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忘名のステラスフィア  作者: 霧島栞
一幕
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14話

 数時間後。魔術支配域測定をキリエとクレアに任せたシキは、一旦セラと分かれ、途中でキョウイチを拾ってメモの少年ハルカとシキの妹であるカナデに加えてもう一人、小柄な少女を連れて第五修練場へと向かっていた。


 第一修練場から第四修練場までは世界魔術機構の周囲東西南北に位置する嘱託魔術師用の訓練施設で、第五、第六修練場は魔術学園の生徒が申請して使うことが出来る訓練施設だ。


 場所は魔術学園から五百メートルほど歩いた先にあり、シキ達はまだ魔術学園の校舎の中を歩いている。


 学園の建物は基本的に切り出した石材を天然素材によって加工して造られている。ちょうど、地球で言うところのリノリウムと似たような質感だ。


 こつこつと歩く足音が重なって長い廊下に響く中、通り過ぎる魔術師候補生の生徒たちが、シキやキョウイチを見つける度にはきはきとした声で挨拶をして頭を下げてゆく。


 生徒の多くは異世界人……つまり地球の同胞であり、彼らも程度は違えど最初は今回来た者たちのように礼儀などとは程遠い反応をしていたこともある。しかし半年も魔術学園に通っていれば、嫌でも先輩魔術師たちの大変さがわかってきて自然に敬意を払うようになるものだ。


「それにしても……」


 ちらりと後ろを見ると、不安そうな表情のハルカと小柄な少女と、対照的に楽しそうなカナデの姿が目に映る。


「……カナデ、どうだったの?」


 あまりに対照的な良い笑顔に、シキは先に聞こうとしていたことを後回しにして、身体を寄せて小声で問うと、キョウイチは人が悪い笑みを浮かべ、囁いて返した。


「……虹色の球体なんて、初めて見たな」


「……うわぁ」


 属性を複数持つ者の場合は選定の柄によって読み込まれた属性をそのまま発現させることが出来ないため、色が分かれた球状になって現れる。


 過去に何人か四つまでの属性を持つ者はいたが、しかしカナデのように虹色……つまり七つの属性を持っている者というのはシキでも聞いたことが無い。しかもそれでいて魔導騎士としての素質も十分とくれば前代未聞だろう。


 シキがついと視線を向けると、カナデは何もわかっていないようでにこりと笑い返してくる。


 ……この妹はどこまでハイスペックなのだろうかと思いながらも、シキは最初に聞こうと思っていたことを次いで問う。


「……隣の子は?」


「……ああ、あの子は《属性無し(イレギュラー)》だった」


「……そっちもかぁ」


「……ということは、そっちもか」


「……うん」


 ひそひそと言葉を交わしあうシキとキョウイチを、後ろの三人は訝しげに見つめている。


 それに気が付いたキョウイチがすっと視線をそちらに移すと、カナデ以外の二人が二者二様の反応で視線を逸らす。ハルカは動揺を隠すようにメモを取り出しつつ内容を確認するよう視線を逸らし、小柄な少女は身体ごと跳ねあがらせて驚くべき速度で顔を背けた。


「……なんとなくだが、あの子は魔導騎士に向いている気がするな」


「……えぇ、そう?」


 小柄な少女の反応を見てぼそりと漏らしたキョウイチの言葉に、はてとシキは首を傾げる。


 他でもない凄腕の魔導騎士であるキョウイチが言うからには、そこそこ信憑性はありそうな推察だが、しかしあんな小柄な少女が果たして魔導騎士に本当に向いているのだろうかと思わざるを得ない。


「……そっちの少年はどうだ?」


「……こっちはもある程度想像はつくけど、具体的には……とてもじゃないけどわかんない」


「……そうか」


 短い応酬で話を切ってシキはキョウイチから身体を離す。


 あまり話し過ぎていると後ろの三人が落ち着かないだろうし。


「ねぇ、お姉ちゃんって……キョウイチさんと付き合ってるの?」


「は……? え、はぁ!?」


 ……そう思ってのことだったのに、突然カナデから爆弾が投下され、シキは驚愕のあまり素で返してしまった。


「え、なに、なんで? なんでそう思うの!?」


「や、だって凄く親密そうだったし……距離感とかって近い近い、お姉ちゃん近い」


「ち、違うよ! キョウイチはただの部隊の仲間なだけだし! わたしがキョウイチのことを好きになるわけないじゃない! ……あっ」


 言った後にシキははっとなって、言いすぎたかとキョウイチの方を見ると、キョウイチは別段気にした様子はなく、それどころか直後、さらに事態を悪化させる火種を放り込んだ。


「俺は気にしないから心配するな。シキが異性よりも同性の方が好きだということは、皆知ってることだしな」


「なにそれ初耳だよ!?」


 当人が知らないというのはどういうことだ。シキは目を見開いて声を荒げる。


「え、ちょっ、それどこ情報!? なにそれ!」


「どこ情報もなにも、世界魔術機構の嘱託魔術師の中では有名だぞ。一部ではセラと付き合っていて、さらに新しいライバルが登場したなんて話もあるくらいだそうだ」


「う、うそ……」


 新しいライバルと言うのは、いわずもがなカナデのことだろう。カナデが来てまだ一日しか経っていないというのに、噂というのはどこの時代でも、それこそ世界が変わったとしても恐ろしい速度で拡大するものである。


 シキ本人が知らないのは、その多忙さと知名度の高さ故だから仕方ないといえば仕方ないことだ。シキが気軽に話す相手というのはほとんど部隊のメンバーくらいしかいなく、依頼として話す相手とは雑談をしている暇などないし、そこかしこで挨拶を送ってくる人は皆馴れ馴れしく話しかけてなんか来ない。部隊のメンバーにしても、セラはそういう話を一切しないし、キリエもキョウイチも基本的にそういった私情にかかわることはあまり突っ込んで聞いてはこないタイプだ。唯一クレアは面白半分で話を振ってきても良さそうなものだが……絶対に知っていて言わなかったんだろうと当りを付け、シキは頭を抱える。


「なんだ、違ったのか?」


「や、確かに女の子の方が良いけど! って違くて……っ!」


 問いかけるキョウイチに待ったをかけて、シキはどうしてこうなったと嘆く。


 元々男であるシキにとって、当然の如く男は恋愛の対象に入らない。


 しかし、普通に話をする分には女の子と会話するよりも楽なことに変わりはない。


 キョウイチとの距離感は、彼が気にすることもなかったが故に自然と近いものとなってはいたが、カナデからすれば必要以上の接触に見えたのだろう。


 キョウイチの見た目も、さわやかそうな黒髪の青年だ。


 並んで見ればそれこそ姫とそれを護衛する騎士と見えてもおかしくはない。


 今までそんなこと言われたことなかっただけに完全に油断していた。


 女の子の方が好きだというのは、元々男だったのだから仕方ないが、それは今も男のままならばという前提の上に成り立っており、女の子の、それも白髪美少女というカテゴリに分類されるシキの容姿で女の子が好きだなんて言えば、それこそ同性愛者としての裏付けにしかならない。


「……と、とりあえず、今はこの話は無しにしよう? ほ、ほら、そこの二人もびっくりして固まっちゃってるし……」


 少しだけ考えて合理的な逃げ道が思いつかなかったシキは、唖然とする二人の少年少女をだしにして無理矢理そう言い、話の中断を試みる。


「まあ、そうだな。二人に説明もしないといけないし、カナデにも別件があるからな」


 同意するキョウイチの言葉にほっと息を吐き、シキはカナデにうらめしそうな視線を向ける。


 本人も悪いと思っているのだろう。ごめんと手を合わせるジェスチャーをするカナデに、シキはもう一度息を……今度は溜息を吐き、再び第五修練場に向かって歩きはじめる。


 その後も隣にやってきては何やらちまちまとこれまでのシキのことについて聞いてくるカナデに答えを返しながら歩いていると、すぐに目的の第五修練場にたどり着く。


 第五修練場には先に訓練に来ていた魔術師候補生の姿があり、シキ達は目ざとく気が付いて挨拶をしてくる魔術師候補生たちを一旦スルーして、隣のモニター室へと足を向ける。


 鍵のかかった扉を開けて入った中には、修練場を細かく分けてみることが出来るモニター設備が整っており、真ん中の大きなモニターに修練場を斜めから見た映像が映し出されており、その周囲にある小さなモニターにはいくつかに分割された光景が映し出されている。


 モニター室はさほど広くはなく、機材を除けば空いているスペースは六畳ほどしかない。


 この第五修練場では、基本的に基礎体力の訓練や護身用の武器の扱いを訓練する場所であって、それ故に監視などはそこまで必要ではなく、そう言った監視が必要な訓練をする場合は第六修練場……言語魔術の実際の行使も認められている設備を利用することになる。


 しかし普通に武器を使える程度では到底アルカンシエルと渡り歩くことなど到底できないが、何もしないよりはマシである。いざというときに少しでも心の支えとなる余裕があるかどうか。行ってきた訓練による裏付けがあるかどうか。それだけでも死ぬ確率はほんの僅かかもしれないが確実に上がる。


 それにそもそも基礎体力が無ければ、ぜえぜえと酸素の足りない頭で言語魔術を発動させようとしても本来の力を発揮できるはずもなく。だからこそこうした日々の訓練は大変重要な要素となってくる。


 魔術的な要素が全くない訓練風景に、ハルカは意外そうな顔をしつつももはやおなじみとなったメモを取り始める。


 一方、残りの二人はというと、ハルカとは意味で画面に視線が釘付けになって食い入るようにモニターの中の彼らの一挙同を注目している。


 それを見てシキは、なるほどと先のキョウイチの推察に得心が行く。


「……さてと、じゃあ、いいかな?」


 そう言ってシキは長い白髪を手で払いながら、モニターに視線を奪われている三人に苦笑しながらそう言って注目を促すと、三人は「はい」と返事をして少しだけ名残惜しそうにモニターやメモから視線を外してシキの方へ向く。


「藤堂遥」


「は、はい」


「宮下柚希」


「ひゃ、ひゃい!」


 シキの言葉を継いで、確認の意味も込めてキョウイチが二人の名を呼ぶ。


「……あれ、わたしは?」


「カナデは後。先に二人に話があるから、モニター見てていいよ」


「あ、うん」


 小声でそうカナデに言うと、カナデは嬉しそうに頷いてモニターに視線を戻した。


 対照的に、ハルカとユズキの表情は硬い。


 これからの会話が二人にとって重要な意味を持つことになるのだから、緊張もするだろう。


 特にユズキは身体が反り返っているのではないかと思うくらいに胸を張ってがちがちになってしまっていて、キョウイチの隣で見ているシキが気の毒に思うほどだ。


 やさしげなシキとキョウイチでは纏う迫力に雲泥の差がある。


 扱える魔術の特性上と言えばそれまでだが、キョウイチに迫力があるのはそれ以上に最前線で戦うが故の死線を何度も潜り抜けている、その自信からくるものだ。


 名前を呼ばれただけで気圧されたとしても、それは恥じることではない。


「さて、君たち二人が属性を持たない《属性無し》だ、ということについてだが……そう身構えるな。これは悪い話ではないんだからな」


「「え?」」


 言われて、二人の頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。


「《属性無し》というのは、言い換えれば魔術の適性が属性以外にあるということだ。例えば……そうだな、クレアなどもその例に漏れず《属性無し》と呼ばれるタイプの魔術師だ」


 モニターに視線を向けたまま話だけを聞いていたカナデはクレアのことを知っているだけにぴんときたみたいだが、二人はクレアと言われても誰のことを言っているのかわからない。それに対するフォローは、シキによって行われる。


「クレアっていうのは《千里眼》と呼ばれる特殊な魔術を扱える魔術師のこと。《千里眼》は名前の通り、遠視などの《視る》ことに特化した魔術のことね」


 シキの説明を聞いて、ハルカはメモを取り、ユズキはこくりと頷く。


 キョウイチはシキに視線を向けて目礼だけ送り、再び説明を続ける。


「そういった一般的な属性以外の魔術を使うことが出来る者の大半は、最初の属性検査において《属性無し》という判定を受けた者ばかりだ。もちろん一般的な属性の判定を得た者でも、修練次第では特殊な魔術を扱えるようになるというのは理論的に証明されているが……少なくとも今の世界魔術機構にはそういった魔術師は存在しない」


わかっている人も居ただろうが、《属性無し》とは蔑称ではなく、どちらかというと特別な者のことを指す言葉なのだ。


 キョウイチの説明を聞いて、ハルカとユズキは思い描いていた最悪のシチュエーションではなくてほっと安堵の息を吐く。


 しかしそんな二人にキョウイチは「ただ」と前置いて重要な情報を告げる。


「問題が一つあってな。そういった特殊な魔術を調べる方法は今のところ存在していない。つまりは自分で見つけてもらうしかないということなんだが……これが少し厄介でな」


 大体の場合はその人にとって深く人生に関わってきている事柄が鍵となるが、しかしどれがそれなのかは実際にやってみるまではわからない。これとわかるものもあれば、いくら考えてもわからない場合もある。


「えっと、つまり……?」


「《属性無し》は特殊な言語魔術を使える可能性がある者でもあるが、それと同時に言語魔術を扱う上でのハードルが高い者達のことでもあるということだ」


 キョウイチの言葉に、苦いものでも口に入れたように顔をしかめるハルカとユズキ。


「そう深く考えなくても大体はその人にとってトラウマとなっていることや、自分が生きる上で必要不可欠になっているようなことが鍵となるし、少しくらいなら心当たりがあるんじゃない?」


 厳しい事実を前にして考え込む二人にシキが言うと、ハルカは手に持っているメモに目を移し、ユズキも何か心当たりがあるのか視線をモニターに逸らした。


「まあ、どちらにせよ二人にやる気があるならば、指導官を付けてもらうのもいいだろう。少し考えておくといい」


「……はい」


「は、はい……」


《属性無し》が使える言語魔術の条件は厳しいものの、育てば世界魔術機構にとっても貴重な戦力となる可能性が高い。だから一種の師弟のように、嘱託魔術師に師事させることもままあることだ。その分、師事される立場の彼らにかかるプレッシャーもひとしおだが……直接指導を賜るというのは、それだけの期待を向けられるだけの価値はあることだ。


 もっとも、少し前に言ったとおり礼節の話については当然彼らにも適応されるし、好き勝手に振る舞うことは出来ないのは同じではあるので、生意気すぎると誰からも見向きされなくなってしまうが。


「よし。じゃあこの件は終わりだ。二人は待機しといてもらおう。どちらにせよ後で魔術支配域の測定もやらないといけないからな。だが、その前に――」


 二人から視線を逸らして、キョウイチはカナデへと視線を向ける。


「――わたし?」


 視線に気が付いたカナデがキョウイチに視線を向けると、キョウイチはそれを受けて楽しげに笑う。


「ああ。カナデ=キサラギ。――俺と手合せを願おう」


 そうキョウイチが言うのと、後ろの扉が静かに開いてレインがモニター室に入ってくるのは、ほとんど同時だった。


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