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忘名のステラスフィア  作者: 霧島栞
一幕
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15話

 ざわざわと、興味と期待と不安がないまぜになったようなざわめきが第五修練場に満ちる。


 その中心となっているのは、広く取られた四方百メートルほどのスペースで剣を向け合っている二人。両手剣を正眼に構えるキョウイチと、抜刀の構えのまま刀の鞘に手をかけるカナデだった。


「大丈夫かなぁ……カナデ」


 二人の様子を見守りながら、シキはモニター室で心配そうに呟く。


 シキはキョウイチの実力を嫌というほど知っている。


 キョウイチの魔導騎士としての完成度は相当なものだ。それこそ先に少しだけ話に出た騎士団の魔導騎士達と比較しても、何ら遜色ない。下手をすればキョウイチの方が強いくらいだ。


 勝負を受けたということはカナデが加速の魔術を使えるということはほとんど確定的ではあるが、キョウイチと比べると比較するまでもなく熟練度が違うことがわかる。


「大丈夫じゃろう。キョウイチも心得ておる」


「……だと、いいけど」


 レインの言うことはもっともで、キョウイチ自身も受けに徹して実力を見るだけだと言っていたので、シキの心配はまったくの杞憂だと言える。言える……のだが、それでも不安に思ってしまうのは、カナデが自分の妹だからだろうか。


「なに、キョウイチほどの実力があれば大事にはなるまい。シキ、お主もおることじゃしの」


「うーん……そうだけど……」


 確かに万が一怪我をしたとしてもその場ですぐに治せるので安心ではある。

実際、シキが懸念しているのはキョウイチの悪い癖が出ないかどうか、と、それに限る。


 キョウイチほどの実力があればひよっこの魔導騎士なんてあしらうのはたやすいだろうが、もしカナデがキョウイチの考えているよりも遥かに強い実力を持っていた場合……


「ではそろそろ始めようかの」


 レインの言葉にシキははっと顔を上げると、レインは今まさにモニター室のマイクのスイッチを入れているところだった。


『これより、キョウイチ=オリハラ、カナデ=キサラギ、両名の模擬戦闘を始める』


 モニター室で発せられたレインの声が第五修練場に響くと同時、ざわめきが一気に静まる。


「いつでもいいぞ」


「はい。……では、参ります!」


 裂帛の言葉と共に踏み込んだカナデを、その場にいた者の何人が捉えることが出来ただろうか。彼らには等しくカナデが消えたようにしか見えなかっただろう。


 ――速いな。


 懐に踏み込まれ、刀を抜き打とうとするカナデの姿を確認しながら、キョウイチは想像以上のスピードに素直な感想を頭の中で漏らし、身体を僅かに逸らして初太刀をかわす。


 抜き打ちの軌道は読みやすいとはいえ、必中の一撃と思って放ったはずの一撃を難なくかわされたカナデは驚く瞳でキョウイチを見る。


 刹那、視線が交錯し、薄い笑みを浮かべたキョウイチは言ってみせる。


「――もっと本気でかかってこい」


「っ……はい!」


 あからさまな挑発に、しかしカナデは心地よい高揚感を覚える。


 久方ぶりに相対した、好敵手。否、実力も経験も、確実に自分よりも格上の相手だからこそ、手加減などする必要がないと理解した。


 踏み込む足を変えて袈裟への斬り込み。跳ねるような斬り返し。低く地を這うような足元を狙った払いから、相手を追うように繰り出される突き。刀独特の弧を描くような軌道は流れるように紡がれ、コンマ一秒すらも途切れることなく多角度から繰り出される。


 しかしそんなカナデの斬撃を、キョウイチはその場に留まり全て紙一重でかわしてゆく。


 二人の攻防が見えている者からすれば、キョウイチがぎりぎりかわしているように見えるだろうが、実際は違う。キョウイチのそれは最小限の動きで余裕をもってかわす為の紙一重の回避だ。後ろに飛べば回避することも容易いだろうに、何故そんな挑発的で危険度の高い真似をするのか……。


「……あぁ……やっぱりキョウイチの悪い癖が……」


 モニター室で見ているシキは苦々しくこぼす。


 カナデの実力を見る為ならば、そもそもキョウイチが回避に徹する必要性などありはしない。むしろ打ち合う方が確実に安全でもあり攻防の幅も広がる。


 キョウイチの悪い癖……それは、相対する者が強ければ強いほど、その強さを見て見たいと思うことだ。


 それは生来としての性か、それとも修練を重ねて常に上を見続ける魔導騎士としての性か。


 どちらかはわからないが、ただ一つはっきりしていることは、キョウイチはカナデに対して一定以上の評価をしているということだ。


「どうした! その程度か!」


「……まだっ、小手ならしです!」


 叱咤の声に、カナデは気合を入れなおすように叫んで返す。


 小手ならしというのはさすがに強がりだったとしても、斬撃の速度はさらに加速し苛烈さが増した剣線がキョウイチを襲う。


「ほう、まだ速くなるのか」


 数本の前髪を切り裂いて抜けてゆく切っ先をまたも紙一重でかわしながら、キョウイチは感嘆する。


 シキやレインなどの言語魔術を使える者は知覚が強化されているのでかろうじて攻防を見ることだけは出来るが、他の者はもはや何が起こっているのか見えてすらいないだろう。


 後ろで待機するハルカは唖然とした顔をしており、ユズキも険しい顔をしている。


「それで終わりか!?」


「まだ……っ、行きます!」


 と、ここでカナデが勝負に出たのか、激しい踏み込みによって威力が増した斬撃を、いくつもの軌道に乗せてキョウイチに躍りかからせる。


 必殺の威力を秘めて描く軌道が幾線にもなってキョウイチに迫るが、


「甘い!」


 速度が上がり物理法則の極限まで研ぎ澄まされた斬撃をもってしてもなお、一太刀も届かない。紙一重でかわしてみせるキョウイチは、だがしかしその美しい斬撃に一瞬目を奪われる。


 そしてその一瞬は、カナデがキョウイチの死角に移動するのに十分な隙だった。


 美しさに見とれて影を見失う、心理を突いた不可避の一撃。


 それこそがカナデにとっての真の狙い。


「《――月影の太刀》!」


 背後から聞こえたカナデの声にキョウイチが反射的に避けようとするが、しかし一瞬の反応差は致命的なほどに遅く、音すらも置き去りにする一撃は、キョウイチの腹部へと吸い込まれてゆき、間に合わない――そうキョウイチが思った時には既に、


「――っ!」


 ガキィィィィィィン……と、何かが砕ける音と共に、二人の動きが完全に停止する。


 刀を横に振り切った体勢のカナデと、両手剣を振り下ろした体勢のキョウイチと。


『そこまで!』


 レインの制止の声と共に、地面を金属が鳴らす。


 カランカラン、と乾いた金属音を立てて少しだけ滑って止まったのは、反り返った刀身だった。


「ダメ……だったかぁ……」


 軽くなった柄を握りしめながら、カナデは瞳を閉じて姿勢を正す。


 一太刀も当てることすら出来なかった決着に、カナデは深く息を吐きながらキョウイチへと視線を向ける。


「……ありがとうございました」


「いや……すまないな」


「……はい?」


 いきなり謝るキョウイチに、カナデははてなと言葉を返す。


 キョウイチは剣を背にしまい、数歩、歩いて地面に転がる刀身を拾い上げる。


「俺の剣には硬化の魔術言語が刻まれているからな。打ち合うとこうなることはわかっていたんだが……最後の一撃はかわす余裕が無かった。だから、すまないな」


 シキはキョウイチ特有の悪癖で剣を使わなかったのだと思っていたが、キョウイチはそういう意図があって剣を使わなかったのだ。


 鍛練の段階で魔術言語が刻まれているキョウイチの両手剣は、物理の限界を超えて限りなく強固になっている。魔導騎士の扱う武器には大抵この処理が施されている為、打ち合ったとしても武器が壊れることなど滅多にない。けれどもカナデが使っていた日本刀はカナデがこちらの世界に持ち込んだ武器だ。当然、魔術言語による処理などされているはずもなく、先ほどのようにまともに打ち合えば砕けてしまうのは道理だった。


「あ、いえ、そんな……」


 キョウイチが回避に徹していた理由はわかったが、それでも彼我の力量差は目に見えて明らかで、カナデはそれを悔しく思ってしまう。


 相手が格上だとわかってもいたし、戦っている時にはそこまで感じることはなかったが、それでもやはり一太刀も届かないというのは悔しいものだ。


 ましてや、速度だけならば明らかに互角ではあった。


 むしろカナデの方が速かったかもしれない。


「そんな顔をするな。今日が初めてだというのにそこまで動けるというだけで称賛に値する。特に、最後の一撃は完全に虚を突く見事な一撃だったぞ」


「あ、ありがとうございます」


 そう言って手を取って握手をしたキョウイチの手は、どれほどの修練を繰り返してきたのだろうか、まるで岩のようにごつごつとした硬い感触がして、カナデは自分に課してきた修練などまだまだ甘かったのだと思い知る。


 手にできた豆が潰れてその上からまた豆が出来それがまた潰れて……繰り返しているうちにどんどんと皮膚が厚くなってゆく。地球に居た頃の師匠ですら、この手には遠く及ばない。齢七十を超える者の修練を、たったの二十年ほどで遥かに凌駕するこの青年はいったいどれほどの鍛練を自らに強いて来たのだろうか。


「……すごいですね」


「そうでもないさ。お前なら修練次第ですぐに追いつけるだろう。それよりも問題は……」


「カナデ! 大丈夫!?」


 心配そうに駆けてくるシキを横目に、キョウイチは呆れた笑みを浮かべて呟く。


「あの心配性の姉の説得だな」


 走ってくるシキの表情は心配の色が濃く見えるが、不謹慎だがカナデにとってはそれがなんだかうれしくて。


「――そうですね」


 そう言って笑みを浮かべる。


「もうお姉ちゃん、心配性なんだから」


 うれしそうにそんなことを言いながら、カナデはやってくるシキを迎えるのだった。



 その後、シキは、そんなに心配するならいっそ、と思い出したかのように同室を希望するカナデと、カナデと一緒ならば朝も起きられるんじゃないかというレインやキョウイチなどの意見にも押し切られて、結局一緒の部屋に住むことになり、その日の晩は延々とこの世界での話をカナデに聞かせることになった。


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