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忘名のステラスフィア  作者: 霧島栞
二幕
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66話

「みてみてお姉ちゃん! このワンピかわくない?」


「う、うん、そうだね」


「色に迷うなー、やっぱり王道は白だけど、白はお姉ちゃんが着た方が似合いそうだし、わたしは青かなぁ。あ、お揃いで買う?」


「う、うぅん……」


「うへぇ……」


 リインケージの繁華街にあるブティックで、カナデのテンションは最高潮に達していた。


 そのブティックは繁華街の中央付近にある有名な店で、店内にはシキたち以外にも結構な人数のお客さんで溢れている。


 リインケージに良くありがちな、様々な文化を取り入れた衣服を扱っているのに対して、このブティックは女性専門の、しかもワンピースやブラウスを中心としたゆるふわ系の衣服を扱っている。


「うー、こんなに色々あると、あれもこれも欲しくなっちゃうね!」


 キンキンと響く声ではしゃぐカナデに、店内の視線が集中する。


 試着もしていなければまだ服を買ってもないので、カナデの服装は軍服のままだ。


 お洒落な店内には少し……いやかなり場違い感があるにもかかわらず、カナデは周囲の視線を気にする様子が無い。どれだけメンタルが強いのだろうか、この娘は。


 対してシキは若干困り顔で、ダイキに至っては遠く離れた椅子に座り込んでぐったりとしている。女性専門の服屋で一人だけ男というのはある意味拷問に等しい苦行であろう。


「あ、あっちのブラウスとかもいいかも! ちょっと見てくるね!」


「うん。いってらっしゃい」


 元気良く駆けてゆくカナデを笑顔で見送って、シキは去った台風に背を向けてふらりふらりと、そのままダイキが座っている椅子へと向かい、ダイキの隣へ腰を下ろした。


「……はぁ、疲れた」


「お疲れ様です。怒濤の勢いでしたね……」


「だねぇ……」


 呟いて返しながら、シキは少し前のことを思い返す。


 中央広場から、一行が最初に向かったのは繁華街ではなかった。


 元々の予定が都市を案内しながら色々必需品を買うということだったので、まず先に商店が集まる商業区へと向かったのだが……そこでカナデは何を思ったのか続くレジャー施設に目を付けらしく、行きたい行きたいとせがんできた。


 ステラスフィアにはあまりスポーツというものが普及してはいないが、無いわけではない。


 専用の広い敷地が必要となるサッカーやバスケット等は文献には存在するが実際は誰もやっていなく、ステラスフィアで唯一大々的に流行しているスポーツと言えば《クロスカッシュ》と呼ばれる、大人から子供まで、男女問わず愛されている立体的な感覚を必要とするスポーツである。


《クロスカッシュ》は、テニスのようなラケットでボールを打ち合い、球体を相手の背後の壁に到達させることによってポイントを獲得する球技で、イメージとしてはブロック崩しのようなものだろうか。


 自分のコートの奥行と横幅が六メートル、高さが三メートルの箱状の専用ルームで、相手と球体を打ち合うという、普通に考えれば超人的な反射神経を要するスポーツではあるが、この球技のミソは球体の速度倍率が存在するというところだ。


 魔術言語が刻印されたボールを使用することで衝撃加速度を十分の一から十倍にまで変化させることが可能で、運動をしたい者は衝撃加速度を減らし、真剣に勝負をしたい者は衝撃加速度を上げることで、どの層にもマッチしたスポーツとなっている。


 そうは言っても、一般人ならば衝撃加速度を上げることなどそうそう無い話ではある。


 立体的に飛んでくる百キロ近いボールの速度をさらに上げるなど自殺行為だ。


 たまに面白がった者が試しにやってみて、跳ね返ってきたボールに当たって痛い目を見た、なんてこともある。


 では何故そんな十倍にまで速度を上げることが出来るようにされているのかというと、それは《クロスカッシュ》が元々魔導騎士の訓練用に作られたものだったからにすぎない。《加速》の魔術を使った際、アルカンシエルを相手と想定とした動きを把握し、立体的な動きに慣れるという訓練の為に生まれたスポーツなのだ。


 そしてそれを知ったカナデは、それはそれはとても良い顔をしていた。


「さ、やろうか!」


 元々運動大好きっ娘である。


 そこに大義名分を得てしまっては、もはや手の付けようがないだろう。


 その先はダイキの視点で言うと、まさに神魔の領域だったらしい。


 壁や天井は走るものだった。十倍まで衝撃加速度がブーストされたボールを、もはや目視することが出来ない速度で打ち合い続けるカナデと、付き合わされたシキ。


 普通に相手したのでは歯が立たないということで、途中からシキは【灰色のドレス】を使っていたくらいだ。


 しかしやはりと言うべきか、持続力に難があるシキの魔術。


 結果はカナデの圧勝で、続けてやる? と話を振られたダイキは、全力でその誘いを拒否していた。懸命な判断である。


 その後も対戦ではない一人用のプレイ方法で延々と《クロスカッシュ》をやり続け、それが終わったら次はすぐに繁華街へと向かい、今に至るというわけだ。


「どこにあんな元気があるのかなぁ……」


 ミラフォードを案内した時は、結構おとなしかったような気がしたけれどもはて……とシキは首を捻る。


「白姫様と再会できて、うれしいんじゃないですか」


「え、あー……かなぁ?」


「俺は前の彼女をあまり知りませんけど、そうなんじゃないですか」


 ダイキは割と鋭いところがある。


 実際、その通りなのだろう。


 カナデ一人ならば、ここまではしゃいだりはしないだろうし、そもそも外に出ることもしなかったかもしれない。


 シキはてっきり、ダイキの事をギャルゲの主人公並みに鈍感なタイプだと思っていただけに、その指摘は二重の意味で予想外だった。


「俺は兄弟がいませんけど、やっぱり離れ離れは寂しいんじゃ……ないですかね」


「ダイキ君も人を気遣えるようになって……最初の頃とは見違えるくらい成長したね……」


「ちょ! さ、最初の時のことは忘れてくださいよ! あれは自分でも酷かったって思ってるんですから!」


「現在進行形の黒歴史だね」


「え? 今の俺はいつか黒歴史になるんですか!?」


「ダイキ君はからかいがいがあるなぁ……」


 腕を組んで、シキはしみじみ言う。


「や、もういいですけど……」


 シキの反応にそう言って諦めたように息を吐くダイキに、シキはくすりと笑いながら、


「ありがとね」


 視線が交錯した瞬間、シキは天使のように微笑んで、やわらかい声音でそう言った。


「あ……い、いえ……別に……」


 一気に顔を赤くするダイキに、シキはおかしくなって余計笑ってしまう。


「じゃ、ちょっとわたし、カナデのところ行ってくるね」


「は、はい」


 そう言い置いて、シキはあれこれと服を見て悩むカナデの方へと向かってゆく。


「…………」


 一人残されたダイキは、妙に高鳴る胸の鼓動を聞きながら、その背中を視線で追っていた。


 その意味に自分自身もまだ、気が付かずに。


元々男の子に恋する気持ちってどんな気持ち? ねぇどんな気持ち?

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