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忘名のステラスフィア  作者: 霧島栞
二幕
63/77

60話

 文化都市リインケージは、三大都市の中でも住民の数が一番多い都市だ。


 その街並みは、現代風に近い機工都市エイフォニアとは違い、魔術都市ミラフォードのような中世的な街並みをよりレトロにした感じとなっている。


 都市の中央には《時の番人》と呼ばれる背の高い時計塔があり、その広場を中心としてせいぜいが二階建てくらいの家屋を中心に、商売人たちが商売に精を出す商店街、様々な文化様式の娯楽やサブカルチャーが並ぶ繁華街、リインケージの人々が暮らす住宅街、そして《都市国会》や《ライン》本部などといった中枢機関へと続く道が分かれている。


 他にも小さな広場はいくつかあり、憩いの場として機能しているが、先の時計塔がある中央広場を待ち合わせ場所としてそこから様々な区画へと足を伸ばすというのがリインケージのオーソドックスな歩き方だ。


 それにレトロと言っても街灯などの照明装置や、《都市国会》や《ライン》本部で使われる機材などの機械はエイフォニアの技師に依頼し作られている為、都市の主要部の技術はミラフォードと比べてもさほど見劣りするわけではないが……いかんせんお店の外装や内装に様々な文化を取り入れて作られている為、ともすれば職人技のような技巧が光るが、逆に外観や内装を損ねてしまっていることも多い。


 特にその風潮は繁華街で顕著に見れら、その区画の在り様はまさに文化のごった煮という体で、酷く独特で混沌とした空間を構築している。


 しかし文化都市リインケージはその住民の多さから貧民街と称される区画も存在し、そちらにはほとんど設備が回されていない。


 莫大な資産を持つ《星神教会》の資金援助があるとはいえ、そこから世界魔術機構や《ライン》への資金援助もあるので、常日頃からリインケージの財政を取り仕切る《都市議会》はぎりぎりのやり繰りを強いられている為そこまで手を回す金銭的余裕がないのだ。


 また文化都市リインケージにはその名の示す通り、様々な文化を保護する建築物、《リインカーネーション大図書館》なる巨大な建物も存在し、その維持の為にも多くの金額を費やしていることも財政難の原因である。


 地球と比較すればかなり小さな大陸しかないステラスフィアでも、各都市、町村に存在する文化は多岐に渡る。


 ステラスフィアは地球の平行世界の概念が崩落させられ、その中から拾い集めた概念で構築されているのだから、潜在的な文化の数を述べ始めたらそれこそ星の数ほど存在するだろう。


《リインカーネーション大図書館》にはそれらの文献を登録、保護し、象徴たる工芸品などを保管する為の美術別館も存在する。


「何度か来たことはあるけど、久々に来るとやっぱりすごいなぁ……」


《リインカーネーション大図書館》の前。


 真っ白な階段の下からその巨大な建築物を見てシキは感嘆する。目を細めて言うシキの白い髪を風が揺らし、階段を降りながら遠巻きにシキを見ていた男性が、見惚れて足を踏み外していた。


 因みにシキのその言葉は独り言で、隣には誰も居ない。


 ――今から約二時間前。


 キョウイチとカナデが手を貸してくれるということで、コトコの依頼、キキョウ遺跡に送り込まれた調査隊の追調査を受けたシキは、その準備の為に出発を明後日に指定した。


 コトコはその提案に妥当な所だろうと頷いた。


 アルカンシエルの巣窟であるキキョウ遺跡の調査ともなればさすがに相応の用意も無しにすぐ出発できるような話でもなく。


 何日潜ることになるのかもわからないので食糧も必要となるし、地下迷宮なので照らす灯りも必要だ。急いで準備して見落としでもあったら目も当てることが出来ない。


 キキョウ遺跡は地下に潜れば潜るほど広い構造となっているらしく、前に行った時には一階だけでも半日、二階の探索には丸一日の時間を要した。マッピングをしていたので外へ出るのには行きよりも時間はかからなかったが、警戒しながら進まなければならないので、結局一日かかってしまい、外へ出て入口を再び封印した時には皆真っ白に燃え尽きてしまっていた記憶がある。


 特に身体が弱く、それでいて警戒の為に一定の頻度で護りの魔術を使い続けていたキリエはその後数日寝込んでしまったくらいだ。


「今頃キョウイチを中心に、準備に奔走している頃かな」


 ちらりと時計を取り出して見て、シキは少しだけ寂しげに呟く。


 他の皆と別れて、シキだけが《リインカーネーション大図書館》へと向かっているのには、ちゃんとした理由がある。はぶられたわけではない。断じて。


「でも、この時間ならたぶんまだ居ると思うんだけど……」


 シキがリインケージに目的地を設定していたのは、元々ある人物を訪ねる為だった。


 白い階段を軽快に上ってゆくと、《リインカーネーション大図書館》の全容が見え、思わず息を吐く。白く静謐な雰囲気を持った巨大建築物。大図書館と言われるだけあってその迫力は圧巻の一言に尽きる。


 とはいえ、いつまでも眺めているわけにはいかない。観光の為に来た訳ではないのだ。


 ガラス張りの扉が横に並んで三重になっている広い入口を押して中に入ると、今度は内部の光景に目を見張ることとなる。


「わぁ……」


 入ってすぐ、いくつかの大きなカウンターやソファが備え付けられたテーブルが並び、そこから少しでも視線を傾ければ左右前後上下問わず、視界を埋め尽くすほどの本、本、本、本。まさに書の楽園とでもいうべき光景が広がっていて、何度も見たことがあるシキでさえその物量に気圧される。


「いらっしゃいませ、《リインカーネーション大図書館》へようこそ」


「――あ、はい。ありがとうございます」


 司書の女性の言葉でシキははっと我に返って、声をかけてきた司書の女性へと顔を向ける。


「いえ、お気になさらず」


 司書の女性そう言ってやわらかく微笑んでいた。


《リインカーネーション大図書館》に初めて来た人は大体今のシキと同じようなリアクションをしてしまうため、司書の人は皆対応に慣れているのだ。


 初めて来た時のように、司書の人に声をかけられて我に返るという一連の流れを思い出して、シキは思わずくすりと笑ってしまう。


 そういえばシキの容姿について、これまであまり周囲の反応を出しては来なかったが、シキのそういったちょっとした仕草は素晴らしく絵になる。


 例えるならばカメラマンが居れば間違いなくシャッターを切っていただろうくらいに。もしくはシャッターを切ることも忘れて見惚れてしまっていたかもしれない。


『書の楽園に現れた天使の微笑み』……題するならばそんなところだろうか。


 同性である司書の女性でさえ、シキから目を離すことが出来なかったくらいだ。


「あのー」


 そんな司書の女性の様子など知らないシキはおもむろにとててと近寄って、そう声をかけた。


「は、はい。何かご用でしょうか」


 声をかけられた司書の女性は、何故かどぎまぎしながら返事する。


「少しお伺いしたいのですが」


 柔らかい物腰で言うシキの姿は、着ている服がラフなものではなくもっと上品なものならば、どこぞのお嬢様と間違われてもおかしくはない。


 元々シキは、一人で居ればそれなりに落ち着いた、見目麗しい女の子なのだ。


 ぶっちゃけて言ってしまえば外面が良いということなのだが、それ故に神秘的で包容力のある女性として一目置かれることが多く、老若男女問わずに人気があった。


 それが身内と共に行動をするとなると途端にダメな子になるのだから、人というのは不思議なものだ。


 だが今はそんな身内は居なく、シキは緊張気味な司書の女性へと落ち着いた様子で言葉を続ける。


「イロリ=コノハナさんは本日いらっしゃいますか?」


「え、それは、わたくし共と同じく司書の方、でしょうか?」


「ううん……正確にはちょっと違うけど……あ、もしかしてあなたはここで働き始めてまだ日が浅かったりしますか?」


「あ……はい、申し訳ありません……」


 シキの言葉に、司書の女性は一気に気まずそうな雰囲気をにじませた。


「いえ、気にしないで。そっか、なら知らなくてもおかしくはないかな……」


 司書の女性が落ち込みきってしまう前に、シキは明るめの声を出してそう言って、他に知って居そうな人が居ないかと周囲を見渡し、そして少し離れた書架の隣でその姿を見つけて「あっ」と声を漏らした。


「居た! ごめんね、ありがと」


「え? は、はい」


 極上の微笑みを一つ残して、胸を押さえる司書の女性を後目に、シキは目的の人物の姿をそこに見つけ、カウンターの横をすり抜けて歩いてゆき、


「――イロリさん」


 そのセミロングの黒髪の女の子へと声をかけた。


「はい?」


 ぱっちりとした瞳が、シキを捕える。


 シキは少しだけどう話を切り出そうか、数秒迷い、


「初めまして。わたしはシキ=キサラギと申します。《魔導書》のことで少しだけお時間頂いてよろしいでしょうか?」


 そう言った。


「……あなたは、どこでそれを?」


 その言葉に驚いたイロリと呼ばれた女の子は、ぱっちりとした瞳をさらに大きく見開いてシキへとそう問いかけた。


「んー……もちろんあなたから、ですけど」


 その問いにシキはそうとしか返しようがなかった。


 イロリ=コノハナが扱う魔術に深く関わってくる《魔導書》というワードを知っている者は、《都市国会》の一部の者と彼の兄であるヒバチ=コノハナしか知らない情報だ。


 少し困った顔で言うシキの言葉に、イロリは少しだけ訝しげにシキを観察するようにじっと見つめるが、彼女はシキに見覚えがあるわけもなく。


「……わたし達、どこかで会いましたか?」


 ……まあ、仕方ないよね。そう自嘲気味に思いながら、シキはイロリに提案する。


「とりあえず、少し長話になっちゃうと思うので場所を移しませんか?」


 その言葉にイロリはやや考えた後、静かに頷いた。


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