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忘名のステラスフィア  作者: 霧島栞
二幕
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58話

「……それでは、気を取り直して話に移りたいと思うのです」


「うぅ……違うのに……違うのに……」


「……ねーさま、どんまい」


 うわごとのように何度も言葉を繰り返すシキに、棒読みでセラのフォローが入る。


 場所は《ライン》本部の近くにあるカフェテラス。


 時刻はもう十二時過ぎ。テーブルを挟んで向かいに座るコトコの正面にシキが座っていて、セラはその右斜め、ダイキは左斜めの席に座っていた。


「……それで、話というのはどういうものですか」


 どうにかコトコに無実を理解してもらえないかと考えを巡らせてはいたものの、このままでは一向に話が進まないだろうと、シキは少しだけ拗ねたように指先で白い髪をいじりながら、何とか気を取り直して本題を伺った。


「それはですね――」


 瞬間、コトコの瞳が僅かに細められ、先ほどまでの軽い雰囲気が一気に消え失せ、ぴんと張り詰めた空気が部屋の中を支配する。


 ……へぇ。


 その様子にシキは、なんだかんだ言っても目の前の女の子は《ライン》の職員なのだとコトコの認識を改める。


 総合依頼斡旋所ラインに就職する為には、世界魔術機構で行っている魔術学園に入る為の試験や、嘱託魔術師になるための魔術に対する知識や技術など、個人によって変わってくる曖昧なものよりも、もっと実利的で確定された技術を修得している必要がある。


 それこそ地球で言うところの様々な『資格』に匹敵する技能を持っていなければ《ライン》の職員というものは勤まらない。


 だからそれ故に、《ライン》はいつも慢性的な人不足に嘆いているのだ。


 募集はしているため定期的に新人は入ってくるものの、勤務し始めて一ヶ月続く者はほとんどおらず、一年通して数百人の新人が入ってきても、そのうちの二~三人残れば儲けものといった具合だ。


 そんな現状になっている問題は、《ライン》の仕事をこなすために必要な技術を修得する為の組織が分散してしまっていることだ。


 三大都市にはそれぞれ都市の特色によって方向性は違うが学園が存在する。

学べる知識はどの学園も、基本的に文字の読み書きや簡単な計算などの一般教養。そしてそこから先は、文化都市リインケージならば文学系統、機工都市エイフォニアならば数学系統、魔術都市ミラフォードでは魔術系統など、それぞれの分類に特化された知識の門戸となっている。


 言ってしまえば知識が偏ってしまい、様々な局面で臨機応変な対応力が求められる《ライン》の職員からすれば、どの学園を卒業したとしてもどれかが欠けてしまっているという訳だ。


《ライン》へと依頼を受けに、あるいは依頼を発行してもらいに行って、彼ら彼女ら職員の凛々しくも初代の長フォーカス=ラインバッハを誇りとして働く姿を見て、多くの者が《ライン》の試験を受け、そして実際に働いてみてその過酷な業務内容とタイムスケジュールに気が付くことになり、辞めてゆく。


 そんな過酷な職場で仕事をこなすコトコという女性も、実際かなり出来る女性なのだろう。シキが依頼の話を切り出した瞬間にプライベートと仕事のスイッチが切り替わって、冗談を繰り出せるような雰囲気ではなくなった。


「今回の依頼は、表向きは周辺に現れた《色無し》と騎士団の調査となっているはずです」


「……うん、わたしもアードルでそう聞いたね」


 ライドウから聞いた内容にシキはそう返すが、枕詞の表向きという前置きにものすごく嫌な予感がして顔が若干ひきつる。心の中では何だか面倒なことになりそう……なんて思っていたりもする。


「表向き……ってことは、何か他にも違う魂胆があるということですか?」


 そう言葉を切り出したのは、意外なことにダイキだった。


 聞こえた疑う声に、シキは少しだけ驚く。


 これまで、目的地や行く先を決める話の時にはあまり自分の意見を述べなかったダイキが、この場面で疑問を口にしたのは、彼が少し前に手痛く騙されたことがあったからだろう。


「ダイキ君、大丈夫だから」


「……はい」


 そう思いやさしい声で言ったシキの言葉に、ダイキは頷きながらも疑惑の目は晴れることなくコトコに向けられたままだ。


 そんな懐疑の目を向けられているコトコは、少しだけ考える素振りを見せ、ダイキへ、セラへ、そして最後にシキへと視線を向けてから、言葉を紡いだ。


「――実は、数日前に騎士団が行方不明になったのです」


「え?」


 唐突に与えられた情報に、シキは呆けた声を出してしまう。


「騎士団が行方不明になったのは具体的に八日前。何の影響か最近増え始めた《色無し》と同じく、キキョウ遺跡のアルカンシエルも同様に不審な動きを見せていたので、その調査に向かい未だ帰還の報告も連絡もないのです」


「ちょ、ちょっと待って!」


 シキは慌ててコトコの言葉を遮る。テーブルに身を乗り出して周囲を見てからじっとコトコを見る。その表情からは嘘を言っている様子ではないのがわかり、余計にシキは訝しむ。


「――どうして、そんな情報をいきなり?」


 騎士団が行方不明などリインケージの機密事項に並ぶ情報だ。


 いきなりそんなことをこんな場所でいきなり暴露されてはさすがにシキも焦る。


 さっきとは違う意味で困惑するシキに、コトコは一つ溜息を吐いて答える。


「強いて言うならば直感です。なんとなく、あなた方には真正直にお願いした方がうまくいくような気がしたのです」


「直感って……」


「ん……だけど、正解かも……」


 帰ってきた答えにシキは呆れ声で言うが、セラはこくりと頷いてそう評価する。


「これでも私、リインケージの《ライン》本部に所属する、とても有能な職員なのです」


「自分で言わなければもっと良いのに……ねーさまと同類なの……」


「え、わたしそんなこと言うっけ?」


 セラはシキを見て、嘲笑するように小さく鼻を鳴らした。


「……ねーさま、いつも自分のことをかわいいってのたまっているの……」


「白姫様……いつもそんなこと言ってるんですか」


「うぐ……」


 セラとダイキ、身内二人から厳しい言葉が返ってきて、シキは呻きながら耳を塞ぐ。


 細かな所作が一々かわいらしいのは良いことだが、シキが元々男だと知っているセラから見れば少々複雑な心境である。


「そ、それはともかく、話を進めよう?」


 コトコへと視線を向けて言うと、コトコも小さく頷いてそれに同意した。


「それで、騎士団が行方不明ってことは、もしかして今回の依頼はその件の追調査というのが本当の依頼ってこと?」


「はい」


 キキョウ遺跡近辺の調査、加えて騎士団によるリインケージ近辺の《色無し》の討伐が滞っているのでそれを調べて欲しいという依頼。


 そう言っていたライドウの言葉はあながち嘘ではなかった。

ただそこに必要な情報が添付されていなかっただけのことで。


 ……うまいこと言うなぁ。


 実際はお金に釣られて一も二も無く食いついてしまったシキが悪いのだが、そんなことはもう頭の片隅にも残っていない。


「でも、全員が行方不明って訳じゃないんでしょ。騎士団の他のメンバーに依頼を出せばいいんじゃないの?」


「それはもう打診したのです。……けれどもこれ以上都市の戦力をいたずらに削るわけにはいかないというのが星神教会と都市議会の決定です」


「確かに、ね」


 シキが知っている限りでは、リインケージに常駐している騎士団に所属する魔導騎士の人数は二十人前後だったはずだ。今回何人体制でキキョウ遺跡の調査に向かったのかはわからないが、キキョウ遺跡はアルカンシエルの巣窟だ。


 いたずらに追調査を放ち、さらに追調査の部隊が戻って来なかったなどという事態に陥ってはまさに元も子もない。


「世界魔術機構は――」


 ちらりと視線を送ると、コトコは力なく首を横に振った。


「――ダメだったってことだよね。まああっちも今は余裕が無いだろうからね……」


 タイミングが悪すぎるのだ。これが浮遊大陸の現れた混乱が落ち着いた後だったら、世界魔術機構も追調査の部隊を送って来ていてくれただろう。


「《色無し》の討伐や、それらが居る場所の調査ならば一介の冒険者などにでも頼むことは出来るのです。けれども今回ばかりは私達もお手上げ状態だったところに……」


「……わたし達が来たってことだね」


 大体の事情を理解して、シキは溜息を吐く。


 ……何だろう、わたしってトラブルに愛される体質なのかなぁ……。


 と本気でそう思えてくる。


「キキョウ遺跡……ね」


 呟いて、シキは瞑目して考える。


 キキョウ遺跡には前に一度だけ足を踏み入れたことがある。


 キキョウ遺跡は、巨大なオブジェクトが斜めから地面に突き刺さったような奇妙なシルエットを持つ巨大な地下迷宮だ。


 普段は魔術で入口が封印されているので、中に居るアルカンシエルが外へと出て来ることはほとんどないが、構造は横幅五メートルほどのやや広めの通路が入り組んでいて、同じくらいの幅広の階段によって地下へと続いている。


 地下何階まで存在するのかはまったくの不明で、今のところわかっているのは地下三階へと向かう階段までのルートだけだ。


 ゲームのように階層ごとに敵が強くなっていくということも無い上に、幅広の階段はアルカンシエルが通ることも出来る大きさなので、地下から上へと上がってきているアルカンシエルも居ることだろう。


「……二つ、いいですか」


「……どうぞ」


 顏の前で指を二つ立てるシキに、コトコは促す。


「基本的にキキョウ遺跡の入口は魔術によって封印されています。何故アルカンシエルの動きに不自然な動きがあるとわかったんですか」


「……驚いたのです。良くそんなことを知っているのです」


「前に一度……キキョウ遺跡には入ったことがあるので」


 その言葉に、コトコは息を飲む。


 セラが世界魔術機構でも有名なあのセレスティアル=A=リグランジュだということは知っていたが、肝心のシキの事はほとんど知らなかっただけに、キキョウ遺跡に入って生きて戻ってきているという事実はシキが相当な魔術師であるという裏付けとなる。


「アルカンシエルに不自然な動きがあるとわかったのは、魔術師の透視によるものです。騎士団の護衛の元、定期的に内部を透視してアルカンシエルの動きを監視しているのです」


「へぇ」


「もっとも透視で見れるのは一階のフロアだけで、二階以降は何故か見ることは出来ないのですが……一階のフロアだけでも七匹のアルカンシエルを確認できたのです」


「……七匹」


「はい。通常別種のアルカンシエルは、互いに不干渉に近いスタンスを持っています。だから明らかにこの数は異常だと思い、調査に向かったのです」


「……なるほどね」


 コトコが言う通り、アルカンシエルには互いに干渉しないという不文律があるかのように、基本的にはどの個体も別種のアルカンシエルにはあまり近づこうとしない。同じ《呪い》の矛先を人へと向けてはいるものの、共闘するような存在ではないのだ。


 シキが前にキキョウ遺跡に入った時も一階に二匹、二階に三匹居ただけだった。


 キキョウ遺跡内部の広さ的にも、七匹も居れば二つ角を曲がればすぐに出会う密度だ。


 確かにおかしい話であるが、そちらは疑問に思いながらも考えてもらちがあかなさそうだったので、シキは次の質問――本命の質問へと移る。


「で、もう一つの質問なんだけど――騎士団の調査隊は、キキョウ遺跡の中に入ったの?」


 問いに、コトコは一瞬だけ言葉に詰まった。


 それが既に返答の替わりだった。


「……はい。騎士団の調査隊は中に入って、そして戻って来なかったのです」


「…………」


 やっぱりか、とシキは苦い顔をする。


 八日前、ということはシキが依頼を受けた時点で既に三日が経過しているということだ。


 そこからさらに五日間、キキョウ遺跡の内部に入って八日も経っているのならば、状況は絶望的だ。


「それは、もう……」


「ん……」


「…………」


 三者三様に、彼らがどうなったのかの末路を想像して俯くが、そんな中でコトコだけは真っ直ぐに三人を見て言う。


「――でも、まだ生存の可能性は考えられるのです。……食料は十日分、持って行っていたのでまだ生きている可能性もあるのです」


 その言葉は、どこまでも期待的な観測点でしかない。


 彼らがまだ生きている――それは《ライン》の職員ならば、既にこの件は終わらせて次の対応に移っていなければいけないほどの、ほんの僅かな可能性だ。


 それになにか違和感を覚えて、シキは問う。


「……何でそこまで、調査隊の生存を望むんですか?」


 誰もがもう思っているだろう。普通に考えればもう騎士団の調査隊は死んでいると考えるのが常道だ。けれども圧倒的に濃い彼らの死の可能性よりも、消え去るほどに薄い生の可能性を追求するコトコの言葉に、シキは違和感を覚えたのだ。


「……調査隊の中には……わたしの父が、いるのです……」


「――――」


 そして聞いてしまった。


 それで合点がいった。都市の外で野宿までして待とうとしていた理由も、先ほどの真剣すぎるほど真剣でどこか切羽詰ったような声音の意味も。


 ……ああ、何でこの世界はこんなにも犠牲を望むのだろうか。


 かつて自分も同じように、仲間を助ける為に可能性に縋ったことがあった。


 自分がどうなってもいいと、身を投げ出すほどに、必死に手を伸ばしたことがあった。


 シキはセラの方へと視線を向ける。


「…………」


 セラはシキの視線を受けて、困ったような顔をする。


 シキも出来るものならば調査隊が生きている可能性を信じるコトコのように、自分も彼らの生存を信じて助けに行きたいとは思う。


「……他に……例えば、騎士団から一人だけでもいいので、魔導騎士を手配することなんかは出来ますか?」


 だが行きたいと思ったところで、ダイキはまだ使い物にならないし、シキとセラだけでは厳しすぎる。魔術師というのは基本的に大火力の砲台だ。ともすれば一撃が途方もない威力になるが、継戦能力の面ではかなり燃費が悪い。キキョウ遺跡のような入り組んでいる地下迷宮ならばなおさらだ。だからこそキキョウ遺跡の対応には継戦能力が高く機動力のある魔導騎士が当たっているのだ。


《色無し》相手ならば、不完全な《加速》の魔術でも余裕だろう。けれどもアルカンシエルの場合は、話が全然違う。暗い地下迷宮の内部で、少しでも不意を打たれればシキとセラには対応する術を持たない。言葉を紡ぐよりも早く襲い掛かられては、魔術師には成す術もない。


 文句を言えば残っている騎士団のメンバーのうちで一番の錬達の魔導騎士が来てほしいくらいなのだが……そんなシキの希望に対してコトコは苦しげに返す。


「……手配は……難しいのです」


 コトコの表情が悔しそうに歪む。先にも打診はしたと言っていたが、それ以上に既に何度も確認しているのだろう。コトコの握っている手が小さく震えていた。


「…………」


 絶望的な状況に、場に重い空気が落ちる。



「――悪いが、話は聞かせてもらった」



 そこに唐突に聞こえた聞いたことのある声に、シキは疑問を抱くよりも先に振り返った。


「え……っ!?」


 そしてそこに居た二人に空いた口がふさがらなくなるくらい驚き、


「キョウイチ!? ――と、」


「――お姉ちゃん」


 暫く聞くことはないと思っていた声。


 キョウイチとカナデ――二人の姿が、そこにあった。


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