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忘名のステラスフィア  作者: 霧島栞
二幕
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41話

 結果的に言うと、旅立ちの当日までシキは他の誰にも声をかけることが出来なかった。


 世界魔術機構の施設はセラに代行してもらうという形で利用することは出来たし、キョウイチやキリエやクレアの部屋の場所は知っている。大体の行動パターンも知っているので話に行こうと思えば話に行けたのだが……シキは拒絶されることが怖くて結局会いに行くことが出来なかった。


「あーあ……ダメだなぁ……わたし……」


 自分の心の弱さを嘆きながら、シキはベッドの横に女の子座りでぺたんと座って、ここ数日で整えた旅の準備の確認していた。


 因みにセラは自ら嘱託魔術師の辞任手続きをしに行っている。


 レインに機構から去れと言われたのはシキだけで、それもミラフォードから出てゆく必要もなかったのだが、しかしシキは今のところ一文無しの、言ってしまえばセラのヒモのような状態だ。


 存在の痕跡を全て消されているのだから、預金が残っているはずもなく。

今着ているホットパンツに白いインナーとジャケットを組み合わせた服装もセラがお金を出してくれたものである。


 しかもこの服には機構の制服と同じく、しっかりと言語魔術による強化処理が施されている為ちょっとやそっとじゃ破れなくなっていて、結構な値段がする。隣に置かれている細剣にしたってそうだ。レイピアのような突き刺す剣ではなく、切れ味を求めた薄い刀身に、精巧の極みを持ってして緻密な魔術言語が掘られ、こちらも相当な値段の一品となっている。


 セラは普段お金を使うことがあまりないので「気にしないで、ねーさま」などと言っていたが、気にしないでで済ませられる金額ではない。


 具体的に言うなら、剣と服を合わせて、数年は遊んで暮らせるほどの金額だった。


 だがそんな大金、普通に働いていたのでは容易に返せるものではない。


「……なんなら、セラが養ってあげてもいいの」


 なんて言葉も聞こえたが、そちらはさすがに冗談だろう。冗談だと思いたい。自分よりも四つも年下の、まだ十四歳の少女に養われるなんてさすがに人としてどうかと思う。


 でも少しだけ想像してみた。


 ――ミラフォードの居住区に小さな部屋を借りて、世界魔術機構で働いて帰ってきたセラに「おかえりなさい、セラ♪ お風呂にする? ご飯にする? それともわ・た・し?」なんて言ってセラも「……ん、全部、ねーさまとする」なんて、一緒にお風呂に入ったり寝たりする甘々な毎日。寝る時にぎゅっと抱きしめたら、幸せそうな笑みを浮かべて「……ねーさま、好き好き」などと言うセラを妄想すると、それはそれでいいのかも……なんて顔がふにゃふにゃとにやけてしまうが、しかし直後はっとなってシキは邪な考えを振り払う。


 ひょっとしたらそれは幸せな毎日なのかもしれない。


 けれどもそれはただの現実逃避であり、やさしくしてくれるセラに甘え続けるだけなのだ。


 そんな毎日、いつかどこかで破綻する。


 だがセラに借りているお金を返そうと思えば、それこそ嘱託魔術師としての機構の依頼を受けるくらいしか手はないだろうが……その道は既に閉ざされてしまっているので、結局は出稼ぎに出るしかないという結論に至って、今の旅の準備に至る。


 世界魔術機構に所属していない魔術師の数はかなり少ない。


 しかしだからこそ世界魔術機構を擁する中立魔術都市ミラフォード以外の町村都市国家は自らの助けとなる存在に餓えている。


 はっきり言って、ステラスフィアの軍事バランスは、中立魔術都市ミラフォードに偏りすぎている。


 人類の共通の敵であるアルカンシエルと戦うという名目があるとはいえ、正直戦力がミラフォードに偏りすぎているのだ。


 各都市の要請には出来る限りは手を貸すし、町村の要請に対しても同じ姿勢ではある。だがそれは本当に出来る限り、であり、一定以上の損失が予測される要請に対しては極端に動きが悪くなる。


 魔術師の存命を第一に考える……それは最高責任者レインが掲げる絶対の意向であり、シキが見ていた間ずっと変わっていない不文律だ。


 どうしてレインはそこまで魔術師の命を重く見るのか。


 命は平等だなどと聖者のようなことは言わないし、無為に死ぬだけとわかっていて死地に向かうことなどはシキも絶対に嫌だ。アルカンシエルと戦う為の戦力を減らさない為に、とそう言ってしまえばそれまでだが、しかしそれでもシキから見てレインのその姿勢は目に余るところもあった。


 アリスが残した記憶の中でレインは仲間を大事にしている女の子だったから、もしかしたらそれが関係しているのだろうかと思わなくもないが……今はさておき。


 そういう理由もある上に、世界魔術機構に属さなければまともな言語魔術の訓練も出来ないことから、ほとんど技術の独占状態となっている。


 だからこそ、無所属の魔術師というのはそれだけで誰からも目を付けられる存在なのだ。


 得意とする属性にもよるが、小さな町であれば一人魔術師が居るだけで、アルカンシエルの下位体であるミストを退けることができるだろう。


 アルカンシエルとは違い、ミストは《呪い》を内包していない。


 ミストは《白樹海》からわずかに漏れ出た概念と、そこに含まれていた《呪い》の残滓によって、人を憎むようなった獣のことを指す。


 中にはその身を大きく変質させるほどの憎悪を獲得する個体も存在するが、基本的には普通の獣と変わらないか、もしくは一回りか二回りほど大きな見た目を持ち、身体能力においてもその枠組みを突破することは無い。


 それ故にミストの討伐は基本的に都市を守護する衛兵や、町の若者などによる警備隊……もしくはそれを生業とした狩人や、稀に冒険者という身分の者が居て、そういったミストの討伐依頼を出す組合を《ライン》と呼んでいる。


 シキが目的としているのも、その《ライン》が発行する依頼報酬だ。


「……それに《神話》については、どのみちどうにかしないといけないし……」


 呟きながら、シキは買い物をしていた時に教会へと寄って譲り受けた星書を手に取って、深いため息を吐く。


 ここ数日間で第二節に追加されたエピソードは一つだけだったが、それがまたシキを悩ませる種となっていた。


 かつての仲間であるキョウイチたちに話をしに行くべきかどうか、ずっと悩んで悶々としていたせいなのかどうかはわからないが果たして――星書に刻まれた新たな記述で、アンジェは人と会話をするのが苦手な引き籠り天使となっていた。


 その記述を見た瞬間、シキは吹き出した。


 シキに引っ付いて見ていたセラも開いた口がふさがらなかったようだ。


 ……まずい。このままでは非常にまずい。


 ここでようやくシキはこの《神話》の本当の意味でのまずさを知った。


 レインが言っていた通り、この《神話》は何らかの法則性を持って、主にシキの行動を元に記述を増やしてゆく。


 そして増えた《神話》の記述に至っては、書かれたと同時にその記述を既に知っているものとして認識してしまう。


 これが示すところはつまり。


「私生活が……筒抜けとか……」


 正直レインが言っていた機構の情報漏洩がどうとか、そんなこと一切合切がどうでも良くなるくらいに、これはまずい事態だった。


 何かすれば《神話》の記述が増えてしまうかもしれない。


 けれども何もしなくても《神話》の記述は増えるのだ。


 後者の場合は、主にダメな方向へ。


「もしセラと甘々な生活とかしてたら、癒し(笑)のヒモ天使アンジェとか書かれてもおかしくないじゃない……っ!」


 いやまて。主婦として毎日家事に勤しんでいたら、ある意味癒しの天使に……。


「……はっ」


 あまりにも現実逃避な思考に、シキは思わず鼻で笑ってしまった。


「……ねーさま、どうしたの?」


「ひゃわぁ!?」


 そんなことを考えていたらいつの間にか戻ってきたセラに声をかけられて、シキは驚きのあまりびっくりして立ち上がる。


「せ、セラ、手続きは終わったの?」


 そんなシキの動きにセラも少し驚いたようだが、セラは「……ん」と小さく頷いて返す。


「……これで、ねーさまと同じ、無罪放免」


「や、セラ、それなんか違うから……」


 言いたいことがわかるような、わからないような。


「でも、嘱託魔術師の位まで捨てなくてもよかったのに。あった方が色々便利なこともあっただろうし」


「……ねーさま、セラと一緒なの、うれしくない?」


 上目使いで言われて、シキは、あうー……と心の中で呟きながら、答える。


「……もちろん、うれしいに決まってるじゃない」


 シキはどこまでもちょろかった。


 ギャルゲのヒロインだったら、一日目で攻略終了必至である。


「……ん」


 うれしそうにそう呟いて頭を差し出してくるセラの頭を撫でながら、シキは隣の二つのバッグを眺めて、出発は明日かな……なんて、少しだけ寂しい思いをごまかすように、手の平に感じる柔らかさと温かさを感じていた。


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