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忘名のステラスフィア  作者: 霧島栞
二幕
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57話

 リインケージという都市を取り仕切っている組織は基本的に二つ存在する。


 一つは《都市議会》という都市の財政管理を任されている表の組織で、市民の代表として選ばれた議員が都市の平和と秩序を形成する形となっている。


 ミラフォードとは違い武力をほとんど有さない組織である《都市議会》は、その特性故に市民に対して、細かなところへの配慮が行き届いており、リインケージ内での支持は高い。


 リインケージという都市がここまで繁栄してきたのも、ひとえにこの《都市議会》が存在するからこそで、彼らの常日頃の努力があってこそリインケージは文化都市としてステラスフィアの人々に名を知られているのだ。


 けれどもリインケージにはもう一つ、リインケージという都市を構成する上で欠かすことのできない巨大な組織が存在する。


 それはステラスフィアの住人ならば誰もが知っているであろう星書に記された、二人の天使を信仰の対象として崇める《星神教会》という組織だ。


《星神教会》は、言ってしまえばリインケージの裏の顔だ。


 天使という、ステラスフィアでは神にも等しき存在を崇拝し、敬意を持って信仰に望む敬虔な信者も数多く存在するが、けれどもその上層部はあまりにも黒い思想に毒されている。


 信徒からの寄付金を教会ではなく自分の資財として蓄える者。信徒を自らの言いなりの人形のように考え、暴徒として利用しようとする扇動者。神の存在を駆け引きの手段として、それにより利権を握ろうとする為政者。


 いつの時代にも同じ、信仰とは詐欺と紙一重だ。


 星書に記された天使――神すらでさえ、人の欲望というものは容易に飲み込んで膨らみ地に引きずりおろしてでも自己の顕示として扱おうとする。


《都市議会》も、ミラフォードの《世界魔術機構》ですらそのことに気が付いているが、それはリインケージの内政に口を出すことのできない《世界魔術機構》には手を出せる問題ではなく、かといって《都市議会》は《星神教会》の資金援助があってこそ成り立っている部分が有るが為に迂闊に内部にメスを入れられない。


 過去に一度《星神教会》にて一人の魔導騎士が立ち上がり、腐敗した上層部を刈り取ろうとする革命が起こったが、しかしそれも《星神教会》の有する他の魔導騎士の手によって、始まる前に阻止された。


 それだけでも厄介だと言うのに、リインケージには《ALP》という過激派組織も存在する。


 こちらは前者二つの大きな組織に比べれば小さなものだが、彼らはともすれば《星神教会》の信徒の信仰と比較して遜色無いくらいの想いの強さで魔術師を憎み、その一念によって一丸となっている。


 リインケージを北西のキキョウ遺跡に巣食うアルカンシエルから守り、半ば《星神教会》が有する形になっている魔導騎士の部隊、《騎士団》にしても彼らにとっては恨みの対象だ。


《ALP》の一員は全員が全員、魔術師によって見殺しにされた……大切な人を切り捨てられた人々である。今現在、魔導騎士に守られているからといって感謝をすることなど彼らには到底不可能な話なのだ。


 そうした二つの組織が表と裏から都市を支配し、そこに確かな闇が巣食う街……。


 それが文化都市リインケージ……《魂の揺り籠》の名を意味する都市の在り様だった。




「ふぁ……さらさらぁ……」


 そんな都市にある宿ルビアーナで初めて朝を迎えたシキは、とろけた顏で布団の中、人生の幸福を謳歌していた。


 手に伝わる柔らかな感触。触れる肌の暖かさ。何の疑問も抱かずにただ腕の中にあるか細く小さな身体……セラをぎゅっと抱きしめて、シキはまどろんでいた。


 疲れが溜まっていたせいか、最近は寝起きが良かったシキも今日はまどろみから抜けることが出来ずに、何の疑問も抱かずに何故か一緒の布団で寝ているセラをはぐはぐとしている。


 安心するやさしい匂いに頬が緩み、もっと近くに感じたいと抱き寄せる。


 皆に忘れられ一件以来シキは、普段は意識的に寂しさを押さえつけてはいるものの、こうして半分無意識の状態だと、甘えてくるセラに逆に甘えるようになってしまっている。


 もちろんそこにはシキが女の子の身体になってから少女趣味全開だったからという理由もあり、正直以前とあまり変わっていないように思われるかもしれないが、実際は寂しさを隠しきれていないだけだ。


 寂しさを暖かい温もりで埋めたい。知ってくれている人を。セラをもっと傍で感じたい。


 例え手に伝わる感触が普段のように柔らかな布地ではなく、すべすべとした肌だったとしても、シキはまどろみの中でセラの頭を撫でながら幸せそうににへらと笑う。


「ん……ねーさま……」


「……ふぇ」


 耳元でセラの聞こえた声に、シキは薄っすらと瞳を開けて、そしてそのままもう一度セラをはぐする。


「うふふ……ふわぁ……」


 青い髪に頬をすりつけながら、ふやけた声を出す。


「ねーさま……だいたん……」


 抱きしめられる形となっているセラは、シキの双丘の柔らかさを頬で感じながら、まんざらでもない顏のまま呟く。


「セラー、セラー……」


 はぐはぐはぐはぐ。


 幸せだからずっとこの時間が続けばいいのに、と本気で思い始めた次の瞬間。


「……何をしているのです?」


 唐突に聞き覚えのない声が聞こえて、シキの意識は急速に覚醒した。


「っは! 誰!? ……って、あ……コトコさん?」


 ばっと身体を起こして声の聞こえた方に視線を向けると、そこには昨日、宿を紹介してもらった《ライン》の職員であるコトコ=カーティナーの姿があってシキはほっと息を吐き、警戒を解いた。


「……驚きました。まさか、そこまで反応をされるとは思わなかったです」


「ご、ごめんなさい、つい……」


 シキは咄嗟に謝るが、実際いきなり知らない声が寝ているところへとかかれば、そういう反応になるだろう。


「でも、どうして部屋の中に……?」


 疑問に思ってそう問いかけると、コトコは呆れたように、こう返した。


「何度ノックしても反応が無かったので、まだ寝ているのかと思い、悪いとは思いましたが起こそうと思って入ったのです……が……」


「が……?」


 どこか一点をじっと凝視するコトコに首を傾げてシキが隣を見ると、そこにはかけ布団から裸の上半身を露わにしてシキに寄り添うセラの姿があった。


「……お邪魔だったようです。すみません。時間に余裕が無いとはいえ、一時間くらいならお楽しみでも大丈夫です。では、また一時間後に……」


「ちょ――ち、ちがっ!」


 そう言ってそそくさと部屋から出て行こうとするコトコに、シキは訂正しようと立ち上がり布団を除けて、事態はより悪化の一途を辿ることとなる。


「……やん……ねーさま……」


 かけ布団を除けたことにより全身が露わとなったセラの身体には、洗練された技術によって糸が姿を変えた物質……つまり布に相当する物が一切見られなかった。


「セ、セラ!? 何で服着てないの!?」


「……昨日、ねーさまがセラの服を脱がしたのに」


「えぇ!?」


 だが事実だった。


「っていうか、ななな、何で知ってるの!?」


「……そして服を脱がした後、ねーさまはセラの身体をあますところなくその手で……」


「わー!? わー!?」


 叫びながら危ういことを口走るセラにかけ布団をかぶせて、シキはそろりとコトコの方へと視線を向ける。


 コトコはさも全てわかっています。と言わんがばかりの微笑みを向けて、シキに言う。


「大丈夫です。ちゃんと理解したのです」


「え、そ、そう……?」


 シキがコトコの言葉に何を理解したのか一抹の不安を感じながら、苦笑いを浮かべてそう返すと、


「はい……そういう趣味の人も居るでしょうから、私は気にしないです。この件は私の心の中にしまっておくので、どうぞ二人はお楽しみをです。……では一時間後に」


「ちょ――」


 とても良い笑顔で言って、コトコはシキの返事を待たずに部屋から出て行った。


「…………」


 シキは暫し閉じられた扉を呆然と見て、はっと我に返って頭を抱えた。


「どうしてこうなった……っ!」


「……ねーさま、どんまい」


 まったく気遣う様子の無いセラの声に、シキはどこで間違ったのだろうかと呆然と考えることしかできなかった。



 その後、本当に一時間ほどして戻ってきたコトコに何度も弁解をしようと試みたが、その都度生暖かい目でやんわりと返されてシキが涙目になっていたことは、余談である。


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