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忘名のステラスフィア  作者: 霧島栞
二幕
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69話

「……わー、ノイズさん良い人だったねー」


「……ですねー。まさか手数料すらかからないとは思いませんでしたねー」


 数時間後、ノイズのアトリエを後にしたシキたち三人のうち、カナデとダイキは微妙に引き攣った苦笑いを浮かべながら、妙に間を開けながら白々しくそう言った。


 ……ちらり。


 後ろから辛うじてついてきているシキを見ると、シキは首をあらぬ方向へと傾けて真っ白に燃え尽きていた。


 目が虚ろで、魂が抜けたように放心している。見た目が美少女な分を差し引いてもあまりにもマイナス要素が大きすぎる姿に、ダイキもカナデもどう反応して良いものかと引き攣った笑みしか浮かばない。というより、真っ白な髪が柳のように揺れていて正直怖かった。


「あの……大丈夫ですか、白姫様」


「…………………………へいき」


 言葉が返ってくるまでにたっぷりと10秒はかかり、ダイキはいや確実に平気じゃないですよね。と心の中でつっこみを入れる。敢えて口に出さないのは、自分に飛び火しかねないからだろう。


「……お姉ちゃん、いつまでへこんでるの?」


「……カナデ。お姉ちゃんを売ったよね……? さっきお姉ちゃん売ったよね……? それに触らぬ神に祟りなしって言わんがばかりに端っこの方にずっと逃げてたよね……?」


「そ、それは、そうだけど……」


 シキに虚ろな瞳で見られて、カナデは目を逸らした。やましいところがある証拠だった。


 シキが数時間でこうも憔悴してしまったのは理由がある。


 こんなことになるならば正体を隠したまま一般市民を装って仕立てて貰うか、もしくは誰か雇ってお願いするかすればよかったと本気で思った。



 ――アナタがワタシの天使サマデスカ!?



 ノイズがそう言った直後に何をしだしたかというと、いきなりキャンパスを取り出してきて唖然とする三人にこう言ったのだ。


『わたしに天使サマの絵を描かせて頂けるならバ、全額無料で仕立てまショウ!』


 妙なハイテンションでそう告げるノイズに、


「お願いします」


「カナデ!?」


 いきなりの申し出にもかかわらず、間髪入れずに答えたのはカナデだった。そこでカナデが返事していなくてもどちらにせよシキは頷いていただろうが、それでもカナデがお金のためにシキを売ったことに代わりはなかった。


「……でも、だってあんなことになるとは思わなかったし……」


 数時間。具体的に言うならば4時間とちょっと。


 その内訳はカナデとダイキの服に付加魔術を施す『刺繍』を刻み込むのに使った時間がわずか1時間。つまり残りの3時間と少しは、ずっとシキの絵を描くのに使われたということになる。


 それでもただ絵を描かれるのに座っているだけならば、シキがこうも憔悴することはなかっただろう。


 実際一枚の絵を描くのに10分少々と、ノイズは驚くべきの速度と表現力で持ってまるで絵から出てきたかのように繊細なタッチの絵を完成させた。


 だが問題は一枚目の絵を描き終えた後に起こった。



 ――では、次はこの服でお願いしマス。


 ……はい?



 気が付かなかったが、一枚目を描き終えたノイズの後ろには、いつの間にか大量の衣服が積み上げられていた。


 けれどもつまりはそういうことで。


 シキは着せ替え人形にされたのだ。


 最初に着ていた服から始まり、機構の軍服だったりそこら辺のお店のウエイトレスの制服だったり、天使のコスプレだったり、どこから入手したのか巫女服にセーラー服にナース服にメイド服。それだけならまだしもラッピングリボンを取り出してきて渡された時はさすがのシキも涙目になりながら全力で断った。


 残念そうな顔をするノイズを見て、こいつは色んな意味でガチだと認識してそら恐ろしさを覚えたものだ。


「……もう、絶対、ノイズさんの店には、行かない」


 断固とした意思を持って、シキは決意していた。


 ノイズ曰く、書きあげた絵は全て店に飾るという。


 むしろ行きたくても行けないというのが正しいところだ。


 埃っぽい雰囲気のアトリエに、十数枚の自分の絵が所狭しと貼られているのを想像したシキのテンションはもう下がるところまで下がって、まさに穴があったら入りたいという言葉がふさわしいくらいに低い。


「けどお姉ちゃん、最後の方はノリノリだったよね」


「いや、あれは普通にヤケになってただけだと思いますけどね……」


 ダイキが遠い目をしてフォローを入れた。後半の方で出された魔法少女風の衣装の時など、ポーズを取ってウインクまでしてやった。


「……しにたい」


 そして今、シキは真っ白になってうっそりとしていた。


 何だろうか、自分が不幸の星の元にでも生まれてきたのだろうかと思うくらいに、リインケージに来てから既に二度目の悔恨だった。


 ……そんなに嫌なら断ればいいのに……とカナデやダイキからすればそう思わなくもないが、シキの頼まれると断れない性格は皆に忘れ去られた今も健在だ。さすがにラッピングリボンはどう考えてもアウトだったので断りはしたが、水着姿はセーフだった。


「……だいぶ暗くなってきましたし、そろそろ帰りましょうか」


 シキがうっそりとして動く様子がなく、重い空気をどうにかしようとしたダイキがそう言うと、カナデもそれに便乗して「うん、かえろかえろ」と務めて明るく言って、シキの手を引く。


 手を引かれながら空を見上げると、もう既にかなり夜色のカーテンが空から降りてきていて、空の高いところがうっすらと夜色に染まってきていた。


 ノイズのアトリエは大通りからは少し離れたところにあるので、遠くから雑踏の音が聞こえるだけで近くには人の姿は無い。


 リインケージの街路はミラフォードに比べて広めに作られていて、ぽつぽつとそこかしこの街灯が灯り始め、リインケージに夜が訪れようとしていた。


 ――ふと、シキの脳裏に懐かしい童謡が思い出される。


「夕焼け小焼けで、日が暮れて……」


 天体の存在しないステラスフィアでは、どう頑張ったところで夕焼けを見ることなど出来ない。だからだろうか。


「……お姉ちゃん?」


 するりと手をほどいて立ち止まったシキを、カナデが訝しむように見る。


 懐かしむように思い出す程度には、シキは元居た世界で平凡に過ぎ去る時間を幸せな時間だったのだろうと思っている。


 カナデやダイキにとってはまだステラスフィアの思い出よりも、地球の思い出の方が多いだろう。年数だけで言ったらシキだってそうだ。


 けれどもステラスフィアに来てから様々な人と出会い、これまで生きてきた二年と少し。


 楽しいことも多く、からかわれることも同じくらい多かった。辛いこともあったし、特に誰からも忘れ去られたと思った時は、心を襲う引き裂くような痛みに気が狂いそうになった。


 この世界(ステラスフィア)はどこまでも残酷で、《白樹海》に沈む悪意という《呪い》は突如として現れて人々に牙を剥き、それでも人は手を取り合うことも出来ずにすれ違い続けている。


 けれども、それでもシキは――ステラスフィアという世界が好きだった。


 はっきりとそう気が付いたのは、実は最近のことだった。


 創世の天使と呼ばれる人物。


 アリスが崩落する概念を拾い集めて創った『箱庭の楽園(アリスの祈り)』。


 生きとし生きる人々が幸せになれることを願って生まれた『不完全な世界(ステラスフィア)』。


 そして夜色のカーテンが降りてくる中に浮かぶあの浮遊大陸も、恐らくアリスの――


「――カナデ、ダイキ君、知ってた? 空の彼方から夜色のカーテンが降りてくるようなこの時間帯は、ステラスフィアでは《夜染まり》って呼ばれてるんだよ」


「やぞまり?」


「うん。小さな子供とかが、お母さんお父さんから『夜染まり時までには帰ってきなさいね』って言われてるように、光が引いて、夜に入れ替わる時間のことだね」


「へぇ……そうなんですか」


 ダイキが関心したように呟く。カナデも同じように頷いていたが、


「でも、いきなりどうしたのお姉ちゃん?」


 疑問に思って問い掛けるカナデに、シキは空を見上げながら答える。


「二人には、この世界のことをもっと知って欲しいからね」


 それはアリスが創ったこの世界をもっと知って欲しいという想いと、後はもう一つ、


「明日にはリインケージを発たないといけないし、顔合わせは昨日もやったけどこの三人で色々と話する良い機会でしょ?」


 この世界で、もっと思い出を作って欲しい。それは恐らくアリスが望んでいることだから。


「わ、さっきまで真っ白だったのに、お姉ちゃんが復活してる」


「うぐ……ノイズさんのアトリエでの話は禁止! もう、行くよ!」


「え、ちょ、白姫様!」


 打って変ったシキの態度に戸惑いながら、二人はシキの背中を追いかけてゆく。


 明日のキキョウ遺跡では恐らくアルカンシエルとの戦いが待っているだろう。


 だから、今だけはせめて。


「とりあえず、らーめんたべにいこっか!」


 とても良い笑顔で言うシキと、顔を引き攣らせるカナデとダイキ。


 リインケージの夜は、まだまだこれからだった。


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