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忘名のステラスフィア  作者: 霧島栞
二幕
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50話

「でもって次は、言語魔術の特訓だけど」


「…………はい」


 その後、シキは既に重度の筋肉痛となっていて動けないダイキへと容赦なくそう告げた。


 前とはうって変わった態度で、礼儀をおもんばかって正座しようとするダイキだったが、二度正座しようとしただけで身体全体に激痛が走り、さすがに無理だと諦めざるを得なかったようだ。因みに場所は借りた宿のシキの部屋だ。


「あ、あの……」


「ん?」


 控えめなダイキの声にシキは首を傾げる。


 シキはここ数日の沈んでいた雰囲気が嘘のように良い笑顔だった。


 旅に出るまでは、これまでのことをうじうじと悩んでいたが、実際ミラフォードから出てしまえばシキのことを直接知っている人などそう多くはない。知っていたとしても一方的に知っているだけでシキが知らないというパターンも多く、また、日々の修練を再び開始したことである程度吹っ切れたのだろう。


 決してダイキをぼろぼろに痛めつけてストレス発散したからではない。


 ともあれ。


「身体中が……っ、痛くて……ぐっ、まともに何か……あづっ、出来そうにないんですけど……あがっ!」


「あー……」


 床に変な姿勢で座るダイキに、ちょっとやりすぎたかな……と、シキ本人も思わなくもない。久々だったからついついやりすぎた感も否めない。むしろどこからどう見てもやりすぎだった。


「……でもね? まずは限界まで身体を疲れさせることによって、身体から余計な強ばりが抜けて思考がクリアになる。つまりは無心となることによって、本来の力を最大限に発揮できるようになるんだよ」


「そ、そんな、意味があったんですか……!」


 人差し指をぴっと立てて言うシキに、ダイキはそんな深い意味があっての訓練だったのかと目を輝かせて感心する。


「ま、まあ、うん……そうだよ?」


 シキはそんなダイキから、さっと一瞬で目を逸らした。


「……?」


「……ねーさま、嘘は良くないの」


 不自然なシキの態度に僅かな疑問を抱いたダイキは、セラが言ったそんな言葉であっけにとられた後、


「う、うそなんですか!?」


 裏返った声でそう言った。


 それに対してセラはこくりと頷く。


「……身体を動かして疲れたら、魔術言語を練るどころの話じゃないの……」


「えぇっ!?」


 驚きながらも、確かにそうかもしれない……。とダイキは思う。


 仮に今の状態で何かしろと言われても出来るはずもないことは、ダイキはまさに身をもってわかっていた。


「白姫様……」


「で、でも、ちゃんと日々修練しとかないといざというときに身体が動かないから、ちゃんと意味はあるんだよ?」


「……ねーさま、苦しい……」


 セラにじと目で見られて、シキは視線を逸らしたまま「うぐ……」と呻いた。


 確かにシキの言う通りではあるのだが、それで動けなくなってしまっては元も子もない。


「……ふ、ふん。そうだよ、今まで治癒の魔術しか使えなかったから、ちょっと舞い上がっただけだもん。……ちょっとくらいはめ外したっていいじゃない」


「ぇー……」


 しまいには、シキはむくれてそう言った。子供がそこに居た。


 これまで治癒の魔術しか使えなかった反動がここに来てより顕著に出ているのだろう。もちろん皆から忘れられてからの落ち込んでいた反動もあるのだろうが、噂だけでしかシキのことを知らなかったダイキはそのギャップについていけない。


「……ねーさま」


「な、なに?」


 そして前までならばシキのフォローに回っていたセラにも、若干の変化が訪れていた。


 シキが元々男だったということを知ってしまったからこそ、拗ねてかわいこぶるシキに対して、セラは呆れた視線を送るしかない。


 ……元々男なのに、語尾に『もん』とかつけるのはどうかと思うの……。


 具体的にはそんな顔をしていた。


「……ぎゅー」


「せ、セラ?」


 そうは言っても、セラは基本的にシキの事を女の子として接して居るし、夜寝る時ももぞもぞとシキのベッドに忍び込んでいたりする。昨日もせっかくベッドが二つ用意されているにもかかわらず、布団の中に潜り込んでいたくらいだ。だからセラの反応は、これまでのシキに対する……命の恩人に対する敬愛から、少し砕けた関係になっているようなものである。


 自分で抱き付く擬音を言ってべったりとくっついてくるセラに、シキは戸惑いながらもごまかすように頭を撫でる。


「ふに……」


 気持ちよさそうに目を瞑るセラと慣れた手つきで頭を撫でるシキの百合色空間がそこに展開していた。


「ふわ……!」


 なでなで。なでなで。なでなで。なでなで。撫でつづけるシキの思考がどんどんトリップしてゆく。


「……あの」


 手のひらに伝わる感覚を楽しむようにセラの頭を撫で続けていると、正面へと視線を戻すと、そこではダイキが何とも微妙な顔をしていた。


「ご、ごめんごめん」


 ダイキに謝って、シキはもたれかかっていたセラを離れさせる。


「むぅ……ねーさま分補給中だったのに……」


「はいはい、また、後でね」


 そう言って渋るセラを後目に、シキは「こほん……」と咳払いして、やっとのことで本題に入る。


「……話は逸れちゃったけど、今からやるのは言語魔術(ランゲージクラフト)の基礎の基礎でありながらも、一番の難関である《魔術言語》の構築になります」


 部屋の中の空気のスイッチが切り替わったかのように、そう告げた途端空気に重みが増す。


 齢18でありながらも世界魔術機構に所属して依頼……言ってしまえば仕事をこなしていたシキからすれば、切り替えるべきところで茶化したりなんかはしない。


「まずはその魔術言語についてだけど……二日目の属性検査の時はまだ居たはずだから、大体は覚えてるよね?」


「お、大まかには……」


 ほんとかなぁ……と思いながらもシキは続ける。


「《魔術言語》の構築のやり方は人によって差があるから、一概にはどうやる、って言えないんだよね。例えばわたしの場合だと暗闇の海の中をどこまでも沈んでいくような感じだし」


 ちらりとセラを見る。


「……セラの場合は、澄んだ冷気に触れて満たしていくような感覚なの……」


「え、えっと……?」


 頭の上に???を浮かべるダイキに、シキは苦笑いしながら返す。


「まあ、そうなるよね。抽象的だし、はっきりとこうしろって言えるものじゃないんだよね。だから《魔術言語》の構築はコツを掴むまでが難しいけど……でもダイキ君は、たぶん参考に出来る体験をしてるはずだよ」


「体験、ですか?」


「そう。……思い出して。黒い影のアルカンシエルに憑かれてた時の感覚を」


 ダイキにとって辛辣な思い出となった黒い影のアルカンシエルの事件で、唯一僥倖があったとすればその点だけだろう。推測の域は出ないが、アルカンシエルに憑りつかれていた時に魔術を使ったようではあるし、その時のことを例えちゃんと覚えてないとしても感覚でわかっているのならば、理解は速くなるだろう。


「あの時の感覚……」


 呟いて瞳を閉じ、ダイキは思い出す。


 黒い何かが体中を這い寄る感覚を。感情が流されて支配されてゆく感覚を。そして世界と繋がり、魔術を行使するその感覚を――


「――《虚空に現れし鉱石の原石よ》」


 不意にダイキが詠唱始めた。


「……んー」


 けれどもどこか違和感を覚える言語に、シキは首を傾げる。


「<<<【鉱石生成(クリエイトストーン)】!」


 そして続けてダイキがそう告げて魔術を行使した。

 

 ――つもりだったのだが、実際に魔術は発動しなかった。


 格好をつける為に前に出したダイキの手が、所在無さげにゆらゆらと彷徨う。


「…………」


「……まあいきなり使えるものじゃないよねー」


 ……もしかしたら、ダイキは先の黒い影のアルカンシエルに憑かれた後遺症で魔術が使えるんじゃないか、と淡い希望を抱いていたりもしたので少し残念ではあったけれども、さすがにそこまで都合の良い展開は望めないか、とシキはすっぱりと諦める。


「うん、でも《魔術言語》の構築は若干惜しい感じだったし。本腰を入れて修練を積めばそこそこ早く扱えるようにはなりそうだね」


「は、はい! がんばります」


「うん。――じゃあわたしらはちょっと、森を抜けるのに必要な準備だけしときましょうか。ダイキ君は暫く魔術言語を練ること。おっけー?」


 ダイキに関する方針も決まったので、シキ達はようやく今後の準備に手を付け始めることにした。


 ――即ち、アードル北西の森を抜ける為の、その準備を。


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