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忘名のステラスフィア  作者: 霧島栞
二幕
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39話

「うー……まだくらくらするー……」


 世界魔術機構の統括本部への並木道を歩きながら、シキは未だ熱の引いていないように思えるこめかみに手を当てながら愚痴るように呟く。


「……ねーさま、大丈夫?」


「うん、大丈夫だけど……あれは消耗が激しすぎるね、3分も持たないとか……」


 某ヒーローかとシキは思う。いや、某ヒーローなら3分は持つのでまだましだ。実際の時間的には十数分は持っているように見えたとしても3分。これは不文律だ。


「やっぱり元々はアリスの使ってた魔術だから、訓練してどうにかもう少し長く使えるようにしないと使いどころが難しいね」


 圧縮された言語支配域……《領域》の維持だけならまだしも、その《領域》の法則の書き換えや、省略詠唱からの魔術の行使など、二つのことを同時にしようとすると負荷が酷い。


 ましてや《神話武装》などなおさらだ。


 あの時はアリスと身体が入れ替わった直後だったので、普通に使えていたが、今のシキでは恐らく使うことすらできないだろう。もっとも、どちらにせよ今は別の理由で《神話武装》が使えないのだが。


 ともあれ前者にしても慣れればある程度使えなくは……と思わなくもないので、やはり地道に反復練習する以外は方法がないだろう。


「……でも、ねーさま、なんだかうれしそう?」


「う……、まあ、そうかな……わかる?」


「それだけにやにやしてれば、まるわかり……」


「あう」


 ……そんなににやにやしてたのかな、わたし。


 そう思うシキだが、実際傍から見ればセラでなくてもごきげんなことが一目でわかるくらいにシキは思いっきりにやけていた。スキップしていたっておかしくないくらいだ。うきうきモードだった。


「だ、だって、今までこうやって普通に言語魔術を使うことが出来なかったから、少しくらいにやけたっていいじゃない」


 不謹慎だと思っていても、にやけは止められない。


「ん……ねーさま、すてき」


「そう言われると、なんだか逆に照れるけど」


 シキの事ならほとんど全肯定なセラの言葉に、シキは逆に恥ずかしくなって少し自重しようと思いなおす。


 しかしこれまで治癒の魔術しか使うことのできなかったシキは、自分だけで言語魔術を使うことが出来るということがものすごくうれしいのだ。


 皆が戦っている中、自分だけが守られて、傷つけられてゆくのを……そして絶対的に手遅れな状況、死んでゆくのを見ていることしかできなかったのだ。


 けれども今は違う。守られるだけではなく、自分が守る側に回れる。その事実が、どうしようもなくうれしいのだ。


「そういえばねーさま、治癒の魔術は、使えない?」


 使える、ではなく、使えない、と聞いたところでセラも大体は察しているのだろう。


「治癒の魔術は、もう使えないね」


 元々治癒の魔術は《白樹海》のアリスとパスが繋がっていたからこそ使えた魔術なのだ。


 もし今同じことをやろうとしたら、恐らく詠唱を始めた瞬間に意識を失うか、下手をすれば廃人になってしまうだろう。


「ん……残念」


「でも、その分《詩歌詠唱》では負荷もかからなくなったし、まだ試してないけど普通に言語魔術も使える……と思うよ?」


 こちらも確証はないが、まず確実だとシキは思っている。


【不滅の灰】を使っていた状態でも、二節か三節にまで届こうとする魔術を使うことが出来たのだから、普通に魔術を使うことも可能なはずだ。


「白姫様は、引退?」


「あはは……そうだね」


 笑いながら、シキは少しだけ寂しく思う自分が居るのもはっきりと感じていた。


 白姫様と呼ばれることも、恐らくきっと無い。


 今はもうセラだけがその呼び名を知っており、誰もシキの名前など覚えていない。


「…………」


 唐突に不安を感じて、シキはそっとセラの手を取る。


「……ねーさま?」


「セラの手、あったかいね」


「……ん」


 軽く握ると同じように少しだけ握り返してくる感触があり、それがなんだかうれしい。


「……ねーさまの手も、あったかい」


 きゅっともう一方の手を添えて握ってくるセラに、セラかわいいなぁ……とシキは和んで不安を消して、そのまま手を繋いだまま並木道を歩いてゆく。


 ほどなくして世界魔術機構の統括本部へとたどり着き、少々名残惜しかったが、シキは手を離して中へと入る。


 セラも同じだったのか、少しだけ残念そうな顔をしていた。


 一階のフロアに入ると、依頼を受けに来ていた嘱託魔術師や職員たちの話し声が少しだけ収まり……入ってきたシキとセラへと視線が集中する。


「…………」


「みんな……見てる?」


 ぽつりと言ったセラの言葉で露骨に目を逸らす者も居たが、数はあまり変わらない。警戒するような視線ではなく、真新しい機構の制服に身を包むシキ見て誰だろうかと訝しんでいる節が見られるところから、まだシキの情報が拡散していないのだろうことがわかる。


「すいません、レイン様と会う約束をしていたのですが聞いていませんか?」


 ぶしつけな視線を感じながらも、今後もこういう状況が続くのだろうかと思いながら、シキは受付へと尋ねる。


「確認いたします。……シキ=キサラギ様でよろしいですね?」


 シキからすれば見知った相手からの、相手からすれば見知らぬ誰かへの問いに、シキは瞳を僅かに伏せながら「……はい」と答える。


「少々お待ちください」


 受付の女性はそう告げて、奥へと歩いて行った。


「……ねーさま」


 隣のセラが、シキの手に触れる。


「……大丈夫だよ、セラ」


 シキは気遣ってくれるセラへと小さな笑みを浮かべて返す。


「おまたせしました……確かに承っております。こちらを使って最上階へ来て欲しいと」


 少しして戻ってきた受付の女性がそう言って渡してきたのは、真っ黒なセキュリティカードだった。


「使い方は……」


「あ、大丈夫です。わかっているので」


「……わかりました。では、レイン様がお待ちですので」


「……あー」


 懐疑的な目を向ける受付の女性に、シキはわかっていても少し気落ちしてしまう。


 それと同時に、少しやらかしたことへの反省も。


 受付の女性からすればシキが世界魔術機構の情報を知っているというのは疑わしすぎる事柄だ。どこの誰とも知らぬ輩が世界魔術機構の最高責任者に呼ばれて来て、さらには見たことも無いだろうし持ってもいないセキュリティカードの使い方を知っている。


 どう良心的に考えても、怪しいことこの上ない。


「……セラ、いこ」


 周囲からの好奇の視線にも耐えきれず、シキはセラの手を引いて早足で職員専用のエレベータへと向かう。


 スイッチを押して扉を開け、エレベータの中に入ると、シキは階層ボタン横にあるカードスリットにセキュリティカードを通し、14階のボタンを押す。


「はぁ……」


 ゆっくりと動き始めたエレベータの中で、シキは深くため息を吐く。


「知ってたけど、あの反応は想定外……」


 セラが言うのは周りの好奇の視線や、受付の女性の懐疑的な目の事だ。


「向こうからすれば、わたしは知らない人だしね」


「むぅ……」


 自嘲気味に言うシキに、セラは不満の声を漏らす。


「少し言動も気を付けないとね……」


 言いながらシキは、ぐったりとエレベータの壁にもたれかかる。セラはそのシキにぴったりとくっつく。


「……あうー……」


 寄り添って来たセラに頭を傾けてもたれると、セラもそれに倣うように体重を預けてくる。


「……ねーさま、辛い?」


 ぽつりと言ったセラの言葉に、シキは静かに頷く。


「……うん、少しだけね」


「ん……」


 弱音を吐くシキに、セラはシキの頭へと手を乗せて撫でて言う。


「……セラ分、要る?」


「んー……、セラ分って言いにくいねー……」


 言いながらもシキは最上階に着くまでずっとセラに撫でられたままで、最上階に着くころには割と元気を取り戻していて、セラ分すごいなぁ。と思った。


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