表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘名のステラスフィア  作者: 霧島栞
一幕
12/77

11話

 布団というのはどうしてこんなにも抗い難い魔力を宿しているのか。


 この魔力に比べれば、言語魔術なんて児戯にも等しい技術ではないだろうか。


 一度触れてしまえば最後。開かれた口に囚われれば決して逃れることは出来ず、人の意識を惑わす闇への誘いはどんな強靭な意志でも抗うことは不可能。その魔性の前にはどれだけ抗おうとも屈服せざるを得ない。


 世界広しと言えど、人の意識を闇の中に落とすことにかけて、布団の右に出るものはいない。


 それでいて布団は誰とっても人生の三分の一を共にする、固い絆で結ばれた言わばパートナーである。疲れた身体や傷ついた心を数えきれないほど癒してきた布団は、もはや神器と言っても過言ではない。


 ……光が満ちる始める朝の時刻。まだ薄暗い部屋のベッドの上で、シキはまどろみの中、布団にくるまって隣にある柔らかい物質をはぐはぐとしたりぎゅっと抱きしめたりしながら幸せそうに顔を緩ませていた。


 さらさらと手をすり抜ける柔らかな感触と懐かしい匂い。


「ふふ……はふ……」


 幸せそうにまどろむシキは、揺らめく意識の水底では自分が抱きしめているものが何なのか不思議に思う。が、しかしそれよりも目先の幸せに目がいってぬいぐるみでも抱きしめているのだろうと解釈し、暖かな現状を堪能している。


 もしかしたらセラがまた布団にもぐりこんできたのかともちらりと脳裏をよぎったが、それはそれで抱き心地が良いので諸問題は彼方に葬り去られる。


「……ん……ふわふわぁ……」


 朝のまどろみの幸福感の前では、全てが些細なことでしかない。


 目覚めたくない。ずっと布団に包まっていたい。出来ればこのまま暖かい布団と結婚したいと思うシキの願望は、けれども腕の中の物質がもぞもぞと動いたことと、耳元で聞こえてきた声でわずかに意識を現実に戻される。


「……お、お姉ちゃん……」


「ふぇ……んぅ……カナデぇ……?」


 薄く開かれた眠たげなシキの瞳が、僅かに頬を赤く染めるカナデの顔をとらえる。


 シキの双子の妹だけあってかわいらしい見た目のカナデは……というにはシキとカナデは複雑な姉妹関係ではあるが、カナデにとってシキはまだ兄という枠組みで見ており、見た目がいくら美少女だとしても異性として意識してしまうらしい。


 逆にシキはステラスフィアに来てからの二年で同性同士の付き合いというのにもだいぶ慣れてもいるし、かわいいものには滅法弱く、さらに朝にも弱くて思考が働いていない状況ではカナデのことは抱き心地の良いぬいぐるみ程度にしか思わない。


「えっと、そのね、恥ずかしいからちょっと離れ……」


「はふ……はぁい……」


「ちょ、ちょっとお姉ちゃん!?」


 言ってシキは、まったく話を聞かずに再びカナデを抱きしめて幸せそうににへらと笑う。


 これが世界魔術機構でも有名な白姫様だというから、知らないものが見れば目を丸くすること間違いない。こんな姿を見て、実はシキがステラスフィアでいくつかの伝説を残し、どこへ行っても一目置かれるような人物だと誰が気付くだろうか。


 しかし朝のシキは、大体いつもこんな感じにゆるゆるだ。


「……何このかわいい生き物」


 もぞもぞと身体を動かして何とかベッドの上で身体を起こしたカナデは、しなだれかかるように抱きしめてくるシキの緩んだ横顔を見て思わずそう評する。


 この世界に探しに来た兄のイメージが、がらがらと音を立てて崩れてゆく。


 カナデにとってどんな姿でもシキは兄であり、もっとも今は姉かもしれないが、それでも別に嫌な訳ではない。この有様も信用されていると考えれば、少しうれしくもある。


 だがしかし自分よりも明らかにかわいくなっている兄というのは、カナデにとって正直、複雑な気分になる。しかもなんか微妙に少女趣味だから余計にだ。


 ちらりと部屋の中を見ると、ぬいぐるみが飾ってあったりして、いったい兄はどこを目指しているのだろうかと少し不安になってくる。


 けれども幸せそうに頬を緩めるシキを見ていると、カナデも自分だけが緊張しているのが馬鹿らしくなってきたのか、肩の力が抜けてゆく。


 さらさらとシキの白い髪に指を通し、その柔らかい感触に少しだけ頬が緩む。


「……ほら、お姉ちゃん、早く起きて」


 頭を撫でながら、カナデはやさしく声をかける。


「んぅ……」


「お姉ちゃん、起きて」


「むにゅ……あとごふん……」


「なんてベタなこと言ってるの……」


 呆れながら言うカナデ。これではどちらが姉かわからない。


 シキが昨日部屋に戻ってきたのは、深夜0時を回ってからだった。


 シキの昨日の激務を考えれば寝かせてあげたいところではあるが、けれども窓から射す光がゆっくりと部屋の中に満ちてゆくのを感じ、カナデは光が満ちてくるという太陽が昇るのとはまた違ったステラスフィアの常識を不思議に思いながらも時計を見る。


「もう……でも時間が無いし仕方ないよね」


 この後カナデは言語魔術の属性検査がある。シキもそれの説明役として参加するので、寝過ごしてしまっては目も当てられない。


「ほら、お姉ちゃん! 起きて!」


 幸せそうに眠るシキを起こすのには良心がずきりと疼いたが、けれどもカナデは心を鬼にしてシキの身体を揺さぶって無理矢理起こしにかかる。


 シキとカナデでは、カナデの方がシキより力では勝っている為、がくがくと揺さぶられてシキは「あー……うー……」と間延びした声を上げながら眠そうに瞳を僅かに開く。


「お姉ちゃん、早く準備しないと今日は属性検査があるんだよね?」


 まだまだ眠そうなシキに、カナデは畳み掛けるように言葉をかける。


「ぞくせい……けんさ……」


 うつらうつらと、白い髪を揺らしながらかくんかくんと首を振り、ようやっと言葉の意味に思い当たったのか、シキは眠そうにくしくしと瞼を指で擦り、


「……おはよぅ、カナデ」


 それでもほとんど目を閉じたまま眠そうにカナデに向き直った。


 ぼさぼさに乱れた髪に、ボタンが外れてずり落ちそうなパジャマ。


 姉としての威厳などなにそれおいしいの? と言った風体。


「おはよう、お姉ちゃん。さ、早く支度しよ。髪も梳かさないと。着替えは?」


 促されるままに、シキはクローゼットを指さす。


 自ら動こうとする気配のないシキを放置して、カナデはクローゼットの中から昨日シキが着ていた世界魔術機構の嘱託魔術師の制服『軍服』を取り出してクローゼットを閉める。


 中にあったふりふりのワンピースや、かわいらしい服の数々は見なかったことにした。


「はい、お姉ちゃん服取ってきたよ……って」


 眠そうな目で服を脱がして着せてと言わんばかりに万歳をするシキに、カナデは心の中で盛大に「えぇぇぇ……」と嘆息する。


 ……これほんとうにお兄ちゃん? ほんとうに元々男だったの?


 昨日の会話を経てなお、二年前とのあまりの変わりようにカナデは現実を疑う。


「んー……」


「お姉ちゃん……しょうがないなぁ……」


 早くしてと促すように声を出すシキに、はぁ……とカナデは深く諦めの溜息を漏らし、シキの着せ替えを始めるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ