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忘名のステラスフィア  作者: 霧島栞
二幕
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37話

 目覚めは、驚くほどにすっきりとした目覚めだった。


 意識が浮上すると同時にゆっくりと目を開けると、澄んだ暖かな朝の光が、窓から差し込んでいるのが見えた。


「……あれ?」


 シキはそう疑問の声を漏らすも、部屋の中は寝る前と変わった様子はない。


 セラの部屋は元々あったシキの部屋よりも質素な内装で、クローゼットとベッドと机と、後は姿見の鏡が置かれている他には、あまり物がない。


 そもそもシキが疑問の声を漏らしたのは、そんな周りの風景に対してではない。


 ……何でこんなにあっさり起きられたんだろ?


 自分で自覚しているほどに、自分が朝に弱いということをシキは知っている。


 今までならば本来起きたいと思っている時間の、二時間ほど前に起きる予定を入れておかなければ、確実に起きられないくらいだったのだ。


「んー……?」


 あまりにもすっきりとした頭で考えながら、とりあえずシキは布団から身体を起こす。


「ん……みゅ……ねーさま……?」


 そのまま思考を巡らせようとしたシキの耳に眠そうなセラの声が届き、シキは声の方向に顔を向けた。お風呂に入ってすぐに寝てしまったせいで髪のそこかしこが跳ねていてセラの子供っぽい雰囲気がより際立ってはいる。


 もっともそれはシキも同じで、手櫛で何度か髪を梳いてみるとぴょこぴょこと跳ねている感触が手に残る。


「おはよう、セラ?」


 眠そうに眼を瞬かせるセラと視線が合って挨拶をすると、セラは寝ぼけているのかそうじゃないか判別がつきにくいじと目でシキを数秒間見つめて……こてんと首を傾げた。


「……ねーさま、何で起きてるの」


「……さ、さあ?」


 自分でもなぜこんなに寝覚めが良くなっているのか不思議なのだ。前ならば確実に布団の中で一時間は寝ぼけていたはずだ。


「……ねーさま……」


「や、そんな目をされても……」


 悲しそうな目で見上げてくるセラを見て、シキは苦笑するしかない。


「えっと……いいこ、いいこー」


 とりあえず機嫌を取る為にセラの頭に手を乗せてなでてはみるものの、セラのふくれっつらは変わらない。


「……ねーさま、セラははぐを所望します」


 ……しまった、子供扱いははずれだったようだ。


 拗ねたように両手を広げるセラにシキは「うー……」と視線を彷徨わせてから、予定よりも一時間以上早く起きたせいで逃げる理由を見つけることも出来ず、仕方なしに覚悟を決めてぎゅっと抱きしめる。


「……はふ」


 シキに抱きしめられたセラも、シキを抱きしめ返して、むしろシキが抱きしめる必要性があったのだろうかというくらいに抱き付いてシキの胸に頬ずりしている。


「ね、ねえセラ、もういいよね」


 何だか甘え度が上昇しているように感じたセラに、シキはすぐに恥ずかしくなってきて手を離すが、しかしセラは依然シキに抱き付いたまま離れようとしない。


「まだ、ねーさま分補給中……」


「え、ねーさま分ってなに」


「セラの、主動力……」


「えぇ……」


 さらにはそんなことを言うセラに、シキは少し呆れながらも所在無さげに離していた手が何だかさみしくなってきたのなんとなしにセラの頭に手を乗せて、


「もう、しょうがないなぁ……」


 そう言いながらセラの頭と髪をやさしく撫ではじめる。


 ……ああ、我ながらちょろいなぁ。


 シキはそう思いはするが、もはやシキのそれは性分のようなものなので直りようがない。


「ん……」


 ……………………。


 ……………………。


 ……………………。


 暫くの間そうやって、抱き付いてきて気持ちよさそうに目を細めるセラの頭を撫でいたが、シキはふと思いたってセラへと尋ねる。


「セラ、セラ?」


「……ん」


「そういえばわたし、服何着ればいいの?」


 シキが今身に着けているのは、セラに買ってきてもらった白い下着とシャツだけだ。


 着ていた黒いシャツとジーンズは雨に濡れた地面に倒れた時に汚れたまま乾いてごわごわになってしまっているし、昨日はすぐに寝てしまったので洗濯などしていない。


 さすがに今から洗濯をする時間も無いし、まさか汚れた服をまた着るわけにはいかない。それは勘弁してほしいところだ。


 そう思ってシキは聞いたのだが、


「……どんな格好でも、ねーさまはすてき」


「え、わたしこの格好のまま外に出るの!?」


 帰ってきた答えに、シキは声を荒げてツッコミを入れる。


 裾が長めのシャツなので下着は隠れるかもしれないが、しかし隠れたからといって下着+シャツで公衆の面前を歩くとか、想像しただけでも顔から火が出そうなほど恥ずかしい。


「ねーさまの魅力で、みんなイチコロ」


「さすがにそれはないと思うよ、セラ」


「ん……セラも、ちょっとないとは思ってた」


 どうやらセラも本気でそうは思っていなかったようで、シキはほっとすると同時に本当にどうしようかと思う。


「うーん……セラの服を借りるわけにもいかないし、っていうか、サイズ的に借りられないし」


 セラの身長は140センチくらいだ。


 160センチほどのシキとの身長差だと、借りるのも難しい。


 シキも体型はスリムなので、ものによっては入らないことはないかもしれないが、丈が合わない上に別の問題としてセラはあまり服を持っている方ではない。


「ん……部屋にあったねーさまの服も消えちゃってるから、残念……」


 抱き付いていたシキからようやく離れて、クローゼットを開けて中を見ながら気落ちした口調で言うセラの言葉はどこかニュアンスがおかしかった気がしたが、シキは気にしたら負けだと思い込む。……たとえあれはいつの時だったか、気が付けば服が何着か無くなっていたという記憶があったとしても。世の中には触れてはいけない事柄というものはある。


 単に聞くのが怖かっただけでもあるが。


「それで、本当にどうしよっか」


「……あ」


「良い案があるの?」


「ん……あまり良くはないけど……カナちゃんの制服を借りればいいと思う」


「え、カナデのって……カナデも、制服要るんじゃないの?」


 話の流れで何の疑問も抱かずに放った問いに、セラは驚いた顔を少しだけ見せて、答える。


「……ねーさま、知らなかったの。……カナちゃんは今、意識不明なの」


「……意識、不明……?」


 セラの言葉の意味が理解できず、シキは反芻する。


 いや、言葉の意味自体は理解していた。けれどもそれが指し示している可能性を考えるのが酷く怖く感じて無意識に拒絶していたのだ。


 黒い影のアルカンシエルを倒すことが出来たから、皆は無事だったと思い込んでいた。


 むしろその後の出来事が衝撃的すぎてシキは忘れてしまっていた。


 あの黒い影のアルカンシエルとの戦いの時に、カナデが血塗れで倒れていた、そのことを。


「カナデは、大丈夫なの!?」


 得体のしれない焦燥感に駆られて、シキはセラに問う。


「……ねーさま、落ち着いて。怪我も見た目より酷くはなかったし。慣れてない状況で魔術を使用し過ぎたから意識がまだ戻らないだけなの」


「――そ……っかぁ……よかったぁ……」


 都合の良い話かもしれないが、シキはセラの説明を聞いて安堵する。


 未だ意識不明という状態では、まだ完全に安心できるとは言えないが、それでも。


「カナちゃんがそんな状態だから……カナちゃんの制服なら借りられると思うの。……部屋の鍵も、預かってるの」


 言って机の引き出しから鍵を取り出して、シキに見せる。


 本人の了承も無しに勝手に持ち出すのもどうかとは思ったが、制服を売っている売店は朝の時間には開いていない。


「じゃあ……お願いしようかな」


「ん」


 このまま部屋の中から出られなければ何もすることは出来ないので、シキはやむなくセラに頼んで制服を持ってきてもらうことにした。


 その約十分後、取りに行ったセラがカナデの制服を腕に抱えて戻ってきて、シキはそのままカナデの制服に袖を通してみると、丈も裾もぴったりで同じような身長で良かったと思ったのも束の間。何故か胸の部分だけが少し余ってしまい、シキは悔しいようなそこで悔しがってはいけないような何とも複雑な気分にさせられる。


「ねーさま、どんまい」


 胸に手をあててしかめっつらをするシキに、セラは言う。


「……セラには、言われたくないなぁ」


 まだ14という年齢なので今後の伸び代には期待できるのかもしれないが、それでも今現在では胸の起伏などほとんどないセラに言われると釈然としないものがある。


「……元々男なのに、ねーさま気にしすぎ」


 ぼやきながらも唇を尖らせるシキに、セラの一言が刺さる。


「う……っ! だって、ねぇ?」


 何がねぇ、なのか。


「ほ、ほら、兄としての威厳とか!」


「…………」


 ――ねーさま何言ってるの、胸の大きさで兄の威厳とか。


 そんな言葉がセラの無表情から見てとれてしまい、シキも笑顔でこう返す。


 ――ですよねー。


 がっくりとシキはうなだれる。


「うん、ごめんなさい……」


「ねーさま……」


 目を逸らすシキの頭を背伸びして撫でて来るセラに、同情するなら胸をくれ、とやけくそ気味に心の中で思いながら、その後、セラの強い主張によってお互いの髪を整えることとなり、身嗜みを整えてやっとのことで部屋を出られたのはおよそ三十分後。


 レインに話を聞きに行く、一時間ほど前だった。

 


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