゼは一考し、
「そういえば、何もなかったわね。ただ、星神の降臨についての情報は細かく記載されていたし……こういう光景を見たら、調べていてもおかしくはないわね」
「……この道具について尋ねたいんだが、ジイルダイン王国には、星神に関連する情報があったってことだよな?」
「あくまでこの道具をベースに、だけどね。ただ、星神という概念そのものを認知できていなかった以上、何かしら過去に研究をしていた人間とアーティファクトがあった、という程度の認識だったのよ。だからこそ、今の今まで倉庫の奥に眠っていた」
まあ、それもそうか……ただ、俺は気になった。未来を見通せない……それは星神が原因なのか?
「こういう世界はいくつもあるのか?」
「私も道具を精査したわけではないからわからないけれど……」
「どうせ俺達はやることがないんだ。せっかくだし道具の検証でもしてみよう」
その提案にリーゼは頷き……道具を操作して、調べ始めた。
リーゼが手を振ると数え切れない選択肢が出現する……ただ、その全てが異なるというわけではない。例えばの話、魔物との戦いで剣を使うか魔法で戦うか……そういった細かい分岐が無数にあるため、映像が多いという感じだ。
「……あったわね」
そしてリーゼは別に映らない世界を発見した。
「今度は……ずいぶんと冷たいわね。なんとなく否定的な感触があるから、私達にとって良くないものかしら」
「感触でわかるのか?」
「精々比較して魔力の感覚的にどうか、程度だけれど」
ふむ……俺は何も映らない画面を見据える。目を凝らしても情報は読み取れない。その間にリーゼはさらに似たような画面を発見する。
「複数あるわね。こうなったら資料に何か情報が残っていてもおかしくないけれど……それとも、単に調査が浅かったかしら?」
リーゼは何も映らない画面に触れる。だが、何も起こらない。
「もし見たい世界があれば、こういう風に私が触れば良いのだけれど……」
「景色が映っている場合は、それで世界を覗けるのか」
「ええ、そうよ」
「俺の場合は……試してもいいか?」
リーゼは頷く。そこで俺は、近くにあった景色が映る画面に手を伸ばした。
画面に触れてみるが……何の感触もない。それどころか、魔力も感じられない。
「俺は道具の所持者じゃないから、干渉の権限がないってことか」
「おそらくそういうことだと思うわ」
まあ、リーゼの意識に入り込んでいるわけだから当然だろう……無駄だと知りつつも、俺は何も映らない画面にも手を伸ばしてみる。普通の状態で何も起こらなかった以上、これも同じだろう――そう思っていた。
だが、次の瞬間パチリと火花が散るような音がした。
「え?」
驚き見ると、そこには景色が映っていた。ただそれは一瞬の出来事。すぐに画面が消え、元通りになる。
「今、一瞬だけど……」
「ルオンなら干渉できるの?」
「普通の状態では無理なのに、これはいける……俺が手に入れた星神を討つ技術とか、魔力とかが関係しているのか?」
あるいは――推測する間にリーゼを見る。
「俺が干渉して景色が見えている間なら、リーゼが触れたら世界を覗けるんじゃないか?」
「……試してみる?」
さらに深みにはまっていくような気がしないでもないけど……沈黙は数秒ほど。やがてリーゼが息をつき、
「興味はあるからね……ルオン、試してもいいかしら?」
「ああ、いいよ。ちなみにだけど任意で覗くことを止めることはできるのか?」
「ええ、もちろん」
「なら、危険なものだったらすぐに退散しよう」
リーゼは頷き、俺が何も映らない画面に触れる。直後、再びパチリと音が鳴って景色が映る。その一瞬を見計らい、リーゼが触れると――視界が、真っ白に包まれた。




