25話
……その頃世界魔術機構では、緊急事態として嘱託魔術師全員へと召集がかけられていた。
最近ではシキの休日にあわせて休みを取ることが多いキョウイチやクレア、それにキリエも当然召集の対象となり、集められた世界魔術機構のフロアで誰もが突如としてミラフォードに降り始めた雨に戸惑いを隠しきれずにいた。
雨空が広がらずに雨が降ることはこれまでに一度も無く、加えて市民から入ってくる情報からすれば、黒い人の影というのは言語魔術を使ったとされている。
アルカンシエルは内包する《呪い》によっては、幻想種と呼ばれる高位のアルカンシエルであればその特性に応じた属性を《呪い》で操ることが出来たりはするが、先の黒い人の影はそれとは根本的に違う。魔術言語による詠唱をして創成魔術を使ったというのだ。
雨空も無く雨が降るのも前代未聞ならば、言語魔術を扱えるアルカンシエルが現れたというのも同じく前代未聞だ。さらにそれが都市の中にいきなり現れたという事態も前代未聞。と……正直言って前例がないことばかりなのだから戸惑うのも無理はない。
「……シキ達はまだ来ないのか?」
「…………もうちょっと待って」
キョウイチの問いに答えるのは先ほどからずっと《千里眼》で探りを入れているクレアだ。
全員の携帯情報端末へと緊急告知の知らせが届いているはずなので、まだ携帯情報端末を持っていないカナデはともかくシキやセラにも当然告知が言っているはずなのだが、キョウイチ達が集まってから十分は立つというのに一向にやってこないことにじれて探らせたのだ。
未知の相手と相対する時、シキの治癒の魔術は大いに頼りになる。
シキが居て部隊が揃っていれば一も二も無く真っ先に先陣を切って飛び出していっていただろうが、居ないのではどうしようもない。
「…………やっぱり、機構の中には居ないわね」
「外に出てるのか……タイミングが悪いな」
ややあって答えたクレアに、キョウイチは苦々しく呟く。
「……キリエも、三人がどこに行ったか知らないわよね」
「そうですね……私も知らないですね……」
知っていればとっくの昔に話しているであろうことはわかっていたが、他に術もないのでクレアが一応聞くと、キリエからは案の定の答えが返ってきて三人の消息はそこで途絶える。
「レイン様も、こんな時に何をしてるのか……」
「本当にもう……どこに行ってるのよ……!」
そう言ってクレアは、もう一度探し忘れている場所が無いか《千里眼》で捜索を始める。
……まずいな。
キョウイチは心の中でそう呟いて、周囲の嘱託魔術師たちを見る。
各々戦闘準備をしてきてはいるものの、明確な指示が無いためにどうしたらいいのかと浮き足立っているのが一目でわかる。
レインの姿もクレアに同時に探らせているが、こちらもまだ見つけられていない。
役員に聞いたところ最上階のフロアから出てきていないとの事だが、最上階は魔術的なプロテクトがかけられている為、クレアの《千里眼》でも見ることが出来ない。
さらに最上階のフロアはレインを除けば一部の幹部にしか立ち入ることが許されていない為、他の者が直接レインを探しに行くことは出来ない。
そしてその幹部も三日前にリインケージで開かれる国家会議に出る為にミラフォードを出ているので、今機構で最上階へと確認しに行けるのはシキだけなのだが……当のシキも行方不明という、手詰まりの状況なのだ。
……タイミングが悪すぎる。
「た、大変です!」
そうキョウイチが考えた矢先。
フロアの通信を担当していた事務官から悲痛な声が上がり、状況の変化が告げられ、キョウイチの意識は思考から分断される。
「ふ、降ってきた雨によって、小型のアルカンシエルが市街区に溢れてきているという報告が!」
「……なに?」
「種類は!」
「ちょっと待ってくださいっ……狼のような現種らしいですが、数が多いと……っ!」
「ちっ……」
舌打ちを一つして、キョウイチは立て掛けてあった両手剣を手に出口へと向かう。
「ちょっと、キョウイチどこいくのよ」
「……時間が惜しい。通常のアルカンシエルならば、俺一人でもなんとかなる。もしシキ達が戻ってきたら、先に出たと伝えてくれ」
「ちょ、ちょっと、あたしも行くわよ!」
「クレアは待機していろ。俺一人の方が、速く街につける」
「街に着いたところで、市街戦は死角が多いから危険でしょ!」
「……だが」
「だが、じゃないわよ。アンタが突っ込んで、あたしが死角をカバーする。これで何時も通りでしょ」
身の丈ほどもある狙撃銃を担ぐクレアに視線を向けたまま、キョウイチは考える。
……確かにクレアの言う通り、それはいつも通りの連携ではある。
だがしかし都市全体に雨が降っているということと、現れたアルカンシエルの数から考えて、クレアを狙撃要員として出すのは不安が残る。雨は未だ降り続けており、いつどこにアルカンシエルが現れるかわからない。そんな状況ではあまりにもクレアが無防備過ぎる。
「キョウイチ」
そんなキョウイチの思考に割って入ったのは、キョウイチの名を呼ぶキリエの声だった。
「二人が行くというのなら、私も行きます。これで何とかなりますよね?」
キョウイチからすれば不確定要素の多い戦場に二人を連れて行きたくはないのだが、しかしクレアの様子からすれば一切引く気がないことなど明らかで、キリエもそれをわかっていて申し出ているのだ。
「……クレアはいつも通り俺の死角のカバー。キリエはクレアの警護担当。……それでいいか?」
「当たり前よ」
「わかりました」
二者二様に頷いて、クレアとキリエは共に快諾する。
「――っ、ま、待ってください!」
しかしそんな三人の計画は、次の瞬間脆く崩れ去ることになる。
「どうした」
「き、機構の敷地でもアルカンシエルの姿が……きゃっ!?」
ガシャアアアアアアアアアアアアアアン!
と、彼女が言い切る前にガラス張りの扉を破って、外から黒い毛並みの獣、狼のアルカンシエルが中へと入ってきた。騒然となるフロアの中で、キョウイチ達三人だけが行動体勢だったためそこからの反応は速かった。
「――はぁっ!」
鋭い踏み込みからの袈裟斬りで、人と同じくらいある大きさの狼のアルカンシエルを一刀両断にし、血払いをしながらキョウイチは外を警戒しながらも告げる。
「――俺達はこれからすぐ、街へ向かいそちらのアルカンシエルの討伐を開始する! 他の部隊は機構の防衛と魔術師候補生の保護、手が空き次第応援を頼む!」
「は、はい!」
「わ、わかった!」
はっきりと頷く嘱託魔術師達の姿を確認して、キョウイチはよし、と頷く。
国家会議に向かった幹部の護衛で手練れが抜けているとは言え、残った彼ら彼女らもこれまで何度も死線を潜り抜けてきた魔術師ばかりである。一度方向性を決めたら動き出すのは早かった。即興でいくつかの部隊を編制し、要所を押さえて行動を開始する。
「俺達も行くぞ! クレア、キリエ!」
「ええ!」
「はい!」
そう言って、キョウイチも二人の名を呼んで外へと出る。
「邪魔する者は、殲滅するまでだ!」
雨が徐々に視界を悪くしてゆく中、キョウイチは《加速》の魔術を駆使して走り始めた。