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忘名のステラスフィア  作者: 霧島栞
二幕
38/77

35話

「……ありがと、セラ……」


 一時間ほど経ってだいぶ落ち着いたシキは、そう言ってセラから少しだけ身体を離す。


 覚えていてくれたことからのうれしさと心が弱っていたからか、セラに抱きしめられているということに対する羞恥心などはさほど無かったが、いつまでも泣いているわけにもいかない、とシキは安堵のあまり落ちそうになる意識を何とか繋ぎとめる。


「……でも、セラはなんで、わたしのこと覚えてたの……?」


「ん……」


 確かにシキが確認したのは尋問に来たキョウイチだけだったが、しかしこんな場所に隔離されているということは、まず確実に誰もシキの事を覚えていないからだろう。


《白樹海》に落ちることによって起こる忘却はステラスフィアに存在する全てに適応される。


 それなのに、セラは何故シキの事を覚えているのか。


「……夢を見たの」


「夢?」


「ん……。ステラスフィアに来てからの、ねーさまの思い出の、夢を見てたの」


 帰ってきた返答にシキは、そういえばセラはシキの治癒の魔術の失敗で意識を失っていたんだということを思い出す。


 セラに施した治癒の魔術の失敗。


 シキは少し前まで治癒の魔術は《白樹海》へと消えてゆく、失われゆく世界の記憶を引き出して構築しているのだと思っていた。


 しかしそれはアリスの話によって覆り、実際は《白樹海》の中に存在するアリスと魔術を行使する時に必要な《世界門》が繋がっており、アリスを介して《白樹海》の情報を引き出していたにすぎなかったのだ。


 ……だとすれば。シキは推測を続ける。


 治癒の魔術に失敗したセラの意識が、アリスと繋がっていたとすれば、セラが言っている夢の内容にも納得がゆく。


 セラが見ていた夢とは、恐らくシキの追憶の共有だ。


 アリスの身体と、シキの身体を入れ替えたことによって、パスが共有されて、暗闇の中で思い出し続けていた記憶がセラと共有されたのだろう。


 ……でも、それだと……


 セラは単にシキの思い出を夢で共有したからシキの事を知っているだけで、覚えているというわけではないのではないか?


「……それに、ねーさまがセラを冷たい氷塊の中から助けてくれたことは覚えてるの……」


 そう思うシキに、セラは続けてそう言って安心させるように微笑む。


 そっとシキの手に触れ、続けて微笑みながら両手を胸の前で重ねるその姿は、氷塊の中で眠り続けていたセラの姿そのもので、唯一違うのはセラの表情、そこに浮かんでいる幸せそうな笑顔だけ。


「……ねーさまが助けてくれて、ねーさまが抱きしめてくれて、ねーさまがセラに温もりをくれたこと……ちゃんと、覚えてるの」


「セラ……」


 シキにはセラが何故覚えてくれているのかはわからないが、その言葉はどこまでも本物で。


 先ほどまでずっと泣きじゃくっていたにもかかわらず、この涙はどこから涌き出て来るのだろうかと思うくらいに、涙が溢れ出す。


「も……もう、セラ、わたしを泣かせすぎ……」


「……ん、ねーさまが、涙もろいから」


 なでなでと頭を撫でられ、恥ずかしくも思うがシキはそれよりもうれしく感じてしまうあたり、なんだかもうセラには頭が上がらないような気がしてしまう。


「……でも」


「……ん?」


 と、シキの頭を撫でる手がぴたりと止まって、セラは少しだけ考える素振りを見せてから言葉を続ける。



「……ねーさま、元々は男だから、にーさまの方が良い?」



 言われて数秒、シキは思考が停止したのを客観的に観測した。


 え、え、え、え?


 セラ、セラ? あれ……うぇ?


 ステラスフィアに来てからのシキの思い出の夢を見ていた、とセラは言った。


 その思い出には当然のことながら仲間との思い出だけではなく、シキがこの世界来てからの記憶全てが含まれる。


 それはそれはつまりつまり。


 ――ステラスフィアに来てから、女の子の身体になったことで苦労した様々な記憶も共有しているということで。


 言葉使いで葛藤していたことや、仕草を勉強していたことや、ファッションセンスを研究していたことや、もっと言えばお手洗いやお風呂、果てには女性特有のあれこれに悩むところまで全て――


「――せ、セラ?」


「……ん」


「えっとね、えっと……セラ、さっき、ステラスフィアに来てからのわたしの思い出を夢で見たって言ったけど、それって……どこまで?」


 問い掛けると、セラは可愛らしく首を傾げてから……おもむろについ、と視線を逸らした。


「…………ねーさまの、えっち」


「ちょ、ちょ!? セラ、何見たの!? 何見たの!?」


「……言って、良いの?」


 少しだけ恥ずかしそうな表情で目だけをシキに向けて言うセラに、シキはどこまで知られているのかを悟る。


 ……あ、ダメ。これ。


 顔から火が出そうになるくらい真っ赤になっているのが、自分でもわかった。


「……言わないで、セラ……」


 別の意味で涙が出そうになるのを堪えながら消え入りそうな声で何とかそう言うと、セラも「……ん」といつものように頷いて目を逸らした。


「……それとわたしのことは、いつも通りねーさまで良いよ。他の人は誰も……知らないでしょうから」


「ん、ねーさま」


 言っていないから誰にも知られていないのは当然のことだったが、それよりも今はシキの事を誰も知らないのだから、にーさまなんて呼ばれていて変な誤解をされても仕方がない。


 二重の意味で知らないということを告げるのに抵抗があったシキは、さらに続けてセラに謝る。


「……ごめんね、ずっと黙ってて」


「ん……セラはねーさまがにーさまでも、大丈夫……。むしろ都合がいい……」


「ど、どういうこと!?」


 ぼそりと不穏な響きを残して言ったセラに、シキは驚きながら聞き返すと、


「……ねーさま、愛してる」


「えぅ!?」


 そう言って、セラはシキにすり寄るように抱き付いてくる。


 セラの言葉は、これまでに何度も何度も言われたことのある台詞だったが、その言葉にシキは返答に困ってしまう。


 ……た、確かに、わたしは元々男だから、恋愛対象として見るならば女の子になっちゃうけど、でもでもわたしも今はもう立派な女の子であって、先のことからもう男の身体に戻ることも出来なくなっちゃってるから、セラの言葉を受けると女の子と女の子で付き合うこととかになっちゃうんだけど!?


 ぐるぐると思考と目を回すシキに、セラは追い打ちをかける。


「……ねーさまは、セラのこときらい?」


「そ、そんなことない! セラの事は、その……うぅ……好きよ」


 な、なにこの羞恥プレイ! と思わなくもないが、シキが抱いているセラに対する好きという感情自体は本物だ。


「で、でも、わたしはセラの事は家族のように、妹のように思ってきてたから、この好きがその、セラが想ってくれてるような感情かはわからないの」


 異性とか同性とか、少なくともそう言う枠組みではなくセラのことを好きだという気持ちは確かなものだ。けれども、なまじこれまでそう言った感情を、異性として意識したことがなかっただけに、このタイミングで言われると答えに困ってしまう。


「…………むぅ」


 セラもシキと記憶を共有している部分があるのだろうからそこはわかっているのだろう。


 少しだけ拗ねるように頬をふくらますも、仕方ないといった表情が浮かんでいるのがわかる。


「……ねーさま、女々しい」


 だがそれはそれ、これはこれ。


 セラからすれば不満に思うのは仕方ないことで、セラの言葉がシキの男としてのほんの少しのプライドをぐさりと突き刺すが、


「だ、だって……わたし、女の子だし」


 シキに男としてのプライドなど、最初からなかったようだ。


 こればかりはセラも呆れ顔で、口を△にして半眼でシキを眺めるしかない。


「うぅ……」


 年下の女の子にそんな顔をされているシキにとっては針のむしろでしかないが、そんな状況でも、シキはそれがどうしようもなくうれしく感じてしまう。


 別にシキが特殊な性癖の持ち主であるということではなく、セラが覚えていてくれたことと、こうしてたわいもないような会話ができることが、どうしようもなくうれしいのだ。


 そう思うと、じーっと見てくるセラも、どうしようもなく愛しく感じて。


「……セラ、愛してる」


 ぽつりと呟くと、セラは驚いた顔をして、シキはしてやったりなんて思う。


「む、むぅ……ねーさま、ずるい……」


 そう言うセラを見てシキは思わず笑みを浮かべ、また笑えたことに涙がこぼれる。


 ……ありがとう。セラ、大好き。


 さすがに冗談交じりではなく言うのは恥ずかしくて、シキはそう心の中でだけ言ってセラを抱きしめる。


「……ねーさま」


 いつもよりも積極的でやさしく抱きしめてくるシキに、セラは少しだけ驚きながらも同じようにシキを抱きしめ返してシキを呼ぶ。


「……少し良いかの?」


 と、そこにいつからそこに居たのか、いきなり声をかけられてシキはびくりと跳ね上がって特徴的な口調の主を視界に納める。


「れ、レイン様?」


 金髪に、金と銀のオッドアイが特徴的な少女……にしか見えない、世界魔術機構の最高責任者であるレインがそこに居て、シキは驚きのあまりセラを離して名前を呼ぶ。


「ふむ……どうやら、セラの言っておった通りのようじゃの」


「え、え?」


 レインはそんな反応をするシキを見て興味深げに頷き、え、どういうこと? とレインとセラを交互に見るシキに言葉を続ける。


「お主の話は聞いておる。白樹海に落ちて、そして戻ってきたという俄かには信じられない存在……シキ=キサラギじゃな」


 シキに視線を向けられたセラは、自分が言ったというように、頷く。


「……レイン様も、覚えてないんですね」


「……うむ。覚えていないとお主が言うこと自体が、まだ良くわからんがの」


 ……そうか、ステラスフィアの皆は《白樹海》に落ちると世界から忘れられるということも知らない上に、そのことを認識も出来ないから知りようもないんだ。


 いきなり説明も無しに言ったところで……むしろちゃんと説明したところで俄かに信じられないだろう。


 白い紙があったとして、世界の全員がそれを『黒』だと言っている中で、一人だけが『白』と主張してもその主張は他者に共有されることはない。


 同じくシキ一人が言ったところでそんな事実は誰も信じてくれなかっただろう。


 けれども今回のケースは違う。


 セラもシキのことを覚えているのだ。


 まったく知らない人物が言うのならまだしも、世界魔術機構の嘱託魔術師の中でも指折りのセラが言うのならばある程度信用は出来る。


「ふぅむ……事態は急を要するのじゃが……さすがにここで話すのもなんじゃし、お主もかなり疲弊しておる。ということで明日の朝に話を聞こうと思うのじゃが、どうじゃ?」


 シキの様子を慮ってか、レインはそう言って提案する。


「はい。……わかりました」


 実際、これまでずっと眠ることも出来ずに居たシキからすればその提案はありがたい。


「ん……じゃあ、ねーさまは、セラの部屋で寝るの……」


 そう言って立ち上がってシキを支えるセラを見て、その甲斐甲斐しさにレインはやれやれと言った様子で背を向けて扉の奥へと消えてゆく。


「そういえば、セラ、わたしの部屋は……」


 空けていたのは数字の間だろうが、妙に懐かしく感じてシキはそう尋ねる。


「……ねーさまの部屋は、カナちゃんの一人部屋になってたの……」


「そっか……」


 やはり無くなってしまっているということは悲しくはあったが、こればかりは仕方は無い。


「うん、じゃあ、お世話になるね……セラ」


「ん……綺麗にする」


 ……え、それは、部屋をだよね?


 そう思うシキの期待を裏切るように、部屋に着いた後、シキはセラと一緒に強制的にお風呂に入ることとなり、その後も当然の如くベッドも一つしかない為、恥ずかしいとは思ったがしかし久しぶりに感じる暖かなベッドの感触に、シキの意識はすぐに落ちた。


あっはっは、サービスシーンとかありませんよ?

そういうのはクレアの同人誌の中でだけにしておいてください……。

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