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忘名のステラスフィア  作者: 霧島栞
一幕
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7話

 如月四季は、幼少よりとても控えめな性格の少年だった。

 

 双子の妹が活発な元気娘だったからというわけではないが、何事にも積極的な妹と比較されることもあり競争というものを嫌い、いつも一歩引いた位置で本の世界に没頭していた。


 周囲が比較してしまうのに対して、当の妹である奏はそんなことを気にせずに兄の四季を慕っていたし、手当たり次第に本を読んでいた四季は歳不相応と自分でも客観的に感じられる程度には達観していた。


 ……いや、もしかしたらそれは諦念だったのかもしれないが。


 しかし少なくとも四季は奏のことを嫌ってなどいなかったし、運動や武道で成績を収める奏とは違い、勉学の方ではある程度優秀な成績だったので、年齢が上がるにつれて特に比較されることもなくなってきていた。


 そしてある年。異世界の存在が確認されたという話題が正式に公表されたのが、シキが中学に入ってすぐのことだった。


 異世界。ファンタジーの世界。本の中でしかないような、冒険の世界。


 興味を引かれるままにインターネットにアップされた動画サイトでその異世界の映像を見た時、四季は一瞬でその世界の虜となった。


 空想の世界。多くの人が空想の世界を本に書き記したのは、この世界に別世界の存在を描いた書物が多いのは、誰もがそれを心から渇望していたからだ。


 存在していてほしい。あってほしい。あるかもしれない。もしかしたら。


 そんな世界あるはずがない。そう思っていても心が否定する夢の世界。


 それが現実に存在したということに、四季は心が震えた。いや、四季だけではなかっただろう。世界中で多くの者が同じことを感じたはずだ。


 それからの四季の日常は、大きく変化した。


 異世界の映像を何度も何度も繰り返し見て、魔法にしか見えない技術の原理を空想する日々が続いた。異世界の観測に成功した村岡春樹という人物が自らを魔術師と名乗っていたこともあり、所謂魔術書の類を漁って読んだ。


 知りたかった。その光景を見た時に体中を駆け巡った昂揚の正体を。思わず身震いしてしまうほどに感じた気持ちの高ぶりを。知りたいと願った。手に入れたいと渇望した。誰も知らない異世界を、欲しいと祈った。


 けれどもそれも、所詮は中学生の考えること。現存の研究者のように膨大な知識もなく、思考を理論的に構築する方法も知らず、深い知識を得るための資格も身分もツテもない。


 生兵法で得た知識や理論を、これまで競争も知らずに逃避してきたばかりの四季がどうして信じられるのか。


 先駆者になるということは、暗闇の中でも自分を信じて突き進むということに他ならない。


 右も左もわからない。正か悪かもわからない。考えて出した答えは識者の裏付けなど存在しない。間違っているかもしれない不安と葛藤の中、それでも信じて突き進むしかない。


 一歩間違えれば狂人にしかならないとしても、自身を信じきって進むことが出来るか否か。


 ――四季には、自分が導き出した魔術理論を信じることが出来なかった。


 中学の三年間という短い時間でどうしようもないほどの挫折を味わい、四季の心は折れた。


 知らない、わからない、知識が足りないことを嘆いた。


 正しいのか、間違いなのか、不安に眠れぬ夜に震えた。


 どうしたらいい、諦めるのか、葛藤と責念に涙が出た。


 妹の奏が何度も部屋にやってきたことはかろうじて覚えているが、四季はその時どう言葉を返したのか何も覚えていない。


 それほどまでに追い詰められ、心が折れた四季は、何をするにも手がつかず、そうこうしているうちに時間だけが流れ……ネット上でも大々的に広告されていた異世界探索の有志募集という文字を見て、虚ろな思考のままに適性テストを受けた。


 それからのことは、前にも言った通り。


 変わりたいと心の底から願っていた如月四季は文字通り変わり果てた姿で如月白姫として異世界、ステラスフィアへと降り立ったのだった。


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