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忘名のステラスフィア  作者: 霧島栞
二幕
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74話

「カナデは左を! キョウイチは今相手しているのは流して、右の二体を引きつけて!」


「うん!」


「了解した!」


 キキョウ遺跡『地下迷宮』一層、大部屋。


 いくつかの通路を曲がって、一層にいくつかある大きな部屋へとたどり着いたシキたちはそこで足止めを強いられていた。


「――っ、はっ!」


 鋭い右の踏み込みからの太刀筋一閃。カナデが繰り出した真一文字の斬撃は蟋蟀のようなアルカンシエルの粘着質な液体をばらまく腹部を深く斬り裂いて絶命させる。


「こっちは終わり! 次は!?」


「奥からもう一体、きます!」


 振り抜いた刀を返しながらに問うカナデに、シキの後ろでサポートに徹するイロリが叫ぶ。


 大部屋の中のそこかしこに虹色の光が立ち上り、絶命させたアルカンシエルの粒子が天井へと吸い込まれて消えてゆくその光景は幻想的でありながらも、その奥にはグロテスクなアルカンシエルの姿がいくつも見え感慨に浸る暇も一息吐く暇も与えられない。


 戦闘状態が長引いているのも、先にも言っていたようにこうした閉鎖的な空間内での戦闘では、創成魔術(クリエイト)による殲滅が滞るからだ。


 言語魔術(ランゲージクラフト)の中でも一番代表的で、言語魔術と言えばそれを指すくらいにポピュラーな創成魔術を行使する為には、まず始めに顕現するべき事象を言語支配域内に想起、展開する必要がある。


 日頃の鍛練、瞑想によって紡がれた魔術言語を用いて呪文詠唱を行い、言語支配域に事象を仮想展開し、その現象自体の名となる支配言語にて世界へと事象を付与し顕現させる。


 それが創成魔術というものであり、その特性上創成魔術は周囲に干渉物が多いほど難易度が上がり、いまシキたちが要るような『地下迷宮』となるとそれはより顕著となる。


 第一の問題となるのが、視覚の問題。


 輝石による灯りがあるとは言え、大部屋の奥を見通すのは難しく、全てのアルカンシエルの全容も見ることが出来ない。事象を仮想展開する為の言語支配域内であっても、視認することが出来る範囲と出来ない範囲では、発動した際に術者にかかる負荷はかなりの差がある。


 加えて第二に、先にも言った干渉物の問題


『地下迷宮』で言うならば、壁や天井、地面と言った質量の塊。それにアルカンシエルもそう。むしろアルカンシエルの方が、問題と言える。


 想起する範囲内に別の『概念』が存在する場合。


 無機物ならば、それを認視していれば内部にも創成魔術を展開することも可能ではあるが、認視出来ずに想起した範囲内に概念が存在した場合は、概念が反発しあって術者にかかる負荷が跳ね上がる。


 ましてやこれがアルカンシエルのような複雑な生体を持つ概念ならばなおさらの事。


 詠唱の際に離れたところに事象を展開し、アルカンシエルを指定するのはそのためである。


 中には、セラが使ったような視覚外にまで干渉し、かつ無機物生物が居てもお構いなしに発動することが出来る大規模殲滅型と呼ばれる周辺を灰燼に帰すほどの威力を秘めた創成魔術も存在するが、それは単にセラが類まれな才能を持つ魔術師だから出来る荒業であり、そもそもセラがその魔術を使って気を失ったのも負荷によるものなので、もし『地下迷宮』で同じ魔術を放ちでもしたら、それこそセラの意識は世界へ逆流して二度と戻ることはないだろう。


 視覚が限定され、かつ周囲が干渉物に囲まれたこの『地下迷宮』というのは、それだけ創成魔術を使う魔術師とは相性が悪いのだ。


 しかしこれが魔導騎士ならば、彼らが扱う《加速》の魔術は自身の動きにだけ干渉するものなので負荷の問題もなく。こうしたところに現れるアルカンシエルの多くは《現種》の、それも比較的体躯が小さなものとなることからも一騎当千の活躍をすることも出来るのだ。


 現にキョウイチとカナデ、二人の魔導騎士の動きは目を見張るものがある。


 黒狼と見間違うほどの速度で踏み込み、一瞬たりとも止まることなく大剣から繰り出される強烈な一撃の元に屠り続けるキョウイチ。


 そしてそれよりも速く、シキから見ても初動から踏み込みまでの間がまるで瞬間移動でもしているのではないかと見紛うほどの速度でアルカンシエルを翻弄しながら鮮やかな太刀筋で致命傷を与えるカナデ。


 カナデに関してはほんの一ヶ月前にステラスフィアにやってきたとは思えない動きだ。


 しかしそれに感嘆する暇もなく戦場は刻一刻と流転する。


「《……永久に凍てる氷鉄。氷霜の支配を暴虐の輩へ与えて》 <<<【氷鉄の檻】」


「《彼方を貫く雷。紫電を纏いて彼の者を刺し貫く槍と成れ!》 <<<【紫の雷槍】!」


 高硬度の氷柱が幾本も降り注ぎ、多足を生やした虫の頭を持ったアルカンシエルを地面へと縫いつけ、そこに詠唱から放ったシキの創り出した紫電を纏った黒い槍が追い打ちをかけて縫いつけられたアルカンシエルを蹂躙し、その後ろに控えていたアルカンシエルすらも貫いた。


「ダイキ君、側面封鎖!」


「は、はい!」


 現在の陣形はカナデとキョウイチが各個撃破に出て動きの早い個体ややっかいな個体の足止め。もちろん余力があればそのまま殲滅へと移ってもらい、それをイロリとセラがフォロー兼火力として支援する。


 シキも基本的には後方火力としてだが、立ち位置は遊撃に近く、カナデやキョウイチに余裕がない場合はどちらかのフォローに回り、二人では対応しきれない数がくれば前へも出る。


 そして先ほど封鎖を命じられたダイキの仕事はといえば、土壁を創ってアルカンシエルの進行を妨げ、対処するべき方向を限定するという、地味でありながらもかなり重要なポジションを任されていた。


 まさかのダイキ君、大活躍である。


「これだけ多いなら、いっそ【不滅の灰】で薙払ってもいいんだけど」


 カナデとキョウイチが左右に展開してアルカンシエルへと対処している為、開いている中央で細身の剣を振るい、アルカンシエルの手足を切り落としながらシキは愚痴をこぼす。


「……それは最終手段にしたいところなの」


 キキョウ遺跡の『地下迷宮』に潜って二時間。まだ一層の中腹へもさしかかっていないのに切り札の一つを切るのはさすがに早すぎる。


「まあ、ね! 騎士団の痕跡もまだ見あたらないしっ、イロリ!」


「はい! 《――名も無き精霊の王は命じた。火の精霊へ、帰る場所すらも全て焼き払えと悲哀を胸に、一握りの灯火を擲って》」


《魔導書の担い手》。


 朗々と語られた一節で小さな小さな火の粉が生まれ、それがちらちらと舞いながらシキが手足を切断したアルカンシエルへと降りかかる――と。ゴウッ! と火の粉がアルカンシエルに触れた瞬間、急速に燃え上がり跡形も無く燃やし尽くす。


「うわ、某大魔王様みたい」


「え? だいまおうさま?」


「あ、ううん。ただの軽口だから」


「知らなかったのか……? 大魔王からは逃げられない……ですか」


 気にしないで、というシキに、後ろからぼそりとダイキが呟く。


「……いける口だね、ダイキ君」


 懐かしの漫画ネタで盛り上がりたいところではあったが、状況がそうはさせてくれない。


「逃げようと思えば逃げられたけど《現種》のアルカンシエルなら数が居ても何とかなりそうだし、今のうちに連携に慣れとかないとね」


 危なっかしい所もあるが、切り札を温存出来るというのはそれだけまだ余裕があるということだ。シキも周囲に目を光らせていて危ないようならばすぐに助けに入れるようにはしているし、前衛の二人も安定した働きを見せている。


「カナデ、キョウイチ! 大丈夫?」


「うん、大丈夫!」


「問題ない」


 粗方倒してはいるが、まだ油断は出来ない。


『地下迷宮』一層の最初の大部屋に足を踏み入れた瞬間に大量のアルカンシエルの姿を見て、真っ先に逃げることを考えはしたものの踏み止まって正解だった、と今となっては思える。


 もしも逃げて追撃をくらって前後から挟み撃ちになどなっていたら、さすがに急造の連携では危なかったかもしれない。


 アルカンシエルには同族に対する仲間意識など存在しない。なのに大部屋に足を踏み入れたシキが見たのは、数十体はいるだろうと言うアルカンシエルの大群だった。


 何日もかけて広がった雨空から雨が降った時に現れる《奇種》が束ねる眷属のようなアルカンシエルの下位体や、それこそ死霊の砂丘辺りに亡霊でも無い限り、ここまでアルカンシエルが密集して存在することは本来有り得ない。


 アルカンシエルが内包する《呪い》は全て《破滅の因子》が大本となっているが、内包する《呪い》の種類は全て異なっている。それは人間の性格と同じようなもので、内包する《呪い》がどのような感情から生まれ、どのような概念と混じりあったものなのかは千変万化だ。


 根源こそ同一なので敵対はしないが、《呪い》という破壊衝動に突き動かされるアルカンシエルという化け物には、おおよそ共同戦線を張るような知能は持ち合わせていなく、ただそこに在る者へ死という理不尽を与える存在でしかない。


 だからこそキキョウ遺跡の『地下迷宮』の、群れを成して襲ってくるアルカンシエルというのは異常な存在であり、もしも仮にアルカンシエルが今後さらに知性を手に入れ、同じように地上でも群れを成して人々を襲うようになったなら、それはまさにステラスフィアという世界の存続を揺るがす脅威となるだろう。


「……とは言ってもここには『騎士団』の調査隊の痕跡もないし……アルカンシエルが群れを成したのは……彼らが通った後?」


 最初の大部屋まで二時間もかかったのは、警戒していたからということもあるが、彼らの痕跡を探しながらの進行だったというのもある。


 彼らが既に絶命しているにしても、血の跡くらいは残っているはずだ。


 大部屋の中を見回して見るものの、そういった血の跡や彼らの死体も転がっていない。


 戦闘はあったが無傷だったのか、或いは先程のシキの推察のようにそもそもアルカンシエルが群れを成したのが最近のことだったのか……。


「これでっ、最後だ――っ!」


 叫びと共に着物の裾を靡かせたカナデの姿がふっと消えたかと思った瞬間一閃。


 銀光が煌めき二口をしたミミズのようなアルカンシエルの身体が裂けて崩れ落ち、そのまま虹色の粒子となって天井へと消えて行った。


「……終わった、んですか?」


「……ん。だいしょーり……」


「お、終わった……」


 指でブイサインを作るセラの言葉に、地面にへたりこむダイキ。


 カナデも一応実戦経験があったし、イロリも多少の心得はある。この中でまともな戦闘経験が無かったのはダイキだけだったのだから仕方も無い反応だろう。


「わたしもさすがに疲れたー」


 言いながら血払いの動作をして、刀を鞘に納めたカナデがしゃがみこむ。


「……カナちゃん、座ると見えるの」


「ふふん、大丈夫! この着物にはノイズさんの好意で『見えそうで見えない』魔術言語が刺繍されてるから!」


 カナデが言う通り、カナデが仕立ててもらった着物の帯には実際そのような魔術言語が刺繍されており、戦闘中も絶妙に魅惑の布が隠されていたし、いまもぎりぎり見えそうで見えない危うさを醸し出していた。絶対に見えることはないのだが。


「何を馬鹿な事を言ってるんですか……」


 それにイロリは疲れた様子で言いながら《魔導書》を腰のケースへと戻す。


「ふむ……一度ここで休憩するのもいいかもしれないな」


「……それがいいかも」


 見落としが無いか周囲を警戒するキョウイチの提案に、セラが頷く。


「シキ……も、それでいいか?」


「…………」


「お姉ちゃん、どしたの?」


 遠慮がちに名前を呼んで聞いてくるキョウイチの言葉に反応しないシキを不思議に思ったのか、カナデが顔を覗き込み言う。


「え? あ、う、うん。大丈夫だよ?」


「そう?」


 頷いて返したシキに一応は納得したのか、そう言ってカナデは顔を離した。


「うん。とりあえず休憩にしよっか。わたしと……ダイキ君、動ける?」


「あ、は、はい!」


 指名されたことがうれしかったのか、かなり疲れているだろうに、ダイキは喜色を浮かべて返事をして立ち上がった。順調に洗脳が進んでいるようである。


「よし。じゃあわたしとダイキ君で大部屋に繋がる通路を一時封鎖して『結界』の魔術言語を刻むから、みんなはここで休んでて」


 そう言って皆に背を向けて通路へと向かいながらもシキはずっと考えていた。


『騎士団』の調査隊の行方不明と、アルカンシエルの群れ。


 ……その二つが何か関連性があるように感じられて、シキは小さく唇を噛む。


「……白姫様?」


「……あ、うん。何でもないよ?」


 いつの間にダイキは隣に並んで歩いていたのか、難し顏をするシキに心配気な声をかけられて、シキは平静を装って笑みを取り繕った。


「わたしもちょっと疲れたのかな。あーあ、ダイキ君に心配されるなんてー」


「ちょ、な、なんですかそれ」


 嫌な予感を覚えつつも、答えが出ないその予感を振り払うようにシキはからかい口調で言ってダイキの反応を楽しむ。


 その後ちまちまと、ダイキと懐かしの漫画話に花を咲かせてはいたものの、それでもシキの懸念は茨の棘のように心の隅にずっと、引っかかって抜けないでいた。


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