彼の挑戦
俺が来た時リチャルのいた一番奥の部屋で話をする。木製のテーブルと椅子があったので向かい合うようにして座り、まずは質問した。
「俺がここに来たのは、魔法使い二人組を観察する使い魔を見つけたからだ……まず確認だが、あんたの名は?」
相手はしばし沈黙する。俺を見返し少し経ってから意を決し話し始めた。
「……リチャル=アーテッドだ」
「町にいた魔法使いと同姓同名……同じと考えていいのか?」
「ああ。同一人物だと考えてもらっていい。ここまで言えば、予想つくんじゃないか?」
俺は多少頭の中を整理した後、発言する。
「町のリチャルと比べ年齢も高く見える……時間系の魔法か」
「ああ、そうだ」
――ゲームには、時を操るような魔法は存在していなかった。しかし書物にはそうした魔法について記載してある物もあった。ただし、その全てが禁術扱いとなっている。
とはいえ、文献などにも詳細が記載されていない幻の魔法であり、禁術といっても使うようなことができないものなのだが――
「あんたは、時間を操ることに成功したのか?」
「ああ。ただし代償もあるが」
どこか皮肉気に笑みを浮かべるリチャル。そこで俺はさらに質問をする。
「代償……それを聞く前に、その見た目からすると一度や二度ではなさそうだな」
「ああ。もうかれこれ四回、時を渡っている」
四回……!? それはかなり驚きだ。ただその情報は、一つの事実を表している。
「つまり、それだけ失敗してきたということか」
「そういうことになるな。俺から見て今回は五度目の挑戦になる」
年齢的に、四度の時間移動によってこの世界にいる本来のリチャルよりも年齢を重ねている……だからこその、見た目だろう。
リチャルは近くにあった水筒を手に取り一口飲んだ後、語り出す。
「……俺がこの魔法を手に入れたのは、偶然だった。一周目の俺は、あんたが町で出会ったように、魔物と戦いつつ放浪していた。大規模な戦いに参加するようなことはなかったし、魔族を見たこともなかった。大陸の情勢から考えると不謹慎かもしれないが、レテとの旅をどこか楽しんでいた」
「どこにでもいるごくごく普通の冒険者、ってことだな」
俺の言葉にリチャルは深く頷いた。
「そうだ……けれどやがて、魔族達の侵攻が苛烈になってくる。俺はそれらに挑むのではなく回避する選択を行い、旅を続けた」
そこまで語ったリチャルは、苦悶の表情を見せる。彼の態度で、何が起こったのか俺にも理解でき、発言する。
「つまり……その旅の最中、レテさんが?」
「……ああ、そうだ。だが、こうした魔法を開発した理由はそれだけじゃない」
沈鬱な表情で語るリチャル……この世界にいる本来のリチャル達を観察しているのは、そういう経緯があるからだろう。加え、それだけじゃないと語ったが、彼女のことが魔法を開発した大きな動機と考えてよさそうだ。
「魔族が侵攻し、最早大陸が崩壊するという状況で、俺はこの魔法を生み出すことができた」
「……崩壊?」
俺は眉をひそめる。
「人間側は抵抗しなかったのか?」
「五大魔族と呼ばれる存在が各地を蹂躙。それに対抗し倒した人間もいたようだが……南部からの大規模な攻撃に耐え切れず、次第に……」
つまり、五大魔族を四体まで撃破したが、南部侵攻のイベントで敗北した、ということなのか。
「その、五大魔族を倒したという人物は?」
問い掛けると、彼は神妙な顔つきとなる。
「二人いた。名も知っている」
「教えてくれ」
「エイナとオルディアだ」
エイナと――オルディア。ゲームの主人公の一人。
ゲームでは最初、彼を除いた四人しか主人公にできない。一周でもクリアすると選べるようになるのだが、それには理由がある。
彼は他の主人公達とは大きく異なる立ち位置――魔族と人間の混血なのである。
シナリオの最初も魔王側に立っており、他の主人公とはまったく違う。彼自身自由に行動できる時期というのは他の主人公にとってシナリオが中盤入りかけくらいで、五大魔族の一体目にすぐ挑めるくらいのレベルになっている。
五大魔族を主人公達が一体ずつ倒すというシナリオで、彼以外を主人公にすると五体目を倒すのは絶対彼になる。 そういう事情を抱えた主人公なのだが……また、リチャルはエイナとオルディアが五大魔族を倒したと語った。つまり彼が体験した一周目も大陸崩壊ルートということになる。
「そして俺は魔族達と戦う決心をして魔法を使い時を戻した……戻せたのは本格的に侵攻が始まる前」
シナリオ開始時点くらいだろうと、見当をつける。
「けれど……うまくいかなかった」
「以後、どういう失敗があったんだ?」
問い掛けに、リチャルは俯き話し始める。
「二周目に入り、俺は一周目で名を把握した人物達に色々と援助をしたり、共に戦ったりもした。そこまではよかったが、やはり南部侵攻を抑えきれず……」
「そこがネックということか」
「ああ。二周目は俺自身五大魔族討伐に参加し……そこで、この魔法の代償を知った」
「その代償とは?」
「抱えられる魔力の総量が減る……いずれ、俺も時を巻き戻せなくなるというわけさ」
なるほどな……頷いていると、リチャルはさらに続ける。
「代償を知ったが、俺はどうにか討伐に追随し、撃破した」
「その魔族の名と、倒した人物の名は?」
「魔族の名はレドラス。そして倒したのは、フィリという人物だ」
彼が――ここで俺はさらなる疑問が生じる。
「レドラスを倒した後、光のようなものが現れなかったか?」
「光……ああ、あったな」
「それがフィリに吸い込まれたりはしたか?」
「いや、漂っていて……いつのまにか消えてしまったな」
――どうやら、ゲームの主人公であっても光を手にすることができなかったケースがある。レーフィンの言った通り、そう甘くはないらしい。
「わかった。話を続けてくれ」
「ああ……三周目はもっと動かなければならないと考えたが、代償により魔力が減り、俺自身苦しい戦いとなった。その中でできる限りの手を打つべく、南部侵攻に備え動いたが……それでも、戦局は覆らなかった」
話を聞く限り、どうやら人間側は魔王に挑むどころか南部侵攻を突破することすらできない状況のようだ。
「そして四周目……南部侵攻に対する兵力として、人間だけでは駄目だと考え……かといって精霊達の協力は得られなかった。よって、俺にできることを考えた」
「それが、魔物の生成?」
「ああ。魔力の総量は減っているため以前のように戦うことが難しくなっているが、魔物を生み出すには色々とやり方もあるため、俺でもできた……四周目の間に魔物を生み出す術を魔族から奪い取った。だが完成したくらいに魔族からの襲撃に遭い、死にかけたためにこうして五周目に入り、さらに研究を重ね、砦で待ち構えた」
「なるほど、な」
俺は呟き……ここから、さらに質問をする。
「経緯はわかった……で、その時間を逆行する魔法は、俺にも使えるのか?」
「無理だ。この魔法は俺専用に構築されているため、俺の魔力でしか使えない」
「単に詠唱を記憶して使える……なんて代物ではないんだろうな」
「ああ。ちなみに対象者は俺一人。他人を巻き込むこともできない」
力押しでどうにかなるなら使えない気がしないでもないが、そういうわけじゃなそうだな。
「……まだ質問、いいか?」
「構わない。助けてもらった恩もある」
彼はそう応じ……俺は、さらに質問をするべく思考し始めた。




