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忘名のステラスフィア  作者: 霧島栞
二幕
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48話

「……第一回、ねーさまの失敗を弄ろうの会を始めます……」


「うぅ……ごめんなさい。……でもそれは始めないからね?」


「……始めない?」


「始めないから」


 残念そうにセラが俯く部屋の中には、今シキとセラとダイキの三人が集まっていた。


 時刻は九時過ぎ。


《ライン》での依頼を頼まれて話を聞いて居たら、すっかり夜になってしまったのでそのままライドウに宿の手配をしてもらって、そこで晩御飯を取り、湯浴みをしたところで今の時間になって、シキが全員を集めて今後の予定について話しをしよう、ということになったのだ。


 因みに部屋の内訳は二部屋借りて、シキとセラで一部屋、ダイキで一部屋という内訳だ。代金はライドウが持ってくれるということなので一人一部屋でもよかったのだが、セラが渋ったのでこういう部屋割りになり、ダイキが部屋にやってくるという形で、三人は今集まっていた。


「まあ、とりあえず過ぎてしまったことは置いておいて……」


 シキは心の棚を建築して先ほどの出来事を棚の上に上げた。心の棚一級建築士だった。


 セラとダイキがら少なからず呆れた視線を感じたが、シキはスルーした。


「先に今後の予定についてだけど」


 そう言って取り出したのは一枚の地図だ。


「とりあえずこのアードルには三日留まることになったから、その間にダイキの旅の用意を整えよっか。今回の討伐報酬もあるし、《色無し》の買取もしてくれるみたいだしね」


「ちょっと疑問なんですけど……いいですか?」


「うん、いいよ。むしろわからないこととかあったらすぐ聞くようにね。極力気にはかけるけど、聞かれないと気が付かないこととかも多いと思うから」


「ありがとうございます。で……聞きたいことなんですけど、今回討伐した《色無し》って、食べたりしても大丈夫なんですか?」


「ああ、うん。大丈夫だよ?」


 ダイキが聞いた理由は、恐らく今晩の晩御飯として出てきた馬肉だろう。突発的な災害と言えばアルカンシエルの出現くらいしかないステラスフィアでは、台風や地震や津波などといった自然災害を考慮に入れなくて良い。だからその分食料などの供給は割と安定して行われる。アードルで採られる作物は保存が利くものが多く、だからこそ今回の《色無し》討伐のように別口から食料が手に入ったのならばそれを優先して使っていくことになる。


 もちろん味はさすが総合依頼斡旋所ラインのお墨付き。まろやかなソースがとてもおいしい一品でした。


「アルカンシエルとは違って、《色無し》は《呪い》に感化されて生まれるものだから、死んだ時点で《呪い》も抜けるし、基本的には無害になる。だからその変異した素材を用いて武具を作ることなんかもあるけど、そういったケースは稀かなぁ。ほとんどが既存の生物の延長上になるし、今回は馬肉だけだね」


「なるほど……」


 ダイキはそう言って、頷いて息を吐く。


「……あれー、もしかして、マモノの肉を食べたらパワーアップ! とか想像した?」


「ち、違いますよ!」


 からかうように言うシキに、ダイキは反発する。


「……そういうファンタジーなことはもうあんまり期待してないですし……《呪い》が抜けていて食べても大丈夫というところに安心しただけです」


 言いながら右の手首をさする動きに、シキは『あー、そっか』といった感じで頷く。


「ダイキ君はそういえば《呪具》って呼ばれる腕輪で、あんなことになったんだっけね」


「……はい」


「それもちょっと問題になりそうだけど……後で世界魔術機構に手紙を送って、とりあえず向こうに任せちゃおう」


 苦々しく頷くダイキを見て、シキは馬車の中でも聞いた話を思い出し、明日か明後日にでも《ライン》を通じて手紙を出しておこうと頭の中でメモを取って、地図を指さす。


「それで今後の話なんだけど……さっきのライドウさんに言われた依頼もあるから、途中の小さな町は飛ばしてリインケージに向かいます」


 それに関しては他の二人も知っているが、一応の確認だ。


「依頼はリインケージの北にあるキキョウ遺跡付近の調査ってことだけど、これには先に騎士団と接触して、話を聞かないといけないね」


「騎士団?」


「騎士団は、魔導騎士による部隊だね。一応名目上世界魔術機構に所属しているってことになってるけど、ほとんど実権はリインケージの星神教会が握ってるようなもんだね」


 言ってシキは、話を続ける。


「リインケージの北にはアルカンシエルの巣窟となってるキキョウ遺跡があるんだけど、ライドウさんいわく、浮遊大陸の影響もあって騎士団の動きが鈍く、周辺の《色無し》の討伐も滞ってるみたい。それで今回わたしたちに、その件も含めて調査してほしいってわけだね」


「……《ライン》に所属してすぐの……新米の仕事ではない……」


「あはは……まあそこは、まあ……ほ、ほら、報酬はその分弾むみたいだし! ね?」


 両手をぐっと握ってそう言うシキを、セラは小さな溜息を吐いてじと目で見る。


 大方ダメだこの人早く何とかしないとって思っているのだろう。


 シキはまんまとライドウさんの口車に乗せられていた。しかもお金が目的という、非常に切実でありながらも何か人として大切なものを失っている形で。


「で、でもってそのリインケージまでのルートなんだけど、依頼の期限が五日ってことだから……」


「……森を、突っ切る……」


「うん、そうなるねー……」


 シキの表情には、やだなー、めんどうだなー、という感情がありありと浮かんでいる。


「その森って、危険なんですか?」


「危険と言えば危険だけど、わたしからしたら、どっちかというとそれ以外のことが問題かなぁ」


 ダイキの問いに、シキはそう返す。


 森の中は確かに危険だ。森の奥に入れば暗くなるし、視界も狭くなる。その上、上方にも警戒をしなければならないし、草木の擦れ合う音で気配も察知しにくい。

当たり前の話ではあるが、平地に比べると森の方が危険度は高い。


「……セラも、この森はあんまり好きじゃない」


「……何かまずいことでもあるんですか?」


 同意したセラの言葉に、ダイキはごくりと唾を飲んで聞くが、シキから帰ってきたのは拍子抜けするくらいあっさりとした答えだった。


「や、何か特別まずいことが有るか無いかで言うと、無いよ?」


「……はい?」


「本当に無いんだよ。ただ森はやっぱり警戒対象になるから普通、行商人は森を迂回してケーニスの町を経由していくし、そもそも森なんて誰も行かないからさ……」


「……蜘蛛の巣いっぱい、虫いっぱい……」


 ばつが悪そうに言うシキの言葉を、セラが引き継ぐ。


 その光景を想像したのか、シキはぞわぞわと背筋に走る悪寒に耐えるように自分の細い肩を抱く。セラもシキの服の裾をきゅっと握っていた。


「……えぇ!? それだけ、ですか!?」


 一方その事実を突きつけられたダイキからすれば、虫や蜘蛛の巣くらい別にどうということは……と思わなくもない。


「……ダイキ君、甘いよ。手の入っていない森を舐めちゃいけないよ」


「……ん。想像してみるべき……」


「……誰も通らないから獣道は蜘蛛の巣だらけだよ? 上の方にちょこちょこかかってるっていうレベルじゃないんだよ? びっしり。それこそびっちり一面蜘蛛の巣だらけの道がずっと続いて、その蜘蛛の巣には蜘蛛がしゃかしゃかいっぱいうぞうぞと動いてるんだよ? それを何とか木の棒とかで振り払いながら進んだとしても、地面に落とされた蜘蛛とか枝のついた蜘蛛の巣に絡んだ蜘蛛とかが身体に這い上がってくるんだよ? がさがさがさって。それにいつ蜘蛛の巣から蜘蛛が落ちてくるかわからないんだよ? どうするの? 蜘蛛が落ちてきて服の隙間から背中の中とかに入ってきたら。さらにさらに横の木々とか見たり、落ちてる葉っぱとかを見たらそこには茶黒いバッタのような虫とか、ゴキ……」


「わ、わかりました、やめてください! それ以上はやめてください!」


 言われて想像してみて、ダイキはうへぇ……と顔を顰める。


「わかればいいんだよ……」


 言いながら想像してしまったシキも、ダイキ以上にぐったりとした顔色をしていた。


「……直線距離で言うと十キロほどだから、森の前まで馬車で送ってもらえばその日のうちには抜けられると思う。とりあえず大まかな予定は以上かな」


 森に関してはあまり考えたくないのだろう。一応この三日で森を突っ切るための準備はするので嫌でも後々考えることにはなるのだが。


 それはともかくとして、シキは次の問題へと焦点を当てる。


「でもって、とりあえず目下の問題はダイキ君……キミに関することだね」


「俺……ですか?」


そう言って息を飲むダイキに、シキはゆっくりと頷いた。


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