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忘名のステラスフィア  作者: 霧島栞
二幕
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42話

 その翌日。


 シキは世界魔術機構の敷地と、ミラフォードの市街区とを繋ぐ道で風景を眺めていた。


 世界魔術機構の敷地は小高い丘に立地しているので、自然と市街区へと続く道は下り坂になってゆく。故にシキはその小高い丘から続く道で美しい街並みを一望し、続けて振り返ってかろうじて見える魔術学園の建物を見てその風景に懐かしさを噛みしめた。


「そういえば、わたしが初めて機構に来た時もこんな晴れた日だったなぁ」


 言いながら、シキは世界魔術機構へと背を向けて歩きはじめる。


 透き通る空は二年の時を経て見慣れ、旅立つ心はあの頃のように不安と焦燥に満ちてはいない。さらに遠くの空には大陸が浮かんでいて、シキの思い出の中の風景とはかなり違うが、陽気だけはあの時のままだ。


 雨がほとんど降ることのないステラスフィアでは、季節というものがほとんどない。


 ミラフォードはほとんど暖かな気候が続く大陸中央に位置しているので、一年を通して気候はほとんど変わらない。


「……懐かしいね。ねーさま?」


 隣を歩くセラも、その時の思い出をシキと共有している。


 前に言っていた、シキの思い出を夢で見たというアレだろう。


「うん。って、そういえばセラはわたしの思い出を、どこまで知ってるの?」


「ん。聞きたい……?」


 ふと気になって尋ねたシキに、セラは含みのある笑みを浮かべて返してきて、シキはあれ、これ問うべき質問じゃなかったかな。なんて後悔しそうになるが、気になった好奇心は止められない。


「なんか聞くの怖いんだけど、セラがわたしのどの記憶を知ってるのかは気になるし……うん」


「ねーさまが、お風呂入ってる時に」


「セラ、セラ、ストップ。ちょっとまって」


「……?」


 不思議そうな顔をして見て来るが、シキは表情に笑顔を張り付けながらも内心叫び声を上げていた。


 ……何を言おうとしてたかは定かではないけれども、セラ? その記憶は、その、いろいろとまずいんじゃないでしょうか?


「……えっとね……それとは違うところとか、ほら、もっと重要な記憶とかさ」


「……ねーさまは、脇腹が弱いとか?」


「それ重要なの!?」


 シキは驚く。どこで知ったのそんなこと!? と聞きたかったが、それも聞くのが怖かった。


 むしろセラは良く布団に潜り込んでくるので、その時にふとした拍子に気が付かれたのかも知れないが、仮に違う答えが返ってきたら怖い。


「ん。セラにとっては、重要なこと……」


「そ、そう……」


 自信あり気に言うセラに戦慄しながら、シキはこの件についてはあまり追求しないことを心に決めた。下手に手を出すと火傷では済まない気がした。触らぬ神に祟り無しだ。


 そのまましばらく歩いていると、市街区の風景が見えてきて、まばらに人の姿が見え始める。


 先の黒い影のアルカンシエルが都市に現れた件……《黒影襲撃》は街のあちこちに傷痕を残しており、その修繕に対しても魔術師がかりだされているようでちらほらと知った顔が視界をかすめる。


 前に比べればまだまだ活気は足りないが、一週間ほど経ってやっとのことで、ミラフォードの街は元の姿を取り戻しつつあった。


「ここも、魔術師が一番初めに直したみたいだね」


 足元を眺めながらシキは言う。


 その場所は少しだけ他の石畳とは違い、間新しい色をしていた。


 少しだけ狭くなった道幅およそ十メートルほどの横に湾曲した道が伸びる十字路。


 キョウイチ達やシキが黒い影のアルカンシエルと戦った場所であり、黒い影のアルカンシエルの魔術によって作られた氷塊が落ちて陥没していた場所でもある。


 あれだけのことがあったというのにすっかり元通りとなっている道に、シキはやっぱり土属性を使うことが出来る魔術師が居ると楽でいいなぁ、と思う。


 それと同時にこの場所で血塗れになって倒れていたカナデの姿を思い出し、シキは視線を伏せる。


「……結局カナデは、目覚めなかったしね」


「ん……カナちゃん目覚めなくて、残念?」


 そう言ってセラは、俯いているシキの顏をのぞき込むようにして見る。


 セラの青い瞳がシキの灰色の瞳をとらえる。


「……残念なのかな。カナデに会うのも少し怖いから、ちょっと安心してるかも。あはは……」


「ねーさま……」


 力なく笑うシキに、セラは少しだけ悲しそうな顔をする。


 女々しい、と思うかもしれないが、セラにはシキの気持ちは痛いほどわかっている。


 あの暗闇の中で目が合ったシキの顔は、狂気と紙一重の恐怖に歪んでいた。親しい相手なのに、いや親しい相手だからこそ、絶望に染まったその表情はどこまでも悲痛で、その表情はセラの脳裏に焼き付いて離れない。


「それにね、どっちにしろカナデは連れてくるつもりはなかったんだよ?」


「……そうなの?」


 切り替えてそう言うシキに、セラは問う。


「カナデはまだまだ発展途上だし、ミスト相手なら別に問題はないかもしれないけ

ど、正直今のままだとアルカンシエルと対峙したら十中八九怪我では済まないと思う」


「……ん。……確かに」


 少しだけ考えて、合点がいったのかセラもそれに同意する。


「この前のは運良く《呪い》持ちじゃない比較的弱いアルカンシエルだったからよかったけど、それでも長時間戦える感じでもなかったし、やっぱり機構でちゃんと学ぶのが、強くなるには一番だと思うしね」


 そしてその強さは、誰かを守る力であり、自分を守る力でもある。


 本音を言えば一緒に……と思わなくもないが、しかしカナデがシキの事を覚えているという可能性は限りなく低いし、加えて問題はどこまで忘れてしまっているのかということもある。


 結局のところシキが怖くて目覚めるのを待つことが出来なかった、ということもあるのだ。


 そんなことを考えていると、シキはつくづくこう思ってしまう。


 ……ああもう、わたし、ほんとダメだなぁ……。と。


 キョウイチやキリエやクレアに話しかけることも出来ず、他の魔術師の知り合いにも声をかけることも出来ず、実の妹にさえ面と向かって話すのを恐れている。だいぶ精神的にも不安定な状態なのは、自分でも自覚している。だが自覚していながらも、今はまだ言い訳をしながら進むくらいの心の力しか残っていないのだ。


 ……セラにも甘えてばかりだし、それもどうにかしないといけないし、でもまだどうすればいいのかわかんないし……。


「……うぅ」


「――あの!」


 そんな風にころころと表情を変えて歩いていると、シキの目の前にいきなり(シキにとっては)一人の少年が回り込んできて、シキは疑問を抱きながら、足を止める。


 ……え?


 そう思ったシキ目の前に居たのは、シキにとって予想もしない人物だった。


「え……、あ、あれ!?」


 まさか、とシキの瞳が見開かれる。


 隣のセラは、この人だれ? って顔をしているが、シキにとってはその顔はかなり印象に残っていた。


「え!? どうしてキミが」こんなところにいるの!?


 と、そう言おうとするシキの言葉を、現れた少年は遮るように言う。


 否、少年は遮るように言ったのではなく、ただその言葉を伝える為に必死になりすぎていてシキの言葉が一切聞こえていなかったのだ。


 その言葉とは――


「――いきなりで不躾ですが、白姫様! 俺を……弟子にしてください!」


 言ってそれはそれは見事な土下座を決めたのは、金髪に黒いジャケットを着たどこか線の細い少年で。


「え、ええぇぇえええええ!?」


 シキの驚愕の叫びが響き渡る。


 見事な土下座スタイルで平伏す少年は、機構から脱走して行方不明だった、少し前に黒い影のアルカンシエルに憑り付かれていた地球の同胞――


 ――水戸大樹、その人だった。


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