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忘名のステラスフィア  作者: 霧島栞
二幕
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プロローグ 「バニシング・ポイント」

 大陸を覆う概念の海、《白樹海》の中心に浮かぶように存在する世界、ステラスフィア。


 遥か昔に一人の魔術師が放った概念を崩落させる魔術によって、世界の様々な概念が失わた。


 地は崩れ大地を飲み込み、空は割れて軋み、海は枯れて虚無を晒し、輝く星々が堕ち世界を砕く。一切の希望すら抱かせない《破滅の因子》によって世界が崩壊してゆくそんな中。


 その魔術師の助手であり、本人も魔術師だった少女が崩落を食い止めて、崩れ落ちてゆく概念の中から必要なものだけを掬い取り、残った概念は世界の周囲へと沈殿させ、その最奥に《破滅の因子》を封印して新しい世界を創った。


 それがステラスフィアと呼ばれる世界であり、箱庭の楽園と呼ばれる世界だった。


 けれどもステラスフィアは平和とは程遠い脅威にさらされ続けていた。


 世界に巣食う悪意の化身。


 魔術師の少女が掬い取れなかった概念の累積した海、《白樹海》の底に沈められた《破滅の因子》が雨と共に世界へと降り注ぎ、異形の化け物――雨が降ると現れることから《アルカンシエル》と呼ばれている《呪い》の獣が、ステラスフィアに破壊をもたらした。


 人を遙かに凌ぐ膂力を持ち、上位の個体になればその身に内包する《呪い》をも操ることが出来る化け物を相手に、人類は当初抗う術を持たなかった。


 現実が幻想に蹂躙され、人は逃げ惑うしかできず多くの命が失われた。


 しかしそんなアルカンシエルの脅威に、人はただ頭を垂れて享受するだけではなかった。


 世界を襲う災厄を前に、ステラスフィアを創った魔術師である少女……片桐有州という少女が、アルカンシエルと戦うための力、《言語魔術》という技術を人々に授けたのだ。


《言語魔術》とは深層意識と既存の言語を組み合わせて己のうちにある言語支配域に現象を展開し、それを世界へと顕現させる技術である。


 無から有を生み出すことが出来る技術、と言うと万能の技術にも聞こえるが、しかし言語魔術は誰もが簡単に扱える技術ではない上に、一歩間違えれば精神が世界の深淵に捕らわれて戻って来られなくなる。


 しかしリスクがあったとしても大きな力となった言語魔術によって戦う力を得た魔術師は、世界を襲うアルカンシエルとの戦いを繰り返しながらステラスフィアとそこに住まう人々を護ってきた。


 ……しかしそれでも世界に蔓延るアルカンシエルの脅威は圧倒的で、幻想種に分類されるアルカンシエルの前では、言語魔術の力をもってしても多大な犠牲を払うことも多く、ステラスフィアはアリスが望んだ平和と言える世界ではなかった。


 厳しい戦いによって一人また一人と居なくなってゆく仲間を嘆いたアリスはある日決心する。


 それはステラスフィアという世界の、誰も知られざる一面。


 世界を創ったほどの魔術師であるアリスは、自らのその身を《白樹海》へと沈めて《破滅の因子》を抑え込む楔となり、そして……世界から忘れられたのだ。


 世界を包むように存在する《白樹海》には、《忘れ名》という忌むべき現象が存在する。


《白樹海》に落ちると、その人が持つ概念が全て《白樹海》によって奪われ、最初から世界に存在しなかったことになってしまう。


 その人の痕跡を探そうにも全ては白紙となっていて、そもそもその人の記憶は全て消滅して誰からも忘れられいるから探そうという選択肢すら生まれない、零へと還り……そして歴史は書き換えられる。


《噂》、《逸話》、そして《神話》。それらは歴史の補完に他ならない。


 事実が定かでなく観測主が居ない歴史の補完として《噂》や《逸話》や《神話》は生まれる。


 例えば、未知の殺人鬼と世間を賑わせた切り裂き魔の話がある。


 十数人の人間を切り裂いて、こつ然とその姿を消した殺人鬼の話だ。


 誰もその存在や行われた光景を見ていないというのに、人が死んでいるという結果だけがそこに残る。


 その間の行程を科学的に検証すれば細かな状況が見えてくることもあるだろう。


 だがしかし、仮にその検証自体が不可能な、存在自体が存在しない者が居たとすればどうだろうか?


 存在が無いから検証すらが不可能で、けれども結果だけがそこに残っている。


 ぽっかりと空いた空白。


 その空白を世界が都合良く書き換えて、人々の深層心理へと働きかけて《噂》や《逸話》や《神話》を生み出すのだ。


 楔の役割を果たすために《白樹海》に落ちたアリスは、後にその存在を《神話》としてステラスフィアに残し、創世の天使として仮初の歴史を残している。


 結果としてアリスが《破滅の因子》の漏出を押さえているおかげで、出現するアルカンシエルの数は激減し、危険はあるもののかろうじて平和と言えるような世界へと変化した。


 そして、その平和は数百年間続き……ある時唐突に不確定な要素を孕んだ歯車がかちりと噛み合わさった。


 それは、現在のステラスフィアから約二年前。


 別世界からの来訪者。


 異世界人の来訪によって、平和を刻んでいた世界の歯車は少しずつ狂い始める。


 大規模な雨空によるアルカンシエルの出現や……そして数日前に起こった、不可解な言語魔術を扱う、黒い影のアルカンシエルの出現も、異世界人の存在が引き金となっている。


 中立魔術都市に突如として現れた黒い影のアルカンシエルは辛くも討伐することが出来たが、しかしそこで異世界人の筆頭とも言える白い髪に白い肌を持つ美しい少女……如月白姫は命を落とすこととなった。


 シキはステラスフィアに来た異世界人の中でも、少々特殊な経歴を持った魔術師だった。


《白樹海》に沈んだアリスの思惑と、別の自分になりたいと願ったシキの望みとが噛み合って、元々男の子だったシキは、女の子としてステラスフィアに降り立ったのだ。


 異世界人というステラスフィアの人々が知らない膨大な概念の塊である存在を解析して世界の平和を図ろうとするアリスと、違う自分になりたいと願ったシキ。


 願いの規模は全く違うが、だからアリスは自分を模した人形にシキの精神を移したのだ。


 そして黒い影のアルカンシエルとの戦いで命を落とした時に、シキの精神は《白樹海》にある自身の身体へと引き戻されて、そこでアリスと出会い、シキは選択を迫られた。


 黒い影のアルカンシエルと戦う仲間の姿。


 圧倒的不利な戦況にシキはアリスに助けを求め、そしてアリスは唯一の打開策を提示し、シキは迷うことなくその提案を飲んだ。


 それによってシキは黒い影のアルカンシエルを倒すことが出来、仲間の命は救われた。


 ……けれども現実は、ハッピーエンドで終わる物語ばかりではない。


 酷使した魔術の反動で眠りにつき、目を覚ましたシキが目にしたのは悲痛なほどに残酷な現実だった。



 ――お前は何者だ?



《忘れ名》。


《白樹海》へと落ちて、そして戻ってきた代償。


 かつての仲間だったキョウイチに向けられた言葉と、そしてシキは気が付いていなかったがその先の言葉。



 ……空のアレと関係があるのか?



 キョウイチが言ったそれは、黒い影のアルカンシエルを倒したことによる影響か、それともシキとアリスの身体が入れ替わったことによる影響か。


 ステラスフィアに、新しい大地が姿を現し、


 シキは世界から忘れられ、



 それでもステラスフィアには再び、新たな《神話》が紡がれてゆく。


 歯車を回すように、ゆっくりと。ゆっくりと……。




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