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賢者の剣  作者: 陽山純樹
世界を救う者

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深夜の対峙

 明日の朝には王城へ辿り着く、という段階となって俺は宿場町で宿をとった……のだが、帰還したらいよいよということでなんだか寝付くことができず、深夜まで起きてしまった。

 自身でも気付かないくらい、緊張しているのかもしれない……俺はなんとなく外に出た。月明かりくらいしか存在しない夜ではあるが、ひとまず道がどこにあるかくらいはわかるので、歩くことはできる。


 俺は目的なく歩いて……宿場町の入口まで来た。周囲に人影はないし、風がなんだか心地よい。


「まあ、今日くらいは寝ないでも問題はない……かな?」


 目がさえてしまっているのを自覚しつつ、俺は呟く。場合によっては城に入って少し休ませてもらえばいいだろう。一日くらいは余裕はありそうだし。

 ちなみにガルクについては話し掛けてこない。俺の態度に何か思うところがあるのか、それとも他に何か……こちらから水を向けてみるか。


「ガルク、何か言いたいこととかあるか?」

『む? 我としては何かしら思案するルオン殿のことを考え見守っていただけだがな』

「そういう心情を察するなら、俺から離れるからとか、そういう選択肢はないのか?」

『ルオン殿は今、重要な存在だ。さすがに目を離すわけにはいかぬな』


 む、そうきたか……俺は「わかった」と応じ、空を仰いだ。


「なんだか……明日から、世界の命運を決める戦いがあるとは思えない、穏やかな夜だな」

『この世界に暮らす人々の大半は、明日も明後日も、同じ生活を続けるだろう。それは人によっては退屈な日常かもしれんし、あるいは辛い日々かもしれん……しかし、どういう考えであれ、いつかこの世界が終わるとは露程も思っていないはずだ』

「それはそうだよな……例えばの話、世界を憎んで壊れろと思っていたとしても、いざそれが本当に起こったら……気が動転するしかない」

『本当にそうは思っていないと』

「ゼロとは言わないさ。でも、大半の人がそういうことを夢想しても、明日も同じ日常が続くと思っている」

『……ルオン殿、この戦いは人間の歴史に刻まれることはないが、名を残すということについて執着はないのか?』

「急にどうした?」

『ルオン殿が元々名声に興味がないのはわかった上で話し掛けている。本当にそれがいいのかと』

「別に、承認欲求を満たしたいがために戦っているわけじゃないからな。それに、そんなことをする必要はないさ。だって、俺にとって一番知っておいて欲しい人物は、俺が何をしてきたかわかっているから」

「ソフィア王女か」

「ソフィア以外にも、俺に手を貸してくれた仲間達もだ……そういう人に知ってもらっているだけで、俺は十分だし最高の報酬だよ」


 そして、大切な仲間を……ソフィアを世界の崩壊から救うために、俺は戦う――そんな風に思った時、俺は真正面に人影を見つけた。


「……深夜に町へ来ても開いている宿はないけどな」


 どうするつもりだろう、と俺はなんとなく視線を向けたその時――俺はその相手と、目が合った気がした。

 いや、間違いなくそれは目があったのだと思う。それと共に俺は相手の気配に違和感を抱いた。何か、違う……旅人では絶対にない、空気感。


「……ガルク」

『ああ、普通の人間ではないな』


 ガルクもまた決然と告げる。俺は剣を出そうと構えた時……相手は、月明かりの下で俺へ向けて手を振った。


「まあまあ、町の入口で物騒な展開は避けたい。それに、こちらは何もしていない……無害の人間に手を上げるとは、英雄の風上にも置けないんじゃないか?」


 ……その声で、相手がどういう存在なのか俺は明瞭にわかった。それと共に、言動がずいぶんと皮肉を含んでいる。

 なぜなら、現れた相手は――俺とうり二つの姿をしていたからだ。


「その口でよく言うな」


 俺は自分自身――いや、俺を象った星神に対し、言及する。


「俺とそっくりにするというのは、どう考えても悪趣味であり、魔法の類いでしか実現できない。何もしていないなんて、完璧に嘘だろ」

「ははは、この姿で現れた以上、何をどう言いつくろっても無意味か」


 俺の顔で笑う星神は、月明かりの下もあって異様で不気味だった。


「さて、こうして改めて話をする……というのは、さすがに最後になるかな」

「そもそもお前はどういう目的で……いや、どうやってここまで来た?」

「そんな大層なやり方ではないよ。この世界に、いくらか自分の力に干渉した人間が現れたことで、大地に意識を投影できるようになったというだけの話。それに、ほら。幻獣を利用して巨大な存在を作り上げたように、やり方は色々とある。こうやって穏当に話し掛けてくるくらいなら、良いだろ?」


 俺は何も答えない。というより、星神が目の前に現れて、事態が好転したことなど一つもなければ、むしろ出現すると共に何か起きていたような気もする。


「さて、いよいよ決戦というわけだが……」

「それをわかった上で、何もしてこないのか?」

「手出しできない、というのが正確かな。実際のところ、こうして話をするくらいがやっとだ。剣で斬られたら、あっさりと霧散する泡沫の存在だよ」


 肩をすくめる星神。その言葉通り、少なくとも目の前の存在に力はほとんどない。戦いになるようなことはないだろう。


「そちらのことはおおよそ理解している。まあどういう技術を積み上げたのかまでは判然としないから、後は君達とこちら……どちらが強いかはっきりさせるだけだな」

「勝たせてもらうさ」

「自信があるようだ……ふむ、それだけのことを成してきた、というわけか」


 星神は俺のことを見た後、何か納得したかのように幾度となく頷いた。


「戦意は十分というわけだ。なら、おとなしく待つとしよう……決戦、楽しみにしているよ」

「俺達はお前を倒すために力を結集させた……必ず、勝つ」


 告げると星神は笑った後、俺に対し背を向ける。


「……ああ、ただ一つだけ」


 星神は肩越しに振り返り、俺へ告げた。


「決戦ではあるけど、もう少しだけ……時間が掛かるかもね」

「何をした?」

「こちらは何もしていないよ……ま、仲間のところへ戻れば、それもわかるんじゃないか?」


 そう告げて、星神は姿を消した。


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