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忘名のステラスフィア  作者: 霧島栞
一幕
23/77

22話

「……や、だからごめんって」


 先行してずんずん歩いてゆくカナデの背中に謝罪の言葉を何度もかけながら、シキはセラと一緒に後ろからついてゆく。


「…………」


 シキにとって悪気はなかったのだが、後々考えると選択ミスだったと後悔している。


 先の店は、シキがステラスフィアに来てから暫く経って、食生活も変わり、地球の味が恋しくなっていた時に見つけたラーメン屋だった。


 シキにとっては懐かしい味ではあったが、ちょっと前に来たばかりのカナデにとっては珍しいものでもなんでもないことを、すっかり失念してしまっていたのだ。


「カナデー……」


「……はぁ」


 情けない声をあげるシキに、カナデは仕方なしに振り返る。


 ミラフォードでシキはかなり知名度の高い人物だ。そのシキがずっと謝りっぱなしという状況は周囲の観衆にとっては興味を惹かれる話であり、注目されているカナデからすれば少々居心地が悪い。


「……ごめんね?」


 しょぼんとした表情で、かわいらしく上目使いに見てくるシキのかわいらしさに、カナデは怒りを忘れて思考が別の方向へとゆく。


 ……本当に、どうしたら二年でそんなに女の子らしい仕草が身に付くの……。


 ステラスフィアに来てから、カナデの女の子としての自信は下降の一途を辿っている。


「……もう、ちゃんと案内してよね」


「わぁ、ありがとう、カナデ!」


 そう言ってうれしそうに胸の前で手を合わせて喜ぶ姿など、どう見ても理想の女の子像だ。


 実はその理想の女の子像というものが、シキの仕草を女の子らしく引き上げている根底となっている。


 世界魔術機構の最高責任者であるレインを除いて、性別が変わってしまったことを誰かに打ち明けることが出来なかったシキは、女の子らしく振る舞う為に、自分の中の理想の女の子像を参考にしてその技術を磨いてきた。


 どうすればより女の子らしく見えるか、違和感がないか。


 時に周囲の女性を参考に、時に本の知識を参考に、男から見て理想的な女の子の振る舞いを意識して磨き上げてきた結果……女の子の理想だけを取り入れた、かわいらしい仕草が身に付いたということだ。


「調子が良いんだから……」


「じゃあ、気を取り直して案内しよっか」


 カナデと歩く位置を入れ替えて、シキはぐっとこぶしを握る。


 小路には入らず大通りの活気を楽しみながら、ちらほら見える露店に視線を移してゆく。


「たまーに出てるあの綺麗な石って、宝石なの?」


「ん、虹色石のこと?」


「虹色石?」


 ちょうど通りかかった露店で売られている色とりどりの綺麗な石を見ながら、シキは聞き返すカナデに青色の石を手に取って見せる。


「虹色石はステラスフィアで採れる鉱石で、向こうで言うところの水晶みたいに透明な石なんだけど――ちょっと変えていいですか?」


「ああ、いいぜ?」


 露店のお兄さんに言うと二つ返事で了承を得られたので、手に取っていた小さな虹色石をカナデに手渡す。


「両手で握ってみて?」


「こ、こう?」


 きょとんとするカナデにそう言うと、カナデは渡された虹色石をおずおずと両手でぐっと握りしめる。そのまま十数秒待って、カナデが何か聞きたげに口を開きかけた瞬間、


「はい、そろそろいいよ。開いてみて?」


「え、うん」


 シキの言葉で遮られて握っていた手を開くとそこには、先ほどの青色の石は無く、替わりにあったのは虹色を浮かべる綺麗な石だった。


「な、なんだぁそりゃ!?」


 露店のお兄さんの驚く声を聞いて、シキは少しだけ誇らしげに胸を張る。


「虹色石はステラスフィアで採れる特殊な石で、本人の心をそうやって映し出す性質があるの。……まあ、属性検査の時にあった選定の柄みたいなものね」


「へぇ……綺麗……」


 そう言うカナデの手の上で転がる虹色石は中央に向かって螺旋を描くように透明度の高い七色が収束して行っており、これほどまでに色彩鮮やかな虹色石は他に存在しないだろう。


「他にも、セラ」


「……ん」


 そう言って、次はセラに違う虹色石を手渡して握らせる。十数秒待って、再び開かれた手に乗っていたのは他のどの虹色石よりも透明にきらめく薄青色の虹色石で、促されて手に取ったカナデはその冷たさに思わず取りこぼしそうになって慌てる。


「あはは、言語魔術が使える魔術師がやると、僅かに属性を宿らせることが出来るのよ。びっくりしたでしょ?」


「お姉ちゃん、そういうのは最初に言ってよ……」


「だって、最初に言うより実際見た方がわくわくするでしょ?」


「そ、そうだけど!」


 先ほどのお返しとばかりにシキが言うと、カナデは膨れながらも言い返す。


「なるほどな、アンタ達、魔術師だったのか……」


 そんなやり取りをしていると、商品を挟んでみていた露店のお兄さんがそう言って納得が行ったとばかりに頷いていた。


「魔術師が珍しいんですか?」


「そりゃあなあ。虹色石もうちのような露店で見るより、東の魔術師特区で見る方が多いだろう? うちで扱ってるこいつらは、あくまでアクセサリーとしてだからな」


 問いかけるカナデにそう言って、露店のお兄さんは品物を手で指して見せる。


 露店のお兄さんが言っているのは、虹色石の純度の話である。


 こうしてアクセサリー用に加工された虹色石は純度が低いものが多く、世界魔術機構から東に出たところにある魔術関連のお店に置かれている虹色石と比べるとその差は歴然である。


「まあけど、せっかくだから記念に何か貰っていこうかな?」


「お、なら良いモン見せてくれたお礼に、少しまけておくぜ?」


「ありがとうございます。セラ、カナデ、どれがいい?」


 商売上手にそう言う露店のお兄さんに笑顔を向けて、シキは二人にそう尋ねる。


「ん……これ」


 セラがそう言って手に取ったのは小さな虹色石がはめ込まれた指輪だった。


「カナデは?」


「うぅん……」


 聞かれたカナデは真剣な顔で色々と見ているようだが、どれもしっくりこないようだ。


 ……指輪は刀を握る時に感覚が狂いそうだし、ネックレスもちょっと激しく動いたら目に入りそうだよね……ブレスレットも少し重さが変わるからやだし……。


 どれも実用的な理由なのがカナデらしいと言えばカナデらしいが、そこまで考えてふと目に映ったのは、螺旋状に加工されたシルバーと玉座にはめ込まれた虹色石が美しいイヤリングだった。


「……うん、これ!」


 そのままぐっと悩んで、カナデは決心したように手に取る。


「お、目の付け所がいいねぇ。そいつは俺の自信作さ」


「え、これ全部お兄さんが作ってるんですか?」


「おうよ。そんな意外か?」


 よくよく見れば露店のお兄さんの手は細かい傷や火傷を何度も繰り返した跡が残っており、ちゃらちゃらとした外見や雰囲気とは違ってかなり真面目に細工に取り組んでいるようだ。


 人は見かけによらないものだ。もう少しぴしっとした恰好をしていたら、もっと客足が集まりそうなものなのに、損をしているとカナデは思う。


「ま、意外っちゃ意外かもな、んじゃ、二つで2万5000エンだぜ」


「はーい」


 そう言って、露店のお兄さんを観察するカナデに割り込んで、シキは財布から札を取り出して露店のお兄さんに渡す。


 ステラスフィアでの通貨の単位は、日本と同じ『円』だ。


 もっとも貨幣価値はかなり違い、食べ物などは割と安く取引はされているが、こうした装飾品の類……いわゆる趣味のものになると値段が跳ね上がる。


 又、お金は全て紙幣で出来ており、これは鉱石などが貴重品であり硬貨を大量に製造出来ない為である。もちろん、紙幣にすれば偽造などの問題もあるが、そこは工夫が成されており、そうそう簡単に偽造できるようにはできてない。


「毎度! 良かったらまた見てくれよな!」


 そうしてアクセサリーを買った三人はほくほく顔の露店のお兄さんに見送られて、少しだけ歩いたところでセラが唐突にシキの服の裾を引っ張る。


「ん? どうしたの?」


 そして手に握られた小さな指輪をシキに見せながら、セラはぽつりと呟くようにお願いを口にする。


「……ねーさま、指にはめて?」


 小さな手を差し出しながら言うセラに、シキは「あー……」と流れを察しながら、指輪を受け取り中指にはめようとして……


「じー……」


 かつてないほどに冷めたじと目で見つめられて、シキは苦笑いを浮かべながら、仕方なしにセラの薬指に指輪をはめる。


「……ねーさま、愛してる」


「はいはい……」


 セラの感謝の言葉をぞんざいに受け流すシキを見ながら、カナデは心の中で『わたしも指輪にしとけばよかった……っ!』などと世迷いごと叫ぶ。


「カ、カナデ、どうしたの?」


「な、なんでもないよ?」


 動揺を隠すように平静を装ってカナデはそう言ってそっぽを向く。


「……カナちゃん、どんまい」


 わかってかわかっていないのか、セラにそう言われてカナデは泣きたくなる気持ちをなんとか押さえつけながらも、次にどうするかシキに尋ねる。


「そ、それよりも、次どこに行くの?」


「カナデさえよければ、少し本屋に寄ってもいい?」


「え、本屋なんてあるんだ?」


「最近顔を出してないから何かないかなーっていうのと、ほら、カナデもこの世界の本とか、気にならない?」


「言われてみれば、少し気になるけど……」


 ……ちょっとずれてる気がするけど。


 と思うが、カナデはわざわざ口には出さない。


「じゃ、本屋にごー、ね」


 そう言って三人は大通りから外れた西の商店街を過ぎたところにある本屋へと向かう。


「大通りから外れると、雰囲気ががらっと変わるでしょ」


 シキが言う通り、小路に入ると先程までの大通りとは違い、少しだけ薄暗い道が曲がりくねって続くため、まるで巨大な迷路にでも迷い込んだのかもしれないと錯覚するほどだ。


 都市に住む人でも通らない小路は下手に足を踏み入れると迷子になったりするのだ。


 シキも慣れているとは言い難いが、それでも本屋へと向かう小路は一応覚えているので、曲り時には小さな階段を昇り、または下り、くねった道を進んでゆく。


「こういう道にも、お店とかあるんだね」


「一応ね。あんまし繁盛してないところも多いけど、隠れた名店とかもあるから、そういうのを探すのも楽しいよ」


「へー……」


 感心するように頷くカナデを横目に、シキは先に進んでゆく。


 やがて小路を抜けた先にちょっとした広さの広場が見え、並ぶ喫茶店や広場の中心の小さな噴水近くに備え付けられているベンチに人の姿が見えた。


「わぁ……」


 小路を抜けた先の広場に色々な店があり、そのお店の種類によって独自の雰囲気を作っている場所が多いのが、ミラフォードの良いところだ。


 とりわけここは軽食店や食べ物系の屋台、そしてシキが目当てにしている本屋などが存在するので落ち着いた憩いの広場となっているのだ。


「ねぇねぇ、お姉ちゃんあれなに!」


「ああ、あれは『ポルテラ』ね」


「へー!」


『ポルテラ』は地球で言うところのドルネケバブをクレープ生地で包んだような、ボリュームがある惣菜クレープのようなものだ。まだ名前しか言っていないというのに、カナデの興味は完全に振り切ってしまっているのか、屋台に視線を向けたまま食い入るように見ている。


「食べる?」


「うん!」


 昼食を取ってからまだ一時間ほどしかたっていないというのに、どこにそんな食べ物が入る余裕があるのだろうか。しかし喜ぶカナデを見ると、意図としたところで喜ばれるのではなくても、これはこれで良かったかなと思う。


「お姉ちゃん早く早くー!」


「はいはーい」


 せかすように言って、小走りで列に並ぶカナデを微笑ましく思いながら、シキはセラを一緒にのんびりと列に並ぶ。


 列と言ってもそう何十人も並んでいるわけではなく数人並んでいるだけなのですぐに順番は回ってきて、一番オーソドックスな葉野菜とお肉がたっぷりと挟まれた『ポルテラ』を買って噴水のところにあるベンチに三人で座る。


「あれ、セラは買ってないの?」


「ん……ねーさまの貰う……」


「わたしも食べきれないから、二人でわけようと思ってね」


 そう言って「あーん」とか言って食べさせられているセラは幸せそうだが、横から見ているカナデとしては少し面白くない。が、しかし真ん中にセラを挟んで右にシキ、左にカナデという椅子の並びなので下手にシキには手が届かない。


「……はい、こっちもあーん」


 だからそう言ってカナデも自分の分の食べかけの『ポルテラ』をセラに向けると、セラは特に何の躊躇もせずに「あーん……」と言って口を開けて『ポルテラ』を小さく齧る。


 もぐもぐと食べる姿を見て、カナデは『あ、これダメだ』とセラの愛らしさに息を飲む。


 ……そりゃ、ヒメ×セレスなんてジャンルが生まれるはずだよ……。


 とカナデは妙に納得するが、先ほどのシーンをクレアが見ていたら確実にカナデ×セラという新しいカップリングが生まれていただろうが本人は自分のことはそっちのけである。


「カナちゃん……食べない……?」


「う、ううん、食べるよ!?」


 言われて自分の『ポルテラ』を頬張るカナデは、ふとうれしそうに自分を見上げるセラを見て、疑問に思い尋ねる。


「セラって、何でそんなにお姉ちゃんのこと好きなの?」


 その言葉に吹き出したのは、セラではなく隣のシキだ。


「げほっ……げほっ……!」


 食べていた『ポルテラ』を喉に詰まらせてむせ込み、何とか呼吸を整える。


「だ、大丈夫? お姉ちゃん」


「へ、へいき……うん……」


「……はい、ねーさま」


「ありがと、セラ……」


 取り出したハンカチを受け取って口を拭いながら、シキは少し前にも似たようなことがあったなぁ……とキョウイチとの件を思い出す。


「いきなりどうしたのよ……」


「や、なんとなく気になって」


 気になって、で毎度爆弾を投下されてはたまったものではない。


「セラがわたしを好きって、それは、ねぇ……」


「ねーさまは……セラにとって家族だから……」


 どれほど言葉を重ねたところで、ぽつりと呟くように言ったセラの言葉に全ては集約される。


「家族……?」


「……ねーさまは、セラの恩人で……家族なの……」


 言ってよりかかってくるセラに、少し恥ずかしげにしながらもシキは空いている方の手で頭を撫でる。


「家族……」


「カナちゃんも、同じなの……」


「え?」


 そう言ってセラは、シキから離れて今度はカナデによりかかる。


 いきなりこてんと体重を預けてきたにも関わらず、予想以上に軽い衝撃にカナデは驚きながらもセラの身体を支え疑問符を浮かべる。


「……カナちゃんも、ねーさまの妹なら、セラのおねーちゃんみたいなものなの……」


「え、えぇ……?」


 そうは言われても、カナデはセラの過去なんて知らないのだから、そうなる理屈がまったくわからない。困ったようにシキを見ても、シキは軽く頷いて微笑むだけだ。


「ほらカナデ、頭撫でてあげて」


「んー……」


 すりすりと腕にすりよってくるセラに、カナデはさっきシキがやっていたようにおそるおそる頭を撫でてみる。


 柔らかな髪の感触が指の間をすり抜けてゆき、カナデの肩の力が少しだけ抜ける。


 セラもいつものシキの柔らかい手とは違い、少しだけ硬い手ではあるが、優しく暖かい手に、目を細めて幸せそうに笑う。


「……お姉ちゃん」


「ん……また今度、ちゃんと話すからね」


 カナデにそうやって約束を取り付けて、シキはしばらくの間そうしてセラの頭を撫で続けるカナデを、微笑みながら見ていた。


 ――そんな暖かな休日が、しかし次の瞬間に響く悲鳴によってかき消されることになるとは、この時誰も思いもしなかった……。


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