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忘名のステラスフィア  作者: 霧島栞
一幕
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13話

 異世界人の魔術に関する属性検査は、基本的に二十人を一組とした全五組に分けて行われることが多い。


 その構成が多いのは、大体の部隊が五人から六人の部隊によって構成されているからで、実際は属性検査を行う嘱託魔術師の部隊によって変わり、五人の部隊ならば二十人人を一組とした五組。四人の部隊ならば二十五人を一組とした四組。三名の部隊ならば三十三人を一組とした三組となる。


 今回検査を行うシキの部隊はメンバーが五人居るが、シキは一人で魔術が使えないので実質四人の振り分けで二十五人を一組とした四組の構成となっている。


「やっべ……緊張してきた……」


「目覚めろ、俺の力……!」


「さて、どんな検査方法なのか……」


 中から不安そうな声や期待に満ちた声が聞こえる教導室の扉の前で、シキは身だしなみのチェックをしていた。


 教導室は、言語魔術の基礎知識を学ぶための場所であり、他にも嘱託魔術師が魔術を使う際のコツなどを主に感覚的に教える場でもある。あくまで理論的にではなく感覚的というところがミソだが。


「セラ、わたしの格好、変じゃない?」


「ねーさまは、いつもすてき」


 何とも参考にならない返答に、シキはセラを見て困った顔をしてしまう。セラからすればそうなのかもしれないが、シキが求めているのは一般的に見ての話だ。

頼りにならないにもほどがある。


 ……それにしても。とシキは考える。


 世界魔術機構では当然ステラスフィアに住まう人々からも魔術師候補生を募集している。


 神妙な面もちで適性検査に臨む彼らと違って、中にいる同郷の輩たちはどうにも真剣さが足りない。昨日キョウイチがあれほど明言していたというのに、才能があると言われているからか、それともまだ異世界という世界に幻想を抱いているからか。


 シキも最初に高々と宣言していたというのに、先入観というのは簡単には抜けきるものではない。


 あれだけ凄まじい現象を起こせるのだから、なんでもできるのだと勘違いしているのか。それとも信じている幻想を否定したくないという心理が働いているのか。


「うん、いこっか、セラ」


「はい。ねーさま」


 携帯情報端末で時間を確認して、シキはセラに促して扉を開く。


 開いた扉の音で、がやがやとざわめていた教導室内に静けさが訪れる。


 少しだけどこかから感嘆の声が漏れたのは、現れたのがデモンストレーションで言語魔術を使っていたシキとセラだったからだろう。


 こつ、こつ、こつ、と靴音を鳴らしながら教卓へ向かうシキに全員の視線が集まるが、シキは緊張なんて少しもしていない。


 あまり人前に出たくないとは思うシキの願いに反して、毎日100件近い依頼をこなすシキにとって、好奇の視線など慣れたものである。それでなくてもシキは白姫様と祭り上げられていて周囲の目を引く存在だ。本人は頭の痛い話だと言っているが、この程度の視線で緊張していては外も歩けない。


 教卓まで移動したシキは、隣のいつもの様子のセラを見て、セラも問題ないと判断して壇状になっている席を見回す。


 不安そうな顔が少数で、大半は期待に満ちた顔をしてシキに視線を注いでいる。一通り見回して見るもののカナデの姿は見つからず、少しだけ残念な気分になるが、そんなことでいちいち気を落としていても仕方ないと割り切ってシキは挨拶の言葉から切り出す。


「こんにちわ。今回この場の適性検査の審査員と、言語魔術の概要を説明することになりました、シキ=キサラギです。よろしくお願いします」


「同じく……セレスティアル=A=リグランジュ……」


 丁寧に自己紹介をしてシキが軽く礼をすると、セラもそれに習って小さく礼をする。


 シキとセラの挨拶に、よろしくお願いしますと数人が返し、つられて数人が消えそうな声で追従する。大半は返すタイミングを失ってバツが悪そうに視線を逸らすか、そもそも挨拶なんてする気もない者達だ。


 彼らはこれから行われる言語魔術の説明や属性検査が楽しみで仕方がないのだろう。


 子供か。と思いはするが、別段初めてではないのでシキは別段気にせず話を進める。


「皆には、これから属性検査を受けてもらいますが、その前に言語魔術について先に説明をさせてもらいます。何か質問などがある場合は手を挙げてからお願いします」


 そう前置きして、シキは先に言語魔術についての説明を始める。


「言語魔術とは、簡単に言うとイメージした現象をそのまま世界に投射する技術のことを指しますが、ゲームの魔法などとは違い様々な制約が存在します」


 話し始めると同時に、メモを取りはじめる黒髪の少年の姿が目に映る。


 彼は確か昨日もメモを取っていた少年だ。と頭の片隅で考えながら、彼のメモは後でひっぱりだこになるかもしれないなぁ、と考えながら先を続ける。


「世界のありとあらゆる生物は深きイドの底。深層意識の最下層で世界と繋がっています。世界に蔓延るありとあらゆる存在を知覚化した概念以前の段階で認識することが出来るのは、この世界に住まう全ての動植物が世界から情報を与えられ、情報を与えられた者同士が互いにそれを共有しているからに他ならなりません」


 シキの話の切り出し方に、多くの者がその内容に首を傾げる。


 大方、世界に満ちた魔術元素が……とか、まだ知らぬ未知のエネルギーを使って……など、幻想的な想像をしていたのだろう。昨日のカナデとの会話でばらされた黒歴史を思い出して心が痛くなるが、シキはそれらを頭の隅に追いやって話を続ける。


「それらの情報は深層意識の一つ上にある潜在意識で視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚と言った五つの感覚を読み取るための器官へと自動的に分類され、さらに人の場合は器官に名称を与えることによってさらに細分化、個別化し、より明確に世界からの情報を判別することが出来ています」


 言葉を全く知らない人が居れば、その人が見ている世界は酷く曖昧に見えることだろう。


 それこそ世界に犇きあって存在する万物が、全て歪んで感じられるほどに。

言葉を話せない赤子の時の記憶をほとんどの人が覚えていないのも、世界を曖昧にしか認識出来ないからだ。名称も知らず個別化もされていない故に、曖昧で記憶に残らない。


「世界から得られるそれら情報は基本的に一方通行で、世界から人へと情報は与えられるけれども、人から世界へと情報を与えることは限りなく難しくなります」


 ――しかし、そう、限りなく難しくはあるが決して不可能ではない。


 古き魔術師曰く、《言語魔術》とは世界の真似事であって、その鍵となるのはいつの時代からかわからないくらい古来より人が使い続けてきた《言葉》という技術だ。


「言葉には人を、世界を改変する力があります。生まれてからは無意識に学び、時を重ねながら教育機関を経て多くの言葉を身に付け、何の疑問も抱かず日々使っているそれら言語は、人と人とのコミュニケーションツールとしての力だけではなく、時には事象すらも改変するほどに世界へと深くかかわっています」


 説明を聞いてそんなことがあるのか、と不思議そうに思う者や、そもそも話についていけない者が顔を見合わせる。


「そうですね。例えば」


 指をぴっと立てて全員を見回すと、全員がその動作に何かあるのだろうかと視線をシキに集める。シキ自身深い意味を持った行動ではない。強いて理由を付与するならば、周囲の意識を集める為に行った無意識の行動というところか。


「視界を閉ざした状況の人に冷たい鉄の棒を押し付け『真っ赤に焼けた鉄だ』と言われれば火傷を負い、『ドライアイス』だと言って押し付ければ凍傷を起こす。そういった現象があるというのは知っていますか?」


 どこかで聞いたことがある話に、何人かが首を縦に振って頷く。


「そうした現象は本来有り得るはずのない現象です。冷たいだけの鉄の棒はそれ以外のなにものでも無く、本来持った性質以上の現象を起こすことは有り得ません。――けれどもしかし、それらの現象は現実に存在しています。それは言葉が世界を書き換えることができるということの証明に他なりません」


 遅まきながらも机に用意された紙とペンを手に取って、メモを取ろうとしている者もいるが、黒板に書かれた文字を写すだけの者が多い高校生くらいの年代の者にとって、話を聞いて情報を整理してメモを取るという行動はそれだけでも難しく、結果話の要点を押さえていない箇条書きになるか、一字一句見逃さずにメモを取ろうとして失敗してしまうかのどちらかだ。


 後で読み返してもちんぷんかんぷんだろう。


「より専門的に言うと、言語魔術とは深層意識を思惟的に操作し、既存の言語と組み合わせることによって《魔術言語》を組み上げ、詠唱を媒体に魔術支配域と呼ばれる潜在意識下の領域に架空現象を展開し、現象そのものの名となる《支配言語》によって、世界との接続点である《世界門》を開き、事象を世界に発現させる技術の総称を指します」


 ちらり、とシキは自前のメモを取っていた少年に視線を向ける。


 彼は視線に気が付いたのか少しだけ驚いた顔をしたが、けれども次の瞬間には再びメモにペンを走らせ始める。


「無から有を生み出すことが出来る技術、と言うと万能の技術にも聞こえますが、言語魔術は誰もが簡単に扱える技術ではない上に、一歩間違えれば精神が世界の深淵に捕らわれて戻って来られなくなります」


 異世界に来たから魔法が使える。という幻想を抱いていた者は、まずこの壁にぶちあたることになる。


「最初期に移住してきた二百人のうち数カ月で世界魔術機構の嘱託魔術師として契約をかわせるまでの実力をつけられた者がたったの五名で、残りの百九十五名は機構下にある魔術学園に入学しましたが、これまでに三度あった試験の結果、その半数以上が既に学園を去っています」


 その事実は皆にとって驚くべき事実だったのか、ごくりと喉を鳴らす音が教導室に響く。


「二百人のうち、最終的に嘱託魔術師として機構に所属するほどまで実力をつけられたのは三十名ほどで、残りはこの魔術学園で修練を続けている最中です」


 それでも、ステラスフィアの人々が魔術師になることの大変さと比べれば、天と地ほどの差がある。シキがやってきた二年前だと世界魔術機構に登録されていた嘱託魔術師の数は五十名にも満たなかった。世界魔術機構が作られたのが五百年以上も前の話だというから、最初期のメンバーだけでも僅か二年で全体の三分の二。半年に一度やってくるメンバーは受け入れ態勢も整ってきていることから百人という最初期の半数しかいないというのに、同等の成果を得ている。しかしそれでも15%が30%に変わったというだけで、脱落する者も確実に存在する。


 試験で振るいにかけられた者も、一応は仕事を斡旋されて各都市で働くことで生活をしていくことも出来るが、やはりなじむことが出来なかったり、仕事の大変さに嫌気がさして逃亡してそのまま行方不明になるというケースも少なくはない。


 もっとも、それについては余計な不安を増長させるだけなので、わざわざこの場で言うことではないが。


 ステラスフィアに移住してくる地球人には魔術の才能があるのはゆるぎない事実ではあるが、それでも《魔術言語》を組み上げる為には日々の努力と繰り返しの試行錯誤が必要になってくる。その作業に耐えられなくなる者や、才能がある筈なのに容易にできないというプレッシャー、また、誰かが成功するとそれに対する焦りが生まれ、焦りは思考に矛盾を生み集中力が途切れてより悪循環の深みにはまってしまう。


「……はい。いいですか?」


 と、ふと手が上がりシキがそちらに視線を向けると……案の定、手を上げたのはメモを取っていた少年だった。


「はい、どうぞ?」


 質問があるとすればその少年かな、と予想はしていたのでシキはそういって質問を促す。


「シキさんは、僕たちに才能があると最初に言われましたけど、話を聞く限りでは誰でも修練をすれば扱えるようになるみたいですが、どういったことを指して才能があるということになるんでしょうか?」


「良い質問です」


 言ってにこりと笑うと、メモの少年は顔を赤くして目を逸らす。周囲からなんであいつだけ、とでも言わんがばかりの視線を向けられているがメモの少年はそれにすら気が付いていない。


 隣でセラがぼそりと「……ねーさまに褒められるなんて、うらやましい……」などと呟いているのには、さすがのシキも苦笑いを浮かべるしかない。


「こほん……いいですか?」


 一つ咳払いをして、シキはメモの少年の問いに答えるべく、そう前置きして続ける。


「魔術の才能があるというのは、あなたたちとステラスフィアの人々では、世界から与えられる情報の最大値……容量に差があるからです。まだ来たばかりでわからないかもしれませんが、ステラスフィアでは地球にあったものの多くが存在していなく、それは本来空にあるはずの天体にすらも及びます」


 地球では当たり前にあった、夜になれば空を見上げれば存在していた星々が、この世界ステラスフィアには存在しない。


 光は満ち引きによって宵闇と朝焼けを運行し、透明色の空には浮かぶ雲も存在しなく、降る雨が脅威でしかないステラスフィアで水源といえば《古代湖》と呼ばれる数百年も前から水が涌き続ける大きな湖に頼りきりだ。


 さらにステラスフィアというこの世界は広大ではあるが、それでも地球のオーストラリアよりも少し小さい程度の面積しかない。


 シキが言っているのは、地球とステラスフィアでの情報量の差、概念の差だ。


 常日頃から世界から与えられる情報量の多い地球で過ごしてきた人々にとって、ステラスフィアから与えられる情報量はかなり少ないものとなる。


 それが容量の差だ。ステラスフィアに住まう人々とは最初から受け入れる容量が違うのだ。


 そして容量が大きく余裕があるということは、世界の認識も楽になり、魔術言語を組む行程も多少は楽にはなる。もっともそれに関してはまさしく『多少は』程度にしかすぎないが、容量が大きいことによる真価はまた別にある。


「容量に余裕があるということは、自身が持つ魔術支配域……言語魔術を詠唱段階で自分自身の周囲の世界に仮想展開することが出来る範囲が広いということです。魔術支配域が広いということはそれだけで大規模な言語魔術を展開しやすく、ステラスフィアの人々に比べて才能があるというのは、主にこの点を指します」


「……なるほど、です」


 メモの少年はそう呟いて、しきりに頷きペンを走らせる。


 しかしとどのつまり、言語魔術を扱う際の魔術言語を組む作業の難易度は、ステラスフィアの住人でも地球の住人でもあまり変わらないのだ。才能を十全に発揮しようとすると、まずは最初の難関である魔術言語をどうにかして組む必要がある。


 メモを取っている少年や、数人はそのことをなんとか理解しているようだが、他の人のほとんどは才能があるということだけを漠然と理解しているだけのようで、その表情はどこか楽観しているように見える。


「努力をすれば、あなたたちなら誰もが言語魔術を扱うことが出来るようになります。半年に一度ある試験も、あくまでやる気が無い者を振るいにかける試験ですから、真面目にやっていれば大丈夫ですしね」


 元々半年に一度の試験は、成果の上がらない者を振るいにかける為の試験ではない。


 世界魔術機構にしても、才能のある人材を手放すのは惜しい。だからこそ、やってくる異世界人の生活を保障して、特別の住居建造物まで作って彼らを歓迎しているのだ。


 しかしだからこそ、まったく進歩が無くやる気がないと見なされた者は学園を去るしかないのだ。彼らは自らの意思で望んでやってきたのだから、それに対して口答えできる立場ではない。


「さて、では検査の順序について、いくつか説明をします。セラ」


 言って促すと、セラは「ん……」と頷いて、手に持っていたカバンから小さな柄を取り出す。


 取り出した柄には文字がびっしりと刻まれており、不気味な雰囲気をかもしだしている。


「まずは最初に属性検査を行い、続けて第二修練場に移動して魔術支配域の測定を受けてもらいます。明日は施設の案内などを初めとして、午後からは世界魔術機構の概要などの座学や、言語魔術について専門の講師からの感覚的なレクチャーがあるので、今日のところは二種類の検査測定のみになります」


 再び手を上げるメモの少年。


「その、属性検査というのは、一種の五行の属性のようなものですか?」


「そうです。各々が扱いやすい属性の検査ですね。これは経験によって変わってはきますけど……よほどのことが無い限りは潜在的に扱いやすいとされる属性の魔術言語を組み上げるのが無難です」


「……属性の検査には、これを使う」


 セラが前に出して見せるのは、先ほど取り出した柄だ。


「それは?」


「これは付加魔術師によって造られた測定器です。柄を握って、特定の発動言語を言うと――」


「……《起動》」


 言い切る前にセラが呟くと、手に持つ柄の文字が一瞬淡く光ったと同時に、本来刀身があるべき部分に氷の刃が構築される。


「ちょ、ちょっとセラ早い早い! っ、と……こほん、こういうことになります」


 危うく取り乱しそうになったシキは咳払いを一つして取り繕うが、皆の視線はセラが持っているどう見ても魔法の道具にしか見えない選定の柄(仮)に釘付けだ。ファンタジーな光景に誰もが目を輝かせて食い入るように見ている。


「あー……うん……そうなるよねー」


 ぼそりと呟いて、シキはセラに解除するようにと囁く。頷いてセラが解除すると、残念そうな声があがるが、しかしそれも数秒のこと。


「じゃあ前の席の右側から順番に出てきて、調べて行きましょうか」


 そうシキが言った瞬間、先ほどの説明の時とは比べ物にならないくらい現金に、皆の気力が漲ってゆく。


「はい、前に出てきて」


「お、おう!」


 どもりながらも一番手で前に出てきた茶髪の少年に、セラから選定の柄が手渡される。


「さっきのセラは少し特別な発動のやり方をしたから、気を付けながら両手で――」


「おおおお、起動ッ!!!!!!!!!!!」


 シキの言葉を遮って、叫び声を上げながらどこぞの変身ヒーローよろしく柄を振り上げて叫ぶ茶髪の少年に、さすがのシキも開いた口がふさがらなかった。


 茶髪の少年の言葉に魔術言語が反応して、持ち主の持つ潜在的な属性を導き出した選定の柄は、刀身とは異なる横の部分に水を顕現させ、とあればそれは当然の如く……ばしゃ! と、柄を掲げる茶髪の少年の頭の上に重力に引かれるままに水をかぶせた。


「!?!?!!?」


 いきなり降ってきた水にまさしく頭を冷やされた茶髪の少年は、混乱しながらも呆然と立ち尽くす。


「ああもう……言わんこっちゃない……」


 シキは深くため息を吐いて、幸先の悪さに嘆く。


 触れただけで危険な属性ではなかったのは幸いだが、それでも頭の痛い話に変わりはない。


「あのね……ちゃんと人の話は最後まで聞きなさいって教わらなかったの? セラは発動の言葉に魔術言語を使って刃状に固定させたからああやって形作ることが出来たけど、普通に発動したらああなるって言おうとした矢先に勝手にやって……」


「な、なんだよ……」


 茶髪の少年は、少しだけ怒ったように言うシキからびしょぬれのまま気まずそうに目をそらす。確かにセラのやり方を見ていれば、勝手にそうなると思い込むのも無理はないのでシキはあまりきつくは言えないが、しかしそれでもあまりにも話を聞かない行動や、教えてもらっている立場でありながらも、欠片も敬意を示さない言葉使いは徐々に苛立ちを募らせてゆく。


「……検査で使う場合は、こうして胸の前で両手の上に乗せて言います。……セラ」


「ん……」


 言われたとおりにセラが柄を胸の前で両手に乗せて「……起動」と囁くように言うと、柄の10センチほど上に小さな氷の結晶体がぱきぱきと音を立てて構成され、宙に浮いたまま固定される。


「おぉ……すげぇ……!」


「わかりましたか? ……わかりました? ……わかりましたね?」


 何度も念を押すように言うが、茶髪の少年はシキの言葉を聞いているようには思えない。


 はしゃぐ気持ちもわからないでもないが、あまりにも酷すぎる。


「じゃあ早く、早く貸してくれよ!」


 そう言って先ほど頭から水をかぶる結果となったとはいえ、属性がわかったので検査を終わらせたはずの茶髪の少年が、そう言ってセラから無理矢理選定の柄を取ろうと手を伸ばし――瞬間、冷ややかな視線が茶髪の少年を見据えた。


「あ、セラ!」


「《……捕らえて》」


 シキの制止の声もむなしく、セラが短く紡いだ魔術言語によって、手を伸ばして柄を取ろうとしていた茶髪の少年が、上に浮かぶ氷結晶から飛び出したいくつもの氷の鎖によって拘束されて無様に地面を転がる。


「っが!? な、っあ! な、なんだ、っあ!?」


 身動きが取れない状態で地面に転がる茶髪の少年をまるでゴミでも見るような視線を向けるセラに、シキは盛大に溜息を吐きながらも良い機会かもしれないと諦めにも似た思考を巡らせ教導室内に視線を巡らせる。


 こんな状況でも動じずメモを取る少年が視界の隅に映り、彼の胆力は、いったいどうなっているのかと思うがそれはさておき。


「……ちょっと、あまりにも酷いので、先に言っておきますね」


 シキはそう言って、傍らに転がる茶髪の少年へと憐みの視線を送り、そのまま教導室にいる全員を見渡す。


「あなたたちの生活は今現在世界魔術機構によって保障されていますが、それは自由勝手に振る舞うことを保障されているのとは意味が違います」


 二十代の者の姿も見えるものの、ステラスフィアに来た者の大半は義務教育を受けている身や、親に庇護されて一人立ちさえできていない者ばかりだ。この魔術学園にしても、あるいは学校の延長線にあるものと考えている者も多いだろう。


 ――けれどもその認識は、致命的なまでに間違いだ。


「この世界魔術機構下の魔術学園は、世界魔術機構に貢献する嘱託魔術師を育てる、育成機関に近いものです。その嘱託魔術師の仕事とは何かわかりますか?」


 沈黙に投げかけた言葉に、答えは帰ってはこない。


「……嘱託魔術師の仕事とは、アルカンシエルと呼ばれる未知の化け物の討伐が主となります。そしてそれには時に命を失う危険を伴います」


 命の危険を伴うと言われても、ここに居るほとんどの者がいまいち実感できていないようだ。


 今まで生死をかけた戦いなどする場面などなかったのだから当然だ。


 逆に生死をかけた戦いという響きがかっこいいと勘違いして目を輝かせている者もいる。


「言語魔術は確かに強大な力です。しかしそれでもステラスフィアにはゲームのようにレベルなんて都合の良いものはないですし、ひとたびアルカンシエルに撫でられでもすれば、それだけで命を落とすことになりかねません」


 しかし彼らが思う当然というのは、この世界では通用しない。


 冗談や脅しではない。ふと視線を切らした瞬間に、地を這って迫っていた蔦に薙がれて数十メートル吹き飛ばされて即死した者も居る。死んだと思って背を向けた瞬間に首を狩られた者も居る。


 彼我の戦力差があったとしても、あくまで魔術師は、通常の人間以上の耐久度は持っていない。一瞬の油断が即、死へと繋がっている。


 アルカンシエルと多く戦い、そして何度も油断が招く死を見てきてその脅威を知っているからこそシキの言葉は重く響く。


「でも俺達は特別なんだろ!? だったら――」


 希望に縋るように声が上がった声にシキが視線を向けると、その先にいた赤い髪の少年はびくりと身体を震わせた。


「確かに、あなたたちには才能があります」


「そ、そうだろ? だったら――」


「だからと言って、それは好き勝手振る舞う理由にはなりませんし、死のリスクは同じです。先にも言いましたが、最初期のメンバーでも30人しか嘱託魔術師になれなかったと言ったのは、もう忘れてしまいましたか? この世界に住む人も才能の有無はありますが修練次第では誰もが言語魔術を使えます。いくら有望だとしても、ステラスフィアの規律(ルール)を嫌い、自由勝手に振る舞おうとするならば、機構はその時点であなたたちを見限り学園から追放するでしょう」


 ざわりと、教導室に不満が蔓延する。


「お、横暴だ!」


「……望んで異世界にやってきたにもかかわらず、規律すら守れない者を誰が歓迎するというんですか?」


 シキのもっともな問いに、感情のままに喚くしか出来ない少年が返す言葉を持っているはずもなく。望まざる召喚によって異世界に来てしまったのであれば、世界の規律を守る必要性など存在しない。しかし自分で望んで来て、その世界が理想と違うと喚き散らし不満だからと規律を守らないのは、ただの子供のわがままだ。


 余談だが、夜中、こっそり世界魔術機構を抜け出して出て行った者も居たが、結局一週間も経たないうちに気が狂うほどの飢餓感からの窃盗に手を染めて捕まり、その後罪人として強制労働所に送られ、今も延々と過酷な労働を続けている、というあまりにもあんまりなエピソードも存在する。


 シキも好きで彼らにきつく言っているわけではない。初めのうちに自覚しておかなければ手遅れになるケースだってあるので辛辣な言葉を投げかけているのだ。


 本当だったらレインに偉そうな口を聞いていた昨日の金髪の少年だって、不敬罪で切り捨てられても文句は言えない。キョウイチの行動は規律に置いては正しかった。だからこそ誰も止めに入らなかったし、シキが止めていなければ返答次第では本当に斬って捨てていただろう。


 どんよりと重くなった空気を見てシキは少し言いすぎたかなと思い、フォローを入れることにする。


「……けれどもまあ、礼儀をわきまえていれば先輩となる魔術師の方々も色々教えてくれるでしょうし、わたしも手助けできることがあるなら力になります。……ほら、セラ、ほどいてあげて」


「……ん」


 そう言ってセラは茶髪の少年を縛っていた氷の鎖を、ぎゃりぎゃりとこすれ合う音を立てさせながら引いてゆく。氷の鎖に締め付けられていたところは結構きつく締めつけられていたこともあり赤く凍傷を起こしており、茶髪の少年は痛みに顔を顰めている。


「あなた、名前は?」


「あ、せ、瀬川、祐樹……です」


「そう、瀬川祐樹、ね」


 答える言葉が取ってつけたような敬語になっているのがおかしくて微笑みながら、シキは茶髪の少年の手を取る。いきなりシキほどの美少女に手を取られたことから、茶髪の少年はびくりと小さく跳ねて、緊張で身体を硬くする。


「……むぅ、ねーさま」


 不満そうなセラの声が隣で上がるが、抗議は受け付けない。


 瞳を閉じてふぅ……と息を吐きながら集中し、シキはシキだけが使うことが出来る魔術……治癒の魔術を行使する。


「《――re-elsphere-racryma「yuuki-segawa」》」


 シキが治癒の魔術を使うと同時に、ほんの少し淡い光が茶髪の少年の身体を包み込んだかと思うと、凍傷を起こして赤くなっていた肌がみるみるうちに正常な色を取り戻してゆく。


 その光景に、茶髪の少年は目を見開いて驚きを露わにした。


「……はい、これでもう大丈夫だよ」


 ほどなくして淡い光が引ききった後にシキがそう言って微笑みかけると、茶髪の少年は顔を真っ赤にして驚くほどの速度で手を引いた。凍傷の跡などどこを見ても無く、茶髪の少年も一瞬にして無くなった痛みに唖然としている。


「い……今のは、回復の魔術……ですか?」


「うんまあ、厳密には治癒の魔術だけどね」


「……治癒の魔術は、ねーさましか使えない……ねーさまはすごい……」


「やめてよ、セラ。これはそんな良いものじゃないんだから」


 治癒の魔術とは、言語魔術を使えないからこそ使える魔術なのである。


 シキには言語魔術を使う上での致命的な欠点がある。


 致命的な欠点……それは、シキが《世界門》を開くことが出来ないという点だ。

魔術言語の構成においても魔術支配域の範囲に置いても他の人よりも頭一つ抜けた才能を持っているが、魔術支配域に展開した事象を発現することが出来なければそれらは何の意味もない。ただの宝の持ち腐れだ。


 つまりは一方通行。世界からシキへの情報の受信は出来るが、シキから世界へは情報の発信が出来ない、と言ってしまえばそういうことである。


 シキが詠唱師としてしか魔術を使えないのも、さらにはそれによって相手に負荷がかかるのもそのためだ。


 他人の詠唱で言語魔術を使う場合、互いの相性が問題となってくる。


 具体的に言うならば魔術言語の齟齬、互いのイメージの齟齬だ。


 違う人が全く同じイメージを持てるかなんて問いに対する回答は火を見るよりも明らかで、そんなものは不可能だ。


 だから詠唱師は発動する魔術師が想起し切れなかった部分の事象を自分が肩代わりし、発現の最に自分の《世界門》を通して魔術を発動させる。


 しかしシキは自分の《世界門》を開くことが出来ず、齟齬の部分も相手の《世界門》から無理矢理発現させることになる為、負荷がかかり相手にも現象に伴う反動を与えてしまうのだ。


 しかし逆に《世界門》を開くことが出来ないというのは世界からの情報を過多に受け取っても自身の精神が世界に流れてゆかないということで。


 世界から過去の情報を引き出し、そこから治癒する本人の健常な情報を引き出してそれを元に傷を治すのが、シキが扱うことが出来る治癒の魔術の根源だ。


 過去の情報は《失われてゆく世界の記憶》であり、それ故に治癒の条件として一週間以上経っている怪我は治せないなどいくつかの条件はあるが、それを差し引いたとしても治癒の魔術はあまりにも難易度が高すぎる。


 普通の魔術師ならば、世界が有する過去の記憶から、治療する本人の情報を引きだそうとした時点で、逆流を起こして精神が持って行かれ、廃人になってしまうだろう。


 シキが言語魔術を使えないからこそ治癒の魔術が使えるというのは、そう言うことだ。


 しかしシキはこれまで普通に魔術を使えないということに対して、何度も劣等感を抱くことがあった上に、自分一人しか扱うことが出来ないからこそ皆に頼りにされてあちこち引っ張りまわされることが多い為、到底良いものには思えないのだ。


「……さあ、それよりも検査を続けましょうか。次の人、順番に出てきて」


 シキが話を切り替える為にそう言うと、茶髪の少年と入れ替わるように次の少年が前に出てきて、セラから選定の柄を受け取り素直に両手に乗せて発動させる。


 自分の思うように出来なかったとしても目の前で魔術が展開される光景は感動モノのようで、皆一様に自分が潜在的に有する属性を知って一喜一憂している。


 この属性検査というのは、本人が思っている自身の属性とは異なることが多い。


 本人の性格にある程度左右されることもあるが、しかし本質的には遺伝子レベルで刻まれた深層意識を基準として測られるため、トラウマとなっているような事故や事件がない限りは本人の意思に関係なく選定される。


 だからこそ、自分が思っている属性が出ないことの方が圧倒的に多く、良い方に期待を裏切られた者は喜びに破顔し、悪い方に期待を裏切られた者は顔をしかめることになる。


 三分の二ほど回ったところで、メモの少年の番が回ってくる。


 彼のことが少しだけ気になって、シキは教導室の教卓の上に置かれている名簿に目を通す。


 藤堂遥という名前に、シキは「んん……?」と呟きを漏らす。


 自分の元の名前もわりと男性っぽくはないとは思っていたが、けれどもこの少年の名前はどう見ても女の子の名前にしか見えない。


「ハルカ……くん?」


 ほぼ無意識で問いかけると、前に出てきた黒髪の少年、ハルカは気まずそうな笑みをシキに向けた。


「あ、ええ……一応、くんです」


 彼はこれまでに何度もそう言った質問を繰り返されてきたのだろう。


 その反応だけで、シキはわかってしまった。


「んん、深い意味はないけど、ごめんなさい。気にせずどうぞ」


「はい」


 若干気まずかったのでシキが促すと、ハルカは選定の柄を手に取り皆と同じように両手に乗せて発動の言葉を呟く。


「……起動。…………………………あれ?」


 しかし、確かに発音したにもかかわらず、ハルカが持つ選定の柄にはなにも変化が起きない。


「あー、んー……もう一回やってみて」


「は、はい……起動っ」


 促されるままにもう一度試してみるが、選定の柄には何の変化も訪れない。


 し……ん……と教導室内に沈黙が落ちる。皆まさか、と思っているのだろう。


 少しの間を置いて、ほっと息を吐く者や、哀れみの視線を向ける者がちらほら出始める。


 こういう状況だと、漫画や小説だと大抵の場合「才能なし」や「無能者」として扱われるというパターンが多いからだ。


「んー……とりあえず、席に戻って。終わったらちょっと話があるから」


 そんな微妙な空気が流れる中、シキはとりあえず場をまとめる為にそう言って、ハルカを席に戻らせる。


 周囲からの同情の念を含んだ視線の中を、ハルカは苦い顔をしながら席に戻る。


「はい、次の人」


 その後はさすがにショックだったからか、ハルカは机に戻ると力なく席に座り、けれども目の前にあるメモに手を伸ばしてのろのろとペンを動かしてゆく。


 ショックで何にも手がつかなくなってもおかしくない状況でもメモを取り続ける自分を、興味深そうに見ているシキの視線にも気がつくこともなく。


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