始まりの転生
俺はこの一ヶ月の間、学校から帰るとひたすら同じゲームをやっている。
家庭用ゲームの、俺がひいきにしているメーカーのロールプレイング。名前は『エルダーズ・ソード』といい、王道のシナリオを持ったそれなりに知名度の高いゲームだ。
複数主人公かつフリーシナリオ形式のゲームであり、一周に数十時間かかる。3Dのアクションゲームに近いシステムを採用していることに加え、最強武器すら余裕で凌駕できるレベルの武器や強力なアイテムを生成できる複雑な合成、鍛冶システムなど――俺にとっては延々とやり続けられる要素が揃っている。
このゲームが出たのは二年くらい前なのだが、待望の続編が出るということでなんとなくゲームをやり直していた。結果再びハマることになり、以前十周はしていたのにもかかわらず、今になってまた五周した。これだけ経つと相当解析も進んでおり、新たな発見をしつつゲームを楽しくプレイできた。
そして、今日も――俺は懲りずに十六周目をプレイするべく自室にあるテレビの前に陣取り、ゲームを起動させた。
メーカーロゴなどが表示された後、スタート画面が表示。迷わずニューゲームを押し、周回ボーナスなどを調整した後、ゲームが始まる。
冒頭は主人公が拠点となる村の酒場を訪れた場面。いくらか店主と会話をして依頼を受けた後、任意のキャラクターを引き入れて冒険に出ることになる。
最初の方はチュートリアルみたいなものなので、周回ボーナスで多少なりとも強化された主人公達なら余裕で勝てる。俺は適当に酒場の中をうろついて仲間を加入させた後、NPCの一人に声を掛ける。
『よお、お前あの遺跡に行くのか? お前じゃ無理だからやめといた方がいいぜ』
そんなセリフを呟くNPCの一人……と、俺はここで笑う。こいつは、このゲームの中でもネタキャラ的な位置に立っている。
『どうしても行くっていうのならアドバイスしといてやるぜ。遺跡の中にいるグレイラビットはよく薬草を落とす。アイテムが足りなかったら、狙ってみるのもいいかもしれないな』
名前はルオン=マディン。茶髪に可もなく不可もなくといった感じの顔立ちと、茶色い外套を羽織った人物。なぜこいつがネタキャラなのかというと、先のセリフにも関係している。
チュートリアル扱いの序盤では、敵はよく回復アイテムである薬草を落とすのだが、こいつが語るグレイラビットはその中で薬草を手に入れられる確率が低い部類に入る。おそらく設定を変えたのにこのセリフを変えるのを忘れられてしまったのだろう――とは、プレイヤーの推測。おかげでこいつの言う通りにすると序盤なのに苦戦する場合もあるという、なんとも面倒なキャラとなっている。
おまけに――この村は多少イベントが進むと悪魔に襲撃されて火の海になってしまうのだが、その時こいつは死ぬ。しかも『うぎゃあー』などとシリアスな場面をぶち壊すようなセリフと共に。おかげで主人公達が怒りを抱きながら魔族を倒そうと決意する場面なのに、こいつのおかげで笑うプレイヤーが出る始末だ。
というわけで、確実なネタキャラなわけだが……実は仲間にできたりもする。能力はそこそこ高く序盤のお助けキャラといったところ。まあどう頑張ってもイベントで死ぬから、二周目以降は他のキャラに経験値を回すために誰も仲間にはしない不遇なキャラである。
さて、俺は手慣れた操作で序盤を難なくこなしつつゲームに没頭。かれこれ十五周もやっているわけで、体が操作を完全に覚えていた。なので、ガンガン進んでいく。
数時間経つと夕食の時間だったのだが、呼ばれて早々にかきこんでまたもゲームを始める。親もこの廃人っぷりに文句の一つも当然出たのだが、俺は無視してひたすらゲーム。成績落ちたらゲーム没収などという両親の小言も半ば無視しつつ、狂ったようにプレイした。
翌日は休みなので、それは深夜まで続き……目がちょっとばかり痛くなったのに気付いた時、ふと時計を見たら午前二時。
風呂すら入っていないなぁと思いつつ、部屋の外に出て状況を確認。廊下は真っ暗で、階段上から下を見ても明かり一つなかった。親は寝たらしい。
そこで、腹が鳴る。俺はコンビニにでも行くかと思いつつ部屋に戻り財布と家の鍵を手に外へ出た。季節は初夏前といったところで、薄着でも丁度いいくらいの気温だった。
自転車にまたがり、コンビニへ向かう。深夜ということもあってひどく静かで、時折どこかを走っている車の音だけが耳に入る。最寄りのコンビニまではおよそ五分くらい。俺は何を買うか算段を立てつつひたすらペダルをこぎ続ける。
やがて、十字路に出くわす。俺は鼻歌混じりにそこを何も考えずに通り過ぎようとした。
その時――俺から見て左方向から突然光が。反射的に振り向くとそこには、一台の車。
一瞬何が起こったのかわからず、なおかつライトが俺の体を照らし……漠然と思った。
あれ、これって……まずくないか?
死ぬとか思い始めたのはそう心の中で呟いた後。回避など一切できず俺はただこちらへ向かってくる車に視線を送り続け――
突然、意識が暗転した。車にひかれたんだと思う。けど痛みも何もなかったし、どうなるんだろうかと色々と思考さえできた。
そして――俺は気付く。光に照らされ、見えた先には見知らぬ女性。
栗色の髪を持ち、俺には外国の人に見えた――そして、
転生した異世界で、俺は呼吸をするために泣き声を上げた。