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忘名のステラスフィア  作者: 霧島栞
一幕
19/77

18話

 シキよりも早く部屋を出たカナデは、打ち直された刀を受け取る為に、クレアの部屋を目指していた。


 本当は昨日のうちにキョウイチから渡されるはずだったのだが、しかし予想以上に仕上げに時間がかかるということで、女性専用寮であるこの建物にはキョウイチは入ることが出来ず、刀はやむなくクレアに預けられることとなったのだ。


 カナデが直接受け取れればよかったのだが、しかしカナデは昨日まで色々と手続きの書類の件で翻弄されていたので、そんな余裕がなかった。


 クレアの部屋は、カナデとシキの部屋からさらに一つ上の階にある。


 階段を昇って一番右のクレアの部屋はちょうど窓の影となっており、その一角だけ何やら薄暗く、《千里眼》の魔女……という二つ名の通りでもないが、まるで魔女が住んでいるような雰囲気を醸し出している。


 なんとなく近寄りづらい雰囲気にカナデが少し辟易していると、まるで待ってましたと言わんがばかりに鍵が外れる音がして、どきりと心臓が跳ねる。


 見た目は周りと同じ普通の扉なのに、なぜこれほどまでにプレッシャーを感じるのか。


 カナデは意を決して扉へと近づき、恐る恐るコンコン……とノックすると、中から大きな声で「入ってきていいわよー」と間延びした声が聞こえてきた。


「はい、失礼しまーす……」


 そう言ってカナデは扉をゆっくりと開き、中に足を踏み入れる。


 今更な話ではあるが、この嘱託魔術師専用の女子寮は一室が二人用として出来ている。


 洋室が二つとトイレにお風呂、加えてダイニングにキッチンまで。2LDKの間取りで出来ており、シキがこれまで使っていたのはこのうちの洋室一つとお風呂とトイレくらいだった。


 ダイニングでくつろぐ時間もほとんど無ければ料理をする時間もなく、そもそも下に食堂があるのだから、そちらで食べればいいだけの話で。正直洋室一つでも十分な広さがあるというのに、全体を一室と見た場合明らかに一人で住むには広すぎる間取りなのだ。


 カナデが来て二人で話す機会も増えたので、最近はダイニングも活用しているが、いまだキッチンはインテリアと化している。


 正直寮というには豪華な間取りではあるが、嘱託魔術師として世界魔術機構に登録されるということはそれだけの価値があるということである。


 因みにどこぞのホテルの最上階のようなロイヤルでスイートなルームなども存在するが、こちらは月々の家賃が目を疑うほど高く、普通の嘱託魔術師には手を出すことの出来ない物件である。


「えっと……」


 ともあれ中に入ってすぐ。やけにラフな格好のクレアを見てカナデはコメントに困る。


「おはようカナデ。……って、どしたの? そんな妙な顔して」


 妙な顔もするだろう。


「あ、ご、ごめん。ちょっとクレアの格好が気になって……」


「格好?」


 そう言ってクレアは、自分の服装を見る仕草をして、首を捻る。


「まあ、外に出る時はさすがに着替えてるけど、あたしは割といつもこの格好よ?」


「そ、そうなの……?」


 わずかに引き攣ったようにそう言うクレアの格好は、どう見ても、どこから見ても――ジャージの上下という、普段のかっこいい姉御とでも言うべきクレアの姿からはかけ離れたものだった。


 しかも髪はぼさぼさでそこかしこが跳ねて癖がついているし、何やら顔色も良くないように見える。加えて真っ黒な目隠しはそのままなのだから異様さ倍増だ。


 何と言うべきか、生活臭が半端ない格好にカナデは目を逸らさざるを得ない。


 一瞬「リテイク」と言って部屋から一旦出ている間に着替えてもらってやり直しを要求したい焦燥に駆られたが、カナデは何とか衝動を抑え込む。


「……こほん。えっと、キョウイチさんから預かってる刀を取りに来たんだけど……」


「あー、うん。部屋に置いてあるから、どうせだから奥で待っててくれる? あたしも今日は完全オフだし。少し話してかない?」


 お断りします。……と正直に笑顔で言ってさっさと刀を受け取ってこの場を去って今日のクレアの意外すぎる一面を記憶の中から消去したかったが、しかしこれは現実なのだ……と首を振って、カナデは誘いを受ける。


「良いですよ。……でも同居人は良いの?」


「いいのいいの。あっちもどうせグロッキーだし。暫くは起きてこないわよ」


「え、それは」


「ほら、入って入って」


 どういうことだろうと問う前に、クレアに促されてカナデは奥のダイニングへと足を踏み入れる。


 クレアのところのダイニングはシキとカナデの部屋のようにほとんど物が無いような質素なものとは違い、本棚やソファにテーブルなど、ちゃんとしたくつろぎのスペースが確保されていた。


「うーん……」


 自分の部屋もそのうち色々揃えて綺麗にしたいと思うものの、先立つものが無い状況ではどうしようもないとカナデは思考に諦めを付ける。


「ん、座っててくれたらよかったのに」


 と、そこにクレアがやってきて、そう言ってカナデに促しながら自分はテーブルを挟んで対面に座る。ちゃんとした機構の軍服に身を包むカナデと、ジャージ上下のクレアの姿の対比には違和感しかない。手に持っている黒塗りの鞘の刀もより対比を際立たせている。


 クレアの性格からして、カナデの動揺する反応を見たいが為にわざとそんな恰好でいるのだろうかと変な勘ぐりをしてしまうが、しかしクレアのジャージの着こなしは明らかに年季が入っており、その雰囲気は一朝一夕では再現できないだろう。


 ……したくもないが。


「じゃあ先に渡しちゃうけど、これがキョウイチから預かってた刀ね」


 そう言ってクレアはテーブルの上に黒塗りの鞘の刀をゆっくりと置く。


「……抜いてみても、いい?」


 ごくりと唾を飲み込んで、カナデは逸る気持ちで刀を手に取る。


「良いわよ。説明もしないといけないしね」


 言われてカナデはゆっくりと刀身を引き抜いてゆく。


 美しい波紋を描いた銀色の刀身が徐々に姿を現してゆく。


 手にかかる重さは折れる前とほとんど変わらない気がするが、しかしその刀身は本当に僅かだが薄くなっている。


「心鉄の鍛練回数を増やしたんだって。硬度は魔術言語による付加魔術で限界を超えて強化出来るから、その分切れ味の方を意識したみたいね」


 疑問を目ざとく察知したのか、クレアは質問に先んじて説明する。


「なるほど……」


 呟いて、カナデは完全に刀身を鞘から抜き去って柄の握りと反りを確認する。


「刀身の腹に文字が掘ってるでしょ? それが硬化の魔術言語ね。使われていた玉鋼の純度が高かったせいで魔術言語を掘るのに苦労して納品が遅れたんだって」


 言われて刀身の腹を見て見ると、そこには《不破》の二文字が銘のように刻み込まれていた。


「ちょっと、良いですか?」


 言ってカナデは立ち上がると、頷くクレアとは別の方向へ、加速の魔術も何も使わずに刀を上段から振り下ろした。


 空気を裂く鋭い音共に、手に、腕に、肩に、背に、腰に、足に、指先に、前とは少しだけ違う衝撃が浸透する。


「へぇ……」


 クレアの感心したように呟いたが、カナデにはその声は聞こえていなかった。


 手の指先から足の指先まで伝わった衝撃は、新しい刀の性質をカナデに教えてくれる。


 ……今まで慣れ親しんできた刀とは重心が違う。刀身の重さが違う。硬度が増したことによって力の込め方も、振り抜いた感覚も変わる。


 ――しかし淀みなく刃筋が通る、良い刀だ。


「……………………うん」


 少しの間、その感覚をしみこませるように瞳を閉じてから、カナデは刀を鞘に仕舞う。


「ありがとう、クレア」


「ん、あたしは何もしてないけどね。それよりも、どう?」


「やっぱり前の刀とは少し違うけど……良い刀だね」


「そっか。なら良かったわね」


 言って笑うクレアの姿がジャージじゃなければ、もっと良かったんだけど。


 口には出さないが、カナデはそう思わずにはいられない。


「でも、ふぁ……安心したら、ちょっと眠くなってきたわね……」


 傍目には真っ黒な目隠しをしているだけに、眠そうなのかどうか判別しづらいが、欠伸をしてそう言う声は確かに疲労の色が滲んでいる。



「――そういえばクレア、顔色もあまり良くないけど、なんでそんな眠そうなの?」



 と……カナデは何気なく聞いたのだが、この時カナデはすっかり忘れ去ってしまっていた。


 一週間前にキョウイチが囁いた……『……クレアには気をつけろよ』という言葉を。


「んー? え、なに? 知りたい?」


「え……うん、まあ」


「そう! 興味あるのね! じゃああたしの部屋に来ると良いわ!」


 カナデが曖昧に頷くと、クレアはとてもいい笑顔を浮かべて、若干語調を強めてソファから腰を上げて自分の部屋へと向かう。


 カナデはその後を着いてゆき、クレアと一緒に部屋の中に入りってそこに展開されていた光景を見て唖然とする。


「え……これって」


 ふと、手近にあった薄い本を一冊、カナデは取ってページを捲る。


 そこに描かれていたのは、友情という範疇では到底表せない行為に及ぶ二人の女の子で。


 白髪の女の子の名前は『ヒメ』。


 青い髪の女の子の名前は『セレス』。


 というよりもぶっちゃけどこからどう見てもシキとセラにしか見えない二人がいちゃいちゃしている内容に、カナデは真っ赤になった顔をクレアに向けて、


「な、なな、なななに、なに、これ!?」


 薄い本を突きつけながら、カナデはクレアに問い詰める。


「何って、同人誌よ?」


 帰ってきた答えに、カナデは心の中で盛大に突っ込む。


 ――何でそんなものが異世界にあるの!?


 そのカナデの問いに対する答えは、向かいの部屋の住人にある。


 クレアの同居人は、二年前にステラスフィアにやってきた、シキ達と同じ先遣隊のうちの一人であり、この世界に同人誌という概念を伝えた魔術師でありながらも伝道師でもあるのだ。


「すごいわよね。向こうの世界では、こういうのがどこに行っても売ってるんでしょ?」


「えぇ!?」


 どういう風に地球のことが伝わっているのだろうかと思いながらも、誤っている情報を訂正しようとクレアの方を見た、その奥。


 机の上にある原稿に目が行き、カナデは言葉を飲み込んでしまった。


「え、クレア……そ、それ……」


 脳裏に、ふと、キョウイチが言ってた言葉が再生される。


『……クレアには気をつけろよ』


 あ……もしかしてあれって……。


 そう思うももはや手遅れだった。


「ん、ああ、これは次の新刊の、カナ×ヒメの原稿よ」


 そう言って手渡された一枚の原稿には、仲睦ましくベッドの上で抱き合う白髪の少女と銀髪の少女の姿が描かれていた。


 ――ただし二人とも全裸で、顔を赤らめながら。


「あ、あ、ああああっ」


 誰のことをモチーフにして書いているのか、考えなくても一目瞭然だった。


「ヒメ×セレスも良かったけど、カナ×ヒメはこう、ぐっとくるものがあるわよね。今まで攻めだったヒメが、実の妹の手によって逆に攻められるとか……いいわね!」


 などとジャージ上下で力説するクレアに、さっきの刀の試斬りを一瞬本気で考えたが、次の瞬間クレアが言った言葉で、カナデは怒りをぐっと飲み込んだ。


「完成したら、一冊要る?」


 ……………………。

 ……………………。

 ……………………。


 長い長い沈黙の後。


 カナデは静かに、頷いた。


 ……その後、何冊もの薄い本を手にこそこそと部屋に戻るカナデの姿があったとかなかったとか。その真偽は本人のみぞ知る……。


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