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忘名のステラスフィア  作者: 霧島栞
一幕
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4話

 世界魔術機構から受けることのできる依頼には、二種類ある。


 一つは民衆が世界魔術機構に申請することによって受理、発布される民間依頼。


 その詳細は多岐に渡り、恋の相談から都市の清掃、依頼主の警護から都市周辺に出没したアルカンシエルの下位体の討伐まで。報酬も労に見合わぬものから過度ではないかと思われるものまでまちまちだ。


 この民間依頼は機構に所属する嘱託魔術師が依頼を受けることもあるが、基本的には魔術師候補性が腕試しにと請け負うことが多い。


 なので機構に所属する嘱託魔術師が受けることが多い依頼は必然的二つ目の、世界魔術機構の上層部や国家から出される正規依頼となる。


 正規依頼は危険度が高く、アルカンシエルの討伐や、未踏の遺跡の探索などを主とし、要人の警護や国家にとって重要な出来事の際にも依頼は発布される。


 もちろん嘱託魔術師はあくまで請負人であり、依頼を受けるも受けないも強制ではないので断ることも出来るが、基本的に機構からの依頼はハイリターンとなるため、部隊を指名しての召集の場合でもよほどのことがなければ断る者は居ない。


 それは今回の正規依頼である地球からやってくる人たちの護衛とレクリエーションにおいても同じで、機構にとっては優秀な人材を確保する為の重要な任務だった。


「……やだもう帰りたい……」


 しかしそんな重要な依頼を受けたシキの反応は、いまにも燃えつきそうなくらいに真っ白になってがっくりとしているといった風体だ。髪が白いのは元からだが、何より目が死んでいる。


 理由は半年前にもあった、前回の地球人の受け入れの時の出来事に起因している。


 地球からステラスフィアに転移してくる者は、決まって中立魔術都市ミラフォードを出て南の平原に出現する。


 都市付近は日々の周辺警備によってほぼ安全は確保されているとはいえ、いつアルカンシエルの下位体である変異種が現れるかわからない。だから毎回、彼らを都市まで安全に移送する為の護衛と、その後のレクリエーションを含めて、嘱託魔術師の部隊が数隊派遣される。


 半年前もシキはこの護衛とレクリエーションの依頼を受けて参加していた……はずなのだが、気付かぬうちにいつの間にか部隊から離され、拉致され、あれやこれやと演説を仕込まれ、気が付けば矢面に立たされ演説するはめとなっていたのだ。


 後でシキは世界魔術機構の最高責任者であるレイン=トキノミヤから、同胞からの説明の方が彼らも安心するだろうし、世界魔術機構のシキ=キサラギといえば機構では知らない者がいないほど有名な魔術師だから適役だと思い選抜させてもらった。などと言われたが正直フォローにすらなっていなかった。


 やるならせめて前もって言って欲しい。とシキは心の底から思う。


 もちろん本音を言わせてもらえれば演説なんてしたくもないし、衆人環視の矢面になんて立ちたくもないが、しかしシキはどうにも押しに弱いところがある。


 断れない日本人の典型とも言える押しの弱さと、何気に面倒見がいい性格であることも災いして、頼み込まれると断ることができない。


 そして案の定、と言うべきか。今回も前回の例にもれずシキはレインによって拉致されて、彼女と並んで南平原へ向かっている最中だ。


「帰りたい……帰りたいいい……」


 二度目のシキの呻きに、隣のレインがふむ、と一つ鷹揚に頷いて言葉を続ける。


「まあそう言わんでも良いであろう? 仮にも二度目なのじゃから、気負うこともあるまい」


 レインはシキよりも少し背が低く、長い金髪とオッドアイが特徴的な少女だ。少女。そう、少なくとも見た目は。


 初見だと確実に「これが世界魔術機構の最高責任者?」と疑問符を浮かべること間違いないほど若く見えるレインは、これでも数百年を生きているステラスフィアでも最強と名高い魔術師だ。


 金髪とオッドアイ、それにやたらと年寄り臭い口調から、彼女が吸血鬼なのではないかという噂が囁かれているが、実際のところの真偽は不明である。歳を取らないのは自身が扱う魔術に関与しているとのことだが、こちらも詳細は明らかではない。


「二度目だからといって、慣れると思ったら大間違いです」


「前の教訓も生かし、先に話を詰めたであろう?」


「当日にお願いすることが先に話を詰める、というならそうなりますね」


 シキの役職はあくまで世界魔術機構の一嘱託魔術師でしかないので、本来ならばもっとレインに敬意を払うべきだが、シキはこれまで、自らが持つ《治癒の魔術》の希少性から、様々な依頼を半強制的に受けさせられてきた。


 具体的に言うと手の負えなくなった重傷患者の治癒や、国家の重鎮の治療など、そういった断ると後々厄介ごとに発展しかねない依頼をレインが直々に持ってくるのだ。


 断ることも出来る、とレイン本人は言うが、そうした場合より厄介事に巻き込まれやすくなるのはシキである。


 言葉の節々にトゲが混ざるのもさもありなんといったところだ。


「ほれほれ、そう邪険にするでない。ちゃんと相応の報酬も用意しておる。そんな顔をしておると、美人が台無しじゃぞ?」


「むぅ……報酬とか要らないので、帰って良いですか?」


 美人が台無しと言われて、シキは笑顔を取り繕いながら、そう返す。


「ふむ……別に帰っても良いが、そうなると代役をどう立てるか、非常に困るのぅ……」


 ちらり、とシキを流し見ながら、レインは見た目だけならばかわいらしく首をかしげる。


「そ、その手には乗りませんよ!」


 もっともその腹の内はそう言うとシキが断らないことを知っていてのもので、さらにその行動理念は自身の世界魔術機構の繁栄の為という、かわいらしさとは無縁のものである。


「おぬしと同じ異世界から来た者達で、機構に待機している嘱託魔術師は少ないからの。はて、誰に任せたものか、困ったのぅ」


 ちらちらとわざとらしく見ながらの台詞が、ちくちくとシキに刺さる。


 明らかに煽っている。誘われている。これは罠だ。シキは自分に言い聞かせる。わかっている。だから、意を決して答える。


「……もう、わかりました、わかりました。引き受けます」


「おお、そうか。恩に着るぞ」


「調子がいいんですから……」


 もしもクレア辺りがこの会話を聞いていたなら、間違いなくこう思っていただろう。


 ……シキ、ちょろいなぁ……と。


「ふむ、そろそろ見えてきたようじゃの」


 言葉を交わしているうちに転移のポイントが見えてきて、会話はそこで一時中断となった。


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