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忘名のステラスフィア  作者: 霧島栞
二幕
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38話

 予定の時間までまだ少し時間があったので、少し試したいことがあると言ってシキはセラを連れて第四修練場へと来ていた。


 嘱託魔術師専用の修練場は全部で四つあると言ったがその内訳は、室内で動きやすく、基本的なトレーニングなどに向いた第一修練場。広くて様々な用途に使うことが出来る多人数が修練するのに向いている第二修練場。立体的な戦略などを練る場合に使われる、少し複雑な地形をした第三修練場。そして今回シキが来ている、第四修練場その場所は、より実践的な、所謂仮想シミュレータによるアルカンシエルとの戦いを想定した修練場だった。


 無機質で一部が強化ガラス張りとなった百メートル四方はあるであろう大きな部屋の中で、シキはアルカンシエルに囲まれていた。


「これだけ見れば、向こうよりも科学が発展してるように見えなくもないよね」


『……ねーさま、これでいいの……?』


 シキの独白に相槌を打つようなタイミングで、スピーカーを通してセラの声が聞こえてくる。


 その声音はどこか心配そうで不安そうだ。


「うん、ありがとう」


 その声にシキは大きな声で返して、周囲のアルカンシエルをざっと見る。


 数は三体。全てのアルカンシエルはシキよりもかなり大きな身体を持ち、一番大きな個体で三メートルほどはあるだろう猪を模した電流を纏うアルカンシエルや、全長だけならばそれを上回りそうな火蛇のアルカンシエル、さらには二メートルほどもある甲殻を纏った蜂のアルカンシエルと、バリエーションに富んでいる。


 正直《色持ち》の個体で、この量のアルカンシエルと出会ったならば、誰もが一目散で逃げの一手を打つだろう。巨大な獣というだけでも十分脅威だというのに《呪い》まで内包する個体とあらば、本来一匹につき一部隊で狩る相手だし、それでも下手をすれば死傷者が出る。


 第四修練場の仮想シミュレータは、魔術師がこれまで戦ったことのあるアルカンシエルの記憶を元に疑似的にアルカンシエルを構築する装置だ。


 より実践的な戦いを学ぶために、嘱託魔術師になったら一度はやっておきたい通過儀礼的なものでもある。


 もちろん仮想シミュレータであるが故に、攻撃が当てられたところでダメージを負うことはないが例外はある。


 雷猪が纏う雷電はバチバチと音を立てて、威嚇するように立ち上がる火蛇もその身に纏う炎によって床を焦がす。ブゥ―――――ン大きく耳障りな羽音を鳴らしている甲殻蜂にしたってそうだ。あまりにも存在感が現実過ぎる。


 それもそのはず。この仮想シミュレータにはより本格的な実践を模す為にアルカンシエルに本来と同等の質量、重量を持たせることが……つまり、そのまんまアルカンシエルと戦うことが出来るよう、リミッターを外すことが出来るのだ。


 その原理は言語魔術の種類で言うところの《人形使い》に近しいところはあるが、この仮想シミュレータの装置はそれとは少し異なる科学と言語魔術の融合によって作られている。


 ほぼほぼ完璧なアルカンシエルを作り出すことが出来る技術ともなればアルカンシエルとの戦いに使えそうな気もしてくるが、複雑な魔術言語による術式がびっしりとちりばめられたこの部屋一つ作るのに、数十年もかかっている。


 しかも疑似的にアルカンシエルを作ることが出来ると言ってもこの仮想シミュレータ室内だけだし、セラほどの錬達の魔術師をもってしても三体が限界だ。


 それならば普通に戦った方が早く、とてもではないが実戦では使えるものではない。


 加えて現在の魔術師、言語魔術単体では先に述べた《人形使い》という、無機物に命令を吹き込み自在に操ることくらいが関の山だ。


『ねーさま……』


「もう、そんな心配しなくてもだいじょーぶだよ」


 もしもの為にリミッターは完全に解除していないので、仮にアルカンシエルの一撃を喰らったところで死にはしない。


 それよりなにより、


「《領域展開》 <<<【不滅の灰】」


 言い放つと同時に、服が消えて灰色のドレスがシキの身に纏われる。


 この【不滅の灰】という魔術は、元々この身体の持ち主だった少女、アリスが得意としていた言語魔術だ。


 本来身体が入れ替わったからといって相手の魔術を使えるようになるなんてことはない。


 だからこの魔術は、アリスの置き土産のようなものなのだ。


 恐らく身体が入れ替わる時にアリスが紡いだ術式、それによって流れ込んできたアリスの記憶の一部によって、この魔術が使えるようになったのだろう。


 灰色のドレスを身に纏い、雰囲気が変わったシキにアルカンシエルが襲いかかる。


 まっすぐに向かってくる雷猪のアルカンシエルの動きとは対照的に、不規則な軌道で飛びながら掴みかかろうと針を刺そうとする甲殻蜂のアルカンシエルと締め上げるよう巻き付こうとする火蛇のアルカンシエル。


 目にも止まらない猛攻を、シキは魔導騎士が使う加速の魔術とは違った妙に軽やかな動きで難なくかわしてゆく。


 キョウイチのように紙一重ではなく余裕を持って……見えるように、一メートルほどの距離を取って火蛇のアルカンシエルの身体を、炎を、甲殻蜂の針を、雷猪の突進を、雷を、かわしてゆく。


【不滅の灰】は《神話武装》の前提条件のように認識されているが、実際の特性はその限りではない。【不滅の灰】の特性とは、詠唱でもあり起動キーでもある《領域展開》の魔術言語によって、自分の周囲に圧縮された言語支配域の《領域》を展開することにある。


 言語支配域を圧縮した《領域》を展開することによって何が起こるかというと、その一つは先ほどからシキがアルカンシエルの猛攻をかわし続けているような動き、つまりは領域内の法則を操ることが出来るというものと、もう一つは、


「《省略詠唱(ショートカット)》 <<<【紫の雷槍】」


 シキの手に、紫電を纏った黒い巨大な槍が現れる。


 その大きさは火蛇のアルカンシエルの全長と同じくらいはあるのではないだろうかというほど巨大で、明らかに一節程度の詠唱では成しえない、凶悪さを通り越して禍々しささえ漂っている。見た目に反して重量がほとんどないそれを、シキは反動をつけて火蛇のアルカンシエルへと投げつける。


 火蛇のアルカンシエルも身を捻ってかわそうと試みるが、しかし挙動を起こすには圧倒的に遅く、瞬きをする間に紫電の槍が火蛇のアルカンシエルを貫いて、そのまま吹き飛ばし遥か後方の壁へと縫い付けた。


「うはぁ……」


 自分でやっておきながら、シキはあまりの威力と使い勝手の良さに、若干引き気味の声を漏らす。【紫の雷槍】も本来ならば三節は必要な魔術だ。


 言語支配域の圧縮することによって得られる特性、それは言語支配域への疑似現象の展開の高速化。つまりは魔術言語を紡ぐことなく想起だけで展開することが出来るということだ。


 回避の方に使っていた魔術も似たようなもので、圧縮された《領域》の法則を変えて回避していたのだ。


 言語支配域が圧縮されているので四節、五節の詠唱が必要な大規模な魔術などは発動させることは出来ないことや、回避で使っている魔術にしても相手に領域内に入られたとしたら相手も同じ法則を得てしまうのでハイリスクな点もあるが、しかしそれでもかなり破格な魔術ではある。


 ……さすが、原初の魔術師が愛用していただけはあるってところだね。


 そう思いながらシキは残り二匹のアルカンシエルへと視線を向ける。


「《省略詠唱》 <<<【氷結の矢】」


 バリスタの如く大きな凍える氷の矢を、雷猪のアルカンシエルへと打ち放つ。


 向かい来る氷の矢をかわそうともせずに迸る雷電で迎え撃とうとした雷猪のアルカンシエルは、しかし目論見は外れて音速以上の速度で迫る氷の矢に貫かれてもんどりうって吹き飛び動かなくなる。


「あー……でもこれ、んー……」


 これだけ一方的な戦いをしておきながら、シキの反応はあまり芳しくない。


『ねーさま、すごい……』


 スピーカーからセラの称賛の声が聞こえるが、正直、シキにそんな声を悠長に聞いている余裕などなかった。


「――セラ」


 残り一体となった甲殻蜂のアルカンシエルの攻撃をかわし続けながら、シキはセラの名前を呼ぶ。


『…………?』


 スピーカーの奥から首を傾げるような雰囲気が伝わってきて、シキは言葉を続ける。


「――助けて! ギブ、ギブアップ!」


 ごんっ! と言う音がスピーカーから聞こえてきたのは、恐らくきっとセラが額でもぶつけた音だろう。


『え……ね、ねーさま?』


「正直立ってるのがやっと! ごめんなさい、早く消してっ!」


『ぇー……』


 軽口を叩いていたにもかかわらず、あまりにも情けないシキの言葉に、スピーカー越しでも表情がわかるくらいに、セラは呆れた声を上げる。


 数秒後、仮想シミュレータの電源を落として甲殻蜂のアルカンシエルが姿を消した瞬間、シキはその場にへたりこんでしまった。


 その光景を上から見ていたセラは、シキへの残念さを募らせながらもこれはこれであり。なんて情けない姿でうなだれるシキを見ているのだった。


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