2話
実在する別世界の観測が初めて確認されたのが、約五年前の話だ。
別世界。新世界。平行世界。
――異世界。
呼び方は異なれど、一部の層からの大きな反響を呼んだこの発見は、しかし当初、その存在を公的に肯定する者はほとんど存在しなかった。
理由は明白だ。
別世界の観測を成功させた男が、自らのことを《魔術師》と名乗ったからだ。
科学的根拠によって裏付けされた解析可能な事象ならば、世界的に取り上げられ世紀の大発見だと囃し立てられたかもしれないが、男が根拠として取り出したのは魔術的な要素を多分に含んだ、科学者たちに言わせれば空想と吐いて捨てられてもおかしくないカオス理論だった。
もっとも、それは魔術師である彼、村岡春樹に言わせれば確立された《魔術理論》であり、実証済みの事象であるが故に反論の余地は存在しない事柄ではあったのだが。
当然、反証を行おうとした科学者は多く居たが、その試みはことごとく失敗し、その失敗の数が皮肉にも別世界……異世界の存在証明として確たるものとなったのが三年前の話。
観測された世界はステラスフィアと呼ばれる世界で、比較的現在の地球に近い要素を持ちながらも地形的にも天体的にもまったく異なる世界観を持ち、そして何よりも大きな違いはステラスフィアが《魔術》という技術の確立している世界だったということだった。
異世界の存在が確たるものと認識されるとなると、話は次の段階へと進んでゆく。
その発見が国家にとっての利益を期待できるのかどうか。つまり早い話が異世界と地球を行き来することが可能かどうかの問題だ。
その問いに対して魔術師、村岡春樹は『是』であり『否』であると答えた。
人を送ることは出来るが、戻ってくることは出来ない。さらに行くことが出来るのは、魔術との親和性が高い者に限ると来たものだ。
この回答に、科学者だけではなく、国家は大きく頭を悩ませることとなる。
ステラスフィアにはいくつかの都市の存在が確認されているが、送り込んだ人物が戻ってこられないのであればその都市との交易も出来ないし魔術という未知の技術の吸収もかなわない。
こちらから観測できる映像はまちまちで、断片的にしか観測できない上に音声なども収集出来ない。
魔術を使えるようになれば向こうから何らかのコンタクトが取れるようになるかもしれない、と意見も出たが、それも村岡春樹の言葉によって否定された。
送り込むことだけしかできず、戻って来られないとなると明らかに、リスクとリターンが釣り合っていない。
様々な論議が交わされ混迷を極め、国家の思惑が絡みあう中、しかしあろうことか村岡春樹は彼らにこう意見した。
『とりあえず、有志を募って送り込み経過を見て見ればいいではないか』
と、いとも簡単に人の命を物差しにかけ、とりあえずやってみればいいと言ってのける村岡春樹の精神も狂っているが、行き詰っていたとはいえがそれにゴーサインを出した国家というのも後から考えれば大概だ。
安全な世界ならともかく、ステラスフィアという世界には彼らの天敵となる異形の化け物が確認されている。どう抗っても普通の人間ならば到底太刀打ちも出来るように思えず、それは仮に軍隊であろうとも対抗するのは難しくすら思えるほどの化け物だ。
だが、そんな危険を考慮に入れた上でゴーサインを出すほどに、ステラスフィアの魔術という技術が世界各国にとって魅力的だった。
村岡春樹が観測して記録したステラスフィアの、とりわけ魔術を行使する魔術師の様子が映された動画はどこかのゲームにでも出てきそうなくらい幻想的で、無から有を生み出し世界の法則さえも捻じ曲げているようにしか見えないそれは、国家にとって莫大な利益を生み出すであろうことを示唆すると共に、そういった打算的な思想とは別に、未知の技術という知られざる幻想的な光景にただただ憧れて手を伸ばすのは仕方がないことだろう。
誰もが一度は空想したことがある、不可思議な力がそこにあったのだ。
実際、ステラスフィアの映像が動画サイトに初めてにアップされた時の反応は、新作のVRMMORPGのデモ映像ではないかと、ゲームの映像である可能性を示唆するコメントであふれかえっていたくらいだ。もっともそれは後に国家からの大々的な発表によって裏付けされ、純粋な異世界への羨望へと変化したわけだが。
有志を募ることを目的とした魔術への親和性を測るネット上でのテストへの参加者も、初期導入を予定していた二百人という数の数万倍を記録し、サーバーへの負荷でテストを受けられない者が続出するという顛末や様々な諸問題を排出しながらも着々と進められた。
――そして現在。最初の有志がステラスフィアへと送り込まれてから二年。
断片的に観測できる限りではこの二年間、これといって進展が見られないステラスフィアで着々と……変化が訪れていることを双方の世界で誰も気が付いていなかった。
その渦中となる当事者以外は、誰も……