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忘名のステラスフィア  作者: 霧島栞
二幕
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67話

「……カナデ、ほんっとうにこれでいいの?」


「うん、ばっちり!」


 付加魔術師が作業を行う作業台に置かれた一枚の服を前に、シキは再三に渡りカナデに確認していた。


「……絶対に動きにくそうなんだけど、これ」


「大丈夫。丈も短いし、居合いの練習の時も元々似たような服装だったんだから!」


「えぇ……」


 シキはちらりと作業台に置かれた服へと視線を向ける。


 カナデが着る服なのだから本人がそれでいいというならば別に止めるようなことではないのだが、ことアルカンシエルと戦うことも想定しなければならないのだから好みだけで選ぶわけにはいかない。動きやすさはもちろんのこと、肌を覆う面積もある程度あった方が良い。


 シキにしても、自分の好みだけで言うならばもっとふりふりのかわいらしい服の方がよかったのだ。清楚な雰囲気を醸し出すようなワンピースでありながらも、お菓子のようにふわふわとしたかわらしいフリルの付いた服を着たかった。


 けれどもさすがに動きにくそうだったし、それを着て旅をするのもどうかと思ってやむなく動きやすい服装を選んだのだ。


 それなのに、


「何で着物なの……」


 カナデが選んだのは一枚の着物で、しかも袖にも裾にもフリルが付いたミニ丈のゴスロリ浴衣とで言うべき着物だった。


「だって、かわいいよね?」


「……それに似たような服装って言っても、居合いだったら袴とかじゃないの」


「うん。でも袴だと足下が不安だし、その点これだったら丈も短いしばっちりだよね」


 にぱーと笑いながら言うカナデに他意が無いのはわかっている。


 確かに着物ならば、長めの袖に、丈がミニなのは少し不安なところだが、布地は太股までしっかり覆っているので、付加魔術を施せば防具としても優秀である。


 けれどもそんなこととは関係なしに、シキは思わずにはいられない。


「……妹がイロモノキャラになっちゃう」


 銀髪セミロングのフリル付きの着物を着た刀を扱う少女とか、誰得なのかわからない。


 付加魔術師のお店であり、彼らの城でもあるアトリエに立つ着物姿のカナデを想像して、シキは若干の眩暈を覚える。


「……そもそも着物なんて着てる人ほとんどいないから目立つし……」


「わたしは気にしないよ?」


「でしょうけど!」


「あのね。お姉ちゃん。細かいことは気にしちゃダメだって、師匠も言ってたよ」


 シキは見知らぬカナデの居合いの師を呪った。いらないことを……本気でそう思った。


「それに、パーティに個性があった方が有名になりそうだしね」


「パーティって……カナデ、ゲームじゃないんだからね?」


「いいじゃん。世界魔術機構みたいに軍隊っぽくもないし、パーティのがわかりやすいよね? ダイキ君」


「え、俺ですか? ……まあ、わかりやすいですけど……」


 カナデに話を振られたダイキはそう言って頷く。


「ダイキ君もいっそもっとこう……ローブに外套とか、かっこいい服装を選べばよかったのに」


「いや、それは……」


 自分に話を振られたダイキは冷や汗を隠すように、ぎこちなく笑みを取り繕った。


 ……ダイキも初めはかなり中二病っぽい、いかにもファンタジーな服装を選ぼうとしていたのだ。しかしカナデがゴスロリ浴衣を買っているのを見て、客観的に考えてみたところ、「ああ……これは痛い……」と思い、黒いジーンズに縦線の入ったハイネックの灰色の長袖という無難な格好をチョイスすることにしたのだ。


「外套はあってもよかったけどね」


「え。そうなんですか?」


「うん、ダイキ君はまだ魔術師として成長途中だし、基本的に創成魔術による補助がメインになるだろうから、外套に耐性の魔術言語でも刻んで貰えば生存率が上がるでしょうし」


「なるほど……」


 まさかの中二推しかと思ったらまともな答えが返ってきて、ダイキは納得する。


「じゃあ、今から買ってきた方が良いですか?」


「そうしたいところだけど、まずは予算が足りるかどうかだね……」


「あー……すみません……」


 頭を下げるダイキに、シキは気にしないでとかぶりをふる。


 何をするにも先立つものが必要というのは、どんな世界でも変わらないものだ。


 アードル近辺で起こった《色無し》襲撃の報酬や、今回の件の前金や準備金である程度お金があるとはいえ、さすがに魔術処理の施された衣服をほいほい買えるほどの金額ではない。


 相場で言うならば、シキとダイキの手持ちのお金を全て合わせて、ぎりぎりダイキの分を支払えるかどうかといったところだ。


 姉としての威厳を見せたかったシキからすれば、カナデの分まで手が回らないのは悔しいところではあるが……実のところカナデはシキよりも遥かにお金持ちなのだ。


 世界魔術機構から準備金として渡されたお金は、その任務の重要性も兼ね合わせてかなりの額となっている。


 具体的に言うならば、シキとダイキの手持ちを合わせた金額よりも、一つ桁が違うくらいだ。


 シキもカナデの手持ちを聞いた時には驚いたが、それでもまともに準備をしようと思えばすぐに使い切ってしまうくらいの金額ではある。


 特に魔術関係で何か買い物をすればすぐに使い切ってしまうだろう。


 それに加えて懸念事項もある。


「……わたしが忘れられてなければまだ少しはまけて貰えたかもしれないけど……」


 はぁ。と溜息を吐く。こうして三人で喋っているのも、リインケージの付加魔術師が前の依頼をこなすのを待っているからだ。


《ライン》の職員であるコトコの紹介ということである程度融通は利かせてくれているみたいだが、それでも他の顧客を放って優先してくれるほど彼は無責任ではない。


「この店の付加魔術師の腕は確かだし、少しくらい待たされるのは仕方ないけど」――性格には難があるんだよね――と言おうとして、


「アハハ、お褒めに預かり真に恐縮ですヨ」


 唐突にシキの声に返事が返ってきて、三人は声の聞こえた方向へと視線を向けた。


「ドウモ、お待たせしましタ」


 軽薄さをその顔に張り付けたような笑みを浮かべる、奇妙なスタッカートを効かせて喋る男性がそこに居た。


 身長はシキやカナデよりも高く、けれども恐らくは180センチは無い。体格は細身で、成人男性の平均と比べれば結構軽い方なのではないだろうか。髪の色はシキと同じく真っ白ではあるが、シキのように艶のある綺麗な白髪ではなく、くせっ毛らしくそこかしこが跳ねてまるで爆発したかのような髪形になっている。


「いえ、それほどまってはいませんから。ノイズ=タトゥシャさん」


 にこりと天使の微笑みを浮かべて、シキは会釈する。


 出来る限りで好印象を与えておきたかった。


 イノセントな笑顔の裏側はダークサイドだった。


「そう言って頂けるのは幸いですネ。ここ最近は少々忙しく、正直手が回らナイ、首が回らナイので、ハ、ハ、ハ」


 言ってノイズと呼ばれた白髪男性は、作業台に置かれた置かれた衣服に視線を移し「フム?」と首を傾け、続けて値踏みするようにシキへ、カナデへ、ダイキへと順に視線を移す。


 ……もう気付かれたかな。


 ノイズの視線に、シキは隠す気もさらさらなかったが彼の観察眼に舌を巻く。


 そしてそのままじっと見つめること数秒。ノイズはアトリエ内で一番落ち着いた態度を見せるシキへと視線を戻して、問いかけた。


「あなた方は、魔術師なのデスか?」


「はい」


 ノイズの問いに、シキは少しだけ困ったように、けれども素直に答える。


「……そうデスか。《ライン》の紹介とは聞いていましたが、よりにもよって魔術師の方々でしたか」


 ノイズの声音に棘が混じる。


 先程までのスタッカートの効いた快活な声音は成りを潜め、どこか険のある声音だった。


「すみません、わたし達はどうしても付加魔術が施された防具が必要で」


「――1000万エン、デスネ」


 遮って言ったノイズの言葉は、険のある声音ではなく最初と変わらないような軽薄で快活なスタッカートだったが、けれどもその内容はどこまでも悪意に満ちていた。


「1000万エンで一着。仕立てまショウ。それ以外の条件はお断りデス」


 シキはその言葉に、心の中で呟いた。


 ……やっぱりなぁ。


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