超越者
木々の間を進む度に、魔力が体にまとわりついてくる。歩くごとに気配が濃くなり、呼吸をするだけでも結構な重さが伴う……そんな魔力濃度が、この森にはあった。
「敵意がないからいけるけど、もし攻撃的だったらどうなっていたことか……」
『霊脈の集積点だ。このくらいはあってしかるべきものだぞ』
ガルクが冷静に語る。
「ガルク、こういう場所が世界にはいくつかある……で、ここにいるラムハザのように住んでいる精霊ないし神霊がいるのか?」
『他の場所にそうした者はいないな』
「とすると、ラムハザが例外的ってわけか……」
『土着の精霊から大きく変化してここにいる……ということ自体が異例だからな』
「そもそもそういう精霊がいないのか」
『我が知る中ではラムハザだけだな』
そこまで例外的である以上、もはや精霊という概念すら超越していそうだけど。
「超越者みたいな感じだな」
『確かにルオン殿の言う通り、名称としてはそれが近しい存在かもしれん――』
『――よく言うな、世界を救ってきた存在が』
真正面から声が聞こえた。それがラムハザのものであると俺は予想できたけど……。
『ほう、突然声を聞いても動揺一つなしか』
「……単に慣れているだけだよ」
会話が成り立つのか気になったけど声を発してみる。それに対し相手は、
『慣れ、か。さすがにこんなところで引きこもる私と違い、数多の大陸を渡った英雄は違うということか』
「俺のことを知っているのか?」
『無論だ。霊脈の集積地であるここは、情報……概念的な情報もずいぶんと集まってくる。魔力に付随した思念を読み取り、この世界で生じる出来事を把握している』
そこまでいくと、もはや仙人の領域だな……いや、精霊という概念すら超越しているような存在だから、仙人という形容もおかしいか?
「とりあえず、歓迎はしてもらえるのか?」
『ああ、森の中央まで来るといい』
俺は右肩に乗っているガルクに目を移す。彼は小さく頷き……俺は真っ直ぐ進んでいく。
正直、周囲に漂う魔力から足が重いくらいなのだが……共に戦う仲間でさえも、進むのが億劫になるであろう気配。ラムハザの力ではなく霊脈によるものだとわかっていても……いや、だからこそこの世界の力の大きさを改めて痛感する。
やがて、俺は目的地へ辿り着いた。森の真ん中にぽっかりと開いた空間。その中央に、目的の相手であるラムハザがいた。
見た目の姿は二十代半ばくらいの男性。簡素な衣服を身にまとい、その奥にははっきりとわかるほどたくましい体つきが存在している。まあ精霊に類するものであるため、それは実際の筋肉というわけではないだろうけど。
顔つきは精悍で、騎士隊長という風情を醸し出している。魔法などを用いるというより肉体言語で相手とコミュニケーションをするような、とにかく戦士タイプの見た目をしていた。
黒い髪はオールバックになっており、強面とまではいかないにしろ、多少ながら圧がある。
「ようこそ、最果ての聖域へ」
ラムハザはこの場所をそう形容した。こちらが頷くと、ガルクが先んじて口を開く。
「アズアの紹介でここまで来た。ひとまず話し合いの席を設けてもらうので何よりだ」
『他ならぬ英雄がはせ参じるのだ。しかも神霊を従えているという状況なら、顔を合わせて話をする以外の選択肢はないだろう。むしろ、こちらが襟を正すべきか』
「そんなことは……別に必要ないが……」
俺は頭をかく。高圧的な態度で来られることはなく、あらゆることを知っているが故に、俺の能力を推し量り敬意を示している、といった趣がある。
「確認だけど、俺のことはどのくらい知っている?」
『おおよそのことは。シェルジア大陸における魔王との戦いから……とはいえ、さすがに生い立ちからしっているわけではない。英雄として名を馳せた辺り……魔王の侵攻に対し独力で応じた時からか?』
南部侵攻のことを言っているのかな? 情報をどうやってとるのかわからないけど、世界で起きた出来事なんかもおおよそ把握しているような雰囲気だな。
「もしかして、星神のことも……」
『過去にどういった経緯で降臨し、破壊をもたらしたのかなどは知らない。この場所で観測し始めた以降の出来事しか認識していないからな。とはいえ、地底の奥底で日々高まっていく力については把握している。それと共に、あれを野放しにしておくことができないということも』
「手を貸してくれるのか?」
沈黙が生じた。星神という存在に対し、少なくとも敵意を抱いているのは間違いないみたいだけど。
『……正直な話をすると、あれに勝とうなどという発想が恐ろしい』
俺は無言に徹する。霊脈の力を得た存在であってもなお、恐ろしいと告げるか。
『無論、私は星神という存在の全体像を捕捉しているからこそ言えるのかもしれないが』
「俺達は何も知らないから、無謀なことができると?」
『そういうわけではない。少なくとも英雄である君は、星神の実情をおおよそ把握しているようにも見えるし、何よりその力が、星神に届くかもしれないという期待もある』
「それは、星神の力を目の当たりにしてなお?」
ラムハザは頷いた……星神という存在のことを、力の大きさで克明に理解している存在からの発言だ。非常に重いし、何より励みになる。
『可能性はゼロではない。確実に倒せるなどとは言わないが、アズアからこれまで聞いたことを考慮すれば、勝算はあるはずだ』
「その言葉を聞けただけでも、ここに来た価値はあったよ」
『そうか? とはいえ、さすがに情報だけ提供し手ぶらで帰すつもりはない……ただ、私は霊脈の力を自在に操れるわけではないからな。やれることはそう多くないが』
と、彼は俺へ向けて招きをする。
『そうだ、まずは見学といこうか』
「見学?」
『霊脈というのがどういう場所なのか……地底に存在しているため現地へ行くのは難しいが、魔法でどういう場所なのかを説明することはできる。まずは、この世界の核……魔力の源となっているものの、説明からしてみようか――』




